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読書記録:方舟(講談社) 著夕木春央

【愛されていない人を生贄に捧げる残酷な救いの無さ】


【あらすじ】

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?

大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。

翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。
さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。

そんな矢先に殺人が起こった。

だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。

ーー犯人以外の全員が、そう思った。

タイムリミットまでおよそ1週間。
それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

あらすじ要約

大学の友人達と興味本位で、深山幽谷の地下建築に探訪した柊一。唐突な地震により閉じ込められる事で、誰か一人を犠牲にするデスゲームが始まる物語。


トロッコ問題という倫理課題がある。
多数を助ける為なら、個人を犠牲にするのは許されるのか?
期せずして、そんな状況下に追い込まれた柊一達。犠牲にして良いのは殺人犯。
そこにノアの方舟のような救済は無い。
愛されていない人を選ぶ醜悪さ。
そんな極限下で炙り出された犯人。
生贄を選別して脱出が叶ったと思った矢先で。

自分が生き残ったと錯覚するぬか喜びと、溺死するのは自分だと確信した時の絶望感は、迫り来るような緊張感をもたらす。
交互に入れ替わる安堵と虚脱感。
息が詰まるような閉塞感の中、少しずつこぼれ落ちていく混濁した感情が恐怖を増幅させていく。
皆、誰もが疑わしい。
疑心暗鬼が場を掌握する中で。
僅かな救いさえも拒絶する哀れな子羊達。
たとえ、愛する人に無理心中を願われたとしても。
生き抜く為のシナリオは、自分の為に書かなければならない。

本来、命とは皆、同価値である筈なのに、生き残るべき命を、多数決で選ぶ事による生まれる不和と葛藤。
自分に他人の命を選ぶ資格があるのか?
確かに、犯人は殺人を犯した。
その罪を贖うべきだが、犯人を犠牲にして生き残ろうとする自分達にも罪がある。
しかし、悠長に考えている暇はない。
刻一刻とタイムリミットは差し迫り、破滅的な浸水によって、急かされてしまう。


倫理道徳、功利主義、義務論など理屈で感情を宥めようとしても。
誰か一人を生贄にしなければ、この「方舟」から脱出す事は出来ない厳粛たる現実は変わる事はない。
それこそが因果応報で。
誰か必ず犠牲になるなら、犠牲になるのは、殺人犯であるべきだ。


大岩に出入口を塞がれてしまい、非常口のある地下3階からは浸水が始まる極限状態で。
助かる方法は大岩を地下2階に落とす事だけ。
ただし、その作業をする者は取り残されて、死を待つ事となる。

一人が犠牲となり、滑車を動かしたら他が生還できるデスゲーム。
そんな中で一人が首を切り取られて、無惨に殺される。
それは、スマホの顔認証の為の切り取り。
家族連れの父親が犯人と対峙して、殺害されてしまう。
状況証拠で犯人を見つけ出し、犯人を犠牲にする。
最早、犯人が残忍な殺人を犯した動機など、どうでも良い。

生き残る為にはどこまでも、自分本位にエゴを貫かなければならない。
自分が生きる為に他人を殺す。
まさしく人狼ゲームのようなトリッキーな状況で。
犯人を特定した所で、その人物が皆の為にそう易々と犠牲になってくれるのか分からない。
犯人の立場になって考えると、殺人を犯したのは確実に自分が生き残る為である訳で。

誰が犯人で、どのようなやり方で、何故、殺人を犯したのか?

柊一が語り部のワトソン役で、頭の切れるその従兄の翔一郎がホームズ役となり。
消去法で犯人を絞っていき、ついに追い詰めて、犯行を自供させる事が叶うが。

謎を解き終わってからの地獄。
解いてしまったが故の地獄。
全ては犯人の掌の上で踊らされていたという真実。
方舟は善よりも賢を優先するという冒涜的な思考の元で。
クローズドサークルの極限状態は、冷静な思考を鈍化させていく。
そこで導き出された、どす黒く醜悪な、たった一つの冴えたやり方。

果たして、自分は啓示を受ける側の人間になれるのか?
そして、事件の全貌を垣間見た時、全ての結論をひっくり返すカタストロフィが訪れる。

愛されていない犠牲にされた人によって、最悪な最期を迎えるのだ。













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