渋皮ヨロイ

喧々諤々という言葉をこれまで口にしたことがありません。いつか声に出して言ってみたいよう…

渋皮ヨロイ

喧々諤々という言葉をこれまで口にしたことがありません。いつか声に出して言ってみたいような、そんな日が訪れなければいいような、複雑な心持ちで日々過ごしております。いつからかビールよりワインが好きになりました。ここでは短いお話を書いていきます。

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    思いつくままツイッター上であげていた140字ほどのお話(あるいはその断片のようなもの)をまとめています。

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「ペノキヨ」

 穂積ペノキヨもまた嘘をつくと鼻が伸びるが、生まれながらの人間だった。両親とは早くに死別して、爺さんに育てられた。  嘘は人を傷つける。それはペノキヨにとって物理的な意味合いを持つ。激しい反抗期はなかったが、何度となく爺さんを殺めそうになった。爺さんの額には忘れられた星座みたいな、鼻突き痕が残る。    思春期のさなか、ペノキヨは決意した。俺はモノマネ芸人になる。物心ついたときから、温めていた夢だ。十六歳を過ぎたある晩、爺さんに告げた。今や、ペノキヨの正面に立たない。そんな爺

    • 「石褒め」(改)

       大事な顧客と飲んだあと、どうも気が重く、そのまま一人で別の店に入る。このまま帰りたくなかった。よく知らない町だったが、ぷらりと立ち寄れそうな飲み屋も多い。  今日の感触はあまりよくなかった。悪い予感がする。まあ、そういうときもある、とは思うが、やはりすっきりしない。何がどうこう、というより、なんだかずっと波長が合わなかった。俺の、いいっすね、すごいっすね、さすがっすね、に対して、先方の眉間の皺がどんどん深くなっていく。最後のほうは、もう鬼じゃん、と思うくらいだった。まあ、そ

      • 「石褒め」

         大事な顧客と飲んだあと、どうも気が重く、そのまま一人で別の店に入る。このまま帰りたくなかった。よく知らない町だったが、ぷらりと立ち寄れそうな飲み屋も多い。  今日の感触はあまりよくなかった。悪い予感がする。まあ、そういうときもある、とは思うが、やはりすっきりしない。何がどうこう、というより、なんだかずっと波長が合わなかった。俺の、いいっすね、すごいっすね、さすがっすね、に対して、先方の眉間の皺が深くなる。最後のほうは、もう鬼じゃん、と思った。まあ、そういうときもある。

        • ヨロイマイクロノベルその32

          311. ミモザの花がこぼれるように咲き誇る。その下で小さな女が口を開けて立っていた。わたしは回り込み、女の背後から父が遺した古いカメラを構えた。黒い髪がさらりと縦に垂れる。強い春の風が吹くたび、女の頭上で黄色いふわふわとした花が揺れる。だがそれは一粒たりとも落ちてこない。 312. 遠くで鐘が鳴る。耳にしたことがない音色なのに鐘だとわかる。どこかで鳥が鳴く。聞いたことがない鳴き声なのに蒼い鳥だとわかる。知らない女がすすり泣く声が聞こえる。知らない女なのにどうして泣いている

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        「ペノキヨ」

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        • ヨロイマイクロノベル
          32本

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          「カレーVSラーメン」

          カレー  僕らはカレー沼にいた。浮かぶ具材の上で難を逃れている。けれどついに煮崩れが始まった。玉ねぎは真っ先に沈んで消えた。じゃがいもの今井が不安そうに天を仰ぐ。 「落ちるにしても俺はまだ先だ」  にんじん内山の余裕が憎い。 「全部飲み干そうぜ、腹ペコだからいける!」  言い出しっぺの赤パプリカ前田は途中で心が折れ、ふくれた腹を撫でながら泣いた。  牛ブロック津村が足を滑らせ落ちた。全員が固唾を呑んで見守る。 「おい、ここのカレー、すりおろしりんご入ってるぞ」  ウコン色の

          「カレーVSラーメン」

          「地球危うし」

           扉の先には避暑地があった。  草原はどこまでも青く萌える。空を翔る鳥たちがそこに影を落とす。湿り気を含んだ風が吹き抜け、若い葉を揺らす。その先になだらかな丘が続く。ふもとの湖は静けさに満ちている。深い森の入り口には低い木々が植生する。小ぶりで赤い果実は香気を放つ。四方を囲む山から清冷な水が注ぐ。銀に煌めく魚の姿が川面に映る。やわらかい日差しが一帯を照らす。  今やこのような景色はほかのどこにも存在しない。ここにぽつりぽつりと人がやって来た。  Aは大阪府寝屋川市のアパート

          「地球危うし」

          「名前を変えてやる」

           気づけばレベル38になっていた。俺が、ではなくて、ぽぴよぴーが。  ゲームを再開したらまるで知らない村にいる。なんだか、世界は平和っぽい感じになっている。勇者さま、ありがとうございます、みたいなことしか言われないし、ときどき白い鳥のつがいが飛んで、画面上を横切る。村の中を子供たちが走り回る。わーい、わーい、と言う子と、もう走れないよ、と言う子がいる。じいさんが、長生きはするもんじゃい、と言う。宿屋も商店も利用できない。  クリアしていたとしても、プレイができるのもよ

          「名前を変えてやる」

          ヨロイマイクロノベルその31

          301. 古い籐椅子が死ぬ。長く共に暮らした女が裏山に埋めた。夜、狸が掘り起こすが、椅子はすでに消えている。その代わり、縁側に半透明のそれが現れる。女が恐る恐る腰を下ろす。身体に馴染んだ座り心地を感じるのは一瞬、籐椅子が更に色を失う。女は咳き込み、腰からゆるりと落ちていく。 302. 残念なことにカキ猿の姿は我々には見えない。山の気温が下がり始めるころ、木に飛び移り、まだ青く硬い柿の実に囁く。さまざまな言葉や声色で辱め、あるいは激怒させる。にわかに実は赤みを帯びる。中には

          ヨロイマイクロノベルその31

          ヨロイマイクロノベルその30

          291.「賑わう海の家」 秋が過ぎても海の家は解体もされず、夜な夜な賑わっていた。煌々と明るく、うまそうな香りも漂う。集まっているのは人ではない気もしたが、寄ってみた。座敷には小さな海と砂浜があって、そこにも茶屋が残っていた。同様に騒がしい。温かい酒をもらい、縮小した世界を眺めながら唄った。 292.「シングルスピードで急な山道」 「結婚してください」。ジェットコースター、バンジージャンプ。二度の絶叫プロポーズを経たあと、なぜか僕は山道を彼女とギアのない自転車で降りる。異様

          ヨロイマイクロノベルその30

          ヨロイマイクロノベルその29

          281. 愛のブーメランは五年前に完成していた。でも作業が楽しくて夜ごとヤスリをかけ続けた。掌サイズになってもちゃんと飛ぶし自動で戻ってくる。広げた手にふわりと着地する。えらい。でも他人がいると真下に落ちる。衝突音さえ響かせない。あがり症なのはわたしとブメ丸、どっちなんだ? 282. 月が雫を垂らした夜、長い列ができた。国境の壁、両側から人が集まる。幅30センチにも満たない灰色の壁の上に月は滴る。二つの長いはしごを登り、二組ずつ、多様な器に月を納める。受け止め損ねた雫は緩や

          ヨロイマイクロノベルその29

          「もんにゃーオルタナティブ」

           パトロールを終えたわたしは帰宅してシャワーを浴びた。それからコーヒーを二杯飲んだ。一杯はインスタント、もう一杯はドリップで淹れる。どうしてその順番になったのかはわからない。  パソコンを立ち上げて、ディスプレイの前に「わんさかボックス」を置く。このネーミングを変えたいと思ってはいるのだけれど、声に出して誰かに、ねえ、悪いんだけど、わんさかボックス持ってきてくれない? いや、その紙箱なんだけど、うん、わんさかボックス、それ、みたいに頼むこともないから、暫定的な名前で固定さ

          「もんにゃーオルタナティブ」

          「もんにゃー」

           パトロールを終えたわたしは帰宅してシャワーを浴びた。それからコーヒーを二杯飲んだ。一杯はインスタント、もう一杯はドリップだ。どうしてその順番になったのかはわからない。  それからパソコンを立ち上げて、ディスプレイの前に「わんさかボックス」を置いた。いい加減、このネーミングを変えたいと思ってはいるのだけれど、声を出して誰かに、たとえば、ねえ、悪いんだけど、わんさかボックス持ってきてくれない? いや、その紙箱なんだけど、うん、わんさかボックス、それ、みたいなことを頼む機会も

          「もんにゃー」

          ヨロイマイクロノベルその28

          271. 白と赤の彼岸花がそれぞれ列をなして咲き誇る。真夜中、茎が曲がり、交差する。6本の雄蕊と1本の雌蕊も細く長く広がり、互いに交わる。白と赤の線によって浮かぶX、×、メ、乂。蕊の先はやがてほのかに光を帯びる。火、火、火、火と変わる。朝方に輝きは消えて、すべてが元に戻る。 272. 寺に見知らぬ犬といる。背後で音を立てて一粒の銀杏が落ちる。犬がくわえる寸前、慌てて握ってしまった。みるみる掌が赤く腫れていく。熱を持ち痛みもある。分厚くなった手を犬が舐める。少しずつ姿が変わる

          ヨロイマイクロノベルその28

          「ペノキヨができるまで」

           昨年、イグBFCに「僕はたけのこを傷つけない」という作品で応募したのだが、その製作日記、執筆過程において揺れる私、みたいなことも別の記事で書いた。  普段、ほとんど自作について解説することがないため、反動のように思いのたけを存分に開陳してとにかく楽しかったし(「イグ」というフィルターがあるせいか、自作語りの恥ずかしささえも楽しめた)、それを多少なりとも喜んでくださった方もいたので、味をしめて、今年もそれっぽいことを書こうと思っている。  そう思っていたのだけれど、イグも

          「ペノキヨができるまで」

          「ポスタル・サーヴィス」

           舌に切手が貼りつき、どうやっても取れなくなった。喉をひくひくさせて彼は泣く。こんなに弱り切った姿を見たことがない。 「どうしてオリンピックの切手なんて舐めたの?」 「手紙を出すために決まってるじゃん」  別人みたいな声色だった。落ち着かないのか、何度も舌を伸ばす。記念切手がのぞく。2020とTOKYOの文字がやけに目立つ。 「なんで、カヌーの切手にしたの?」 「一番いらないやつだから」  切手が剥がれなくなる人は稀に現れるらしい。郵便局はそんな「お客様」を全国どこにでも運

          「ポスタル・サーヴィス」

          「猿掌編、3つ」

          1.「滓」  夕方、学校から呼び出しがあった。息子の描いた猿が逃げたらしい。不格好な猿はまともに走れず、のたうつように去った。遺伝のせいか、息子はとびきり絵が下手だ。  職員室を抜けた奥の部屋に案内される。 「どうして猿なんて描かせたんです?」  担任にきつく問い詰める。 「数学の時間でした」  咳払いのあと、簡素な答えが返ってきた。授業中に落書きをする生徒が悪いとでも言いたいのだろう。  息子はどこ? と周囲を見回しながら尋ねる。 「猿を探しに行っています」  担任はため

          「猿掌編、3つ」