見出し画像

ヨロイマイクロノベルその28

271.
白と赤の彼岸花がそれぞれ列をなして咲き誇る。真夜中、茎が曲がり、交差する。6本の雄蕊と1本の雌蕊も細く長く広がり、互いに交わる。白と赤の線によって浮かぶX、×、メ、乂。蕊の先はやがてほのかに光を帯びる。火、火、火、火と変わる。朝方に輝きは消えて、すべてが元に戻る。

272.
寺に見知らぬ犬といる。背後で音を立てて一粒の銀杏が落ちる。犬がくわえる寸前、慌てて握ってしまった。みるみる掌が赤く腫れていく。熱を持ち痛みもある。分厚くなった手を犬が舐める。少しずつ姿が変わる。やがて色の薄い烏になり、空へ飛び立つ。鐘が鳴り、ただ一人きりになった。

273.
さんまを運ぶ。どんどん縮み、家に着いたときにはシラスみたいになっていた。摘まもうとして落としてしまう。何とか最後の一匹を飲み込む。喉から食道、胃へ落ちていく中、元の大きさに戻った。体内でさんまが跳ねている。落ちた魚は床の上でぎらぎら小さく光るが、やがて輝きを失う。

274.
金木犀の花と黄金色の砂糖菓子、小さいけれど本物の星を瓶に詰めた。夜でも光っている。秋らしい甘い香りも漂う。枕元に置くとぱちぱち弾ける音がした。目が覚めると瓶の中は空だった。たぶん、すべて朝の空気に溶けてしまった。季節が少し進んだみたいだ。口の中がやけに甘ったるい。

275.
娘が金木犀の花粒で画用紙に「パパだいすき」と記す。半濁音は銀杏だから収まりが悪い。匂いが混ざり合い、文字から漂う。そして肝心のパパはいない。言い含めても娘は文字のバランスを調整している。窓から秋めいた風が吹き込み、銀杏だけ転がる。「ハハだいすき」が残り、娘は泣く。

276.
ブレスレットの鈍色の石が一つ、くるくると回転し始めた。隣へ、また隣へ連鎖していく。スロットみたいだが、私はギャンブルを止めたし、この石の効果が何だったか、すでに忘れてしまった。妻の遺した石なのだ。回転が止まる。手首周りにじんわりと熱が伝わる。彼女の命日は明後日だ。

277.
移住先の住民たちがやけに親密で、私は妻と夜ごとハグの練習を始めた。最初は真剣に頬の距離や腕を離すタイミングを探っていたが、くり返すうちに可笑しくなってきた。にやつきながら腕を回し、離れるときには二人で爆笑している。おかげで随分陽気になったが、もちろん夜の間だけだ。

278.
絶対ウケると思って修学旅行に竹馬で参上! けど、反応はゼロで怒られもしない。古都に降り立つ俺はまだ高所にいる。カツカツ音を鳴らし石坂を上る。山門をぎりぎり通る。お釈迦様は螺髪しか見えない。集合写真は俺だけ遠く離れたところに立ち、「美味湯葉」の幟と一緒に揺れている。

279.
夫の喉仏がUFOの形になった。何かを飲み込む度、一度上昇してから深く沈む。ゆっくり元の場所まで浮上する。わたしはいい気分でその動きを眺める。ただ夫はそれを触らせてくれない。ワレワレは、ってやつやってよ、とねだる。夫は真っ赤になって怒り、小さなUFOがひと際高く飛翔する。

280.
奇術師に弟子入りした妻が半年ぶりに戻ってきた。ずいぶん老けたが私も同様なのだろう。成果を尋ねると妻は魚型の醤油さしを飲み込んだ。驚く間もなく、妻は吐き出す。生の魚に変わっていた。次々と醤油さしを飲み込む。魚が増える。どんどん妻は若返っていく。おまけに家計に優しい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?