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親しき仲にも配慮が無いと

嫁が、冷蔵庫の上にある小さな収納棚を指差して『ハンドソープの詰め替え、取って』と言って来た。確かに、冷蔵庫の身長は、彼女よりも高い。棚から詰め替えボトルを取り出すには、踏み台を準備して、2段登らなければならない。でも、僕の身長ならば、つま先立ちをすればギリ届く。命令口調に多少引っ掛かりながらも『まぁおれの仕事だな』と自分を説得し、冷蔵庫の前を通るついでに取り出して、キッチンの上に置いておいた。


ソファに座り、一連の流れを振り返ると、僕の中にポジティブな感情が生まれている。達成感?少し違う。家庭への『貢献感』のような感情である。

言われた仕事を1つ終わらせた事、嫁の役に立つ事をした事、僕にしか出来ない仕事をした事。200点の清々しさで飲むハーブティー、大変ご満悦である。


しかし、嫁の様子がおかしい。

嫁語のリスニングに時間がかかった。おそらくオンライン英会話を入会して10日で退会した事が原因だろう。

僕も自分の耳を疑ったのだが、まさかの僕にイライラしているようだ。なぜだ?



嫁『取るだけ?』

おっと?これは予想外の角度である。『取って』と言われて取ったのに、まさか続きがあったとは。彼女はどうやってキレているんだ?何かの別のメッセージが隠されているのか?

面食らって一瞬たじろいだが、何も迎合する必要はない。僕は堂々としていればいいのだ。段々腹が立って来た。なんだ、その言い方は。まあ、すぐに感情的になるのはみっともない。僕は大人である。ここは無視をしよう。


嫁『トイレットペーパーの補充も、シャンプーリンスの補充も、いつもやらないよね?誰が補充してると思ってんの?私の仕事なの?』

ふん、またか。コンクリートジャングル東京で溜まったストレスを、何も抵抗しない僕にブツけて、サンドバックにしているのだろう。僕は大人である。その手には乗らない。ただな、何も抵抗しないと今後も舐められ続けるな。一応、軽く反撃だけしておくか。

僕『うるさい、あっちいけ』



1LDKに極悪の空気が立ち込めている。僕はベッドに潜り込み、彼女は椅子に座っている。冷蔵庫の起動音が部屋中に響いている。

布団の中に潜り込んでいると、怒りが再燃し始めた。ムカムカしている。僕は、とにかく、奴の言い方が嫌だった。そりゃあ7年も一緒に居れば、文句の1つや2つあるだろう。それは理解しているが『かかってこいよ』と言わんばかりの喧嘩腰にムカついている。絶対に奴がメイウェザーで、僕がパッキャオである。

腹立たしい、何か反撃の手立てはないか?しかし、奴は何故、これしきの事でキレているのだ?一度冷静になり、彼女の意見をまとめてみよう。そうか、要するに奴は『額面通りに受け取るんじゃねぇ』という事にキレていそうである。

そこから約20分考察に励んだ。

様々な角度から奴の悪さを導き出し、僕の正当性を訴えようとしてみたが、まさかの『どうやら俺が悪いな』という結果が出た。すごいびっくりした。

確かに僕はなんで『補充作業=彼女の仕事』だと思い込んでいたのだろうか?そもそも『詰め替えボトルを取って』と言わせている時点で、彼女の仕事だと勘違いしていることが分かる。何故だろう?いつの間にか組織に洗脳されていのかもしれないな。



部屋にはまだ極悪の空気が蔓延している。

しょうがない。僕も漢だ。大黒柱たる者、勇気を持って一丁、謝ってみるか。僕はちょっとだけヘラヘラしながら

僕『様々な角度から考えて、貴方に反抗しようよ試みましたが、思いの外穴がなかったので、拙者のの負けである事が判明した。どうやら僕が悪いです。全くすまなんだ』

嫁『だよね!!!』

だよね?

それは違う気がするが、まぁ一旦良い。

その後、なるべく僕が悪くない事にしようと奮闘した1人の漢の記録が、下記に記されている。刮目せよ。


僕『でもさ、夫婦にとって大切な事は『補い合い』じゃん?』
嫁『ほう』

僕『補充については気づかなかったし、気付けるように産まれてこなかった!そこは残念、おれも悔しい!』
嫁『ほう』

僕『その代わり君が嫌がる炒め物や、揚げ物、それはおれがやっている。『油ハネ』から君を守る!命を賭けて君を守る!パンツ1丁で寛いでいる時でも、炒め物が始まったらおれが出る。体中の皮膚が火傷しようが、高熱の油に焼かれて死のうが、おれは命を掛けて油に向かって行く。何故なら君を守と誓ったから!だから、補充は出来ない』
嫁『ほう』

僕『配慮と労り、それを持って産まれて来なかった。それは申し訳ない。配慮を持たないというのも辛い事なのだ。それがおれの深いカルマなのだ。でも、今回の喧嘩で、シャンプーリンスの補充、ハンドソープの補充、そして、トイレットペーパーの補充、この3点に関しては、いつもやって頂いていた感謝に気付けた。いつもありがとう!今後、配慮する事が出来るようになった、おめでとう!』
嫁『ほう』

僕『もう一度言おう。おれは命をかけて火に飛び込む。裸一貫、油から君を守る。そうすれば『飢餓』からも君を守れる。ホクホクの唐揚げをいつでも君に食べさせる事が出来る。そして、トイレットペーパー、ハンドソープ、シャンプーリンスの補充への感謝に気付いた。だから、今後も補い合っていこう』
嫁『ほう』

僕『どう?俺悪い?』
嫁『悪いに決まってんだろ』

無理なもんは無理だった。

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