ヨロイマイクロノベルその29
281.
愛のブーメランは五年前に完成していた。でも作業が楽しくて夜ごとヤスリをかけ続けた。掌サイズになってもちゃんと飛ぶし自動で戻ってくる。広げた手にふわりと着地する。えらい。でも他人がいると真下に落ちる。衝突音さえ響かせない。あがり症なのはわたしとブメ丸、どっちなんだ?
282.
月が雫を垂らした夜、長い列ができた。国境の壁、両側から人が集まる。幅30センチにも満たない灰色の壁の上に月は滴る。二つの長いはしごを登り、二組ずつ、多様な器に月を納める。受け止め損ねた雫は緩やかに壁を伝い、あちらとこちらの地面に辿り着く。すでに光は消え失せている。
283.
放置していた玉ねぎからきゅうきゅう音が鳴る。剥いていくと小さな布袋尊が出てきた。わたしの挨拶に手を振ってくれた。きゅうきゅう言いながら布袋尊はことこと立ち去った。散らばった皮をとりわけ、残りを集めて炒めた。熱できゅうきゅう言いながら飴色になり、やがてそれは焦げた。
284.
長い遠足から戻った息子はお土産に落ち葉で編んだ絵本をくれた。めくりながら読み聞かせてくれるのだけれど、朽ちた赤黄茶の色があるだけだ。ただ、話の筋はべらぼうにおもしろい。「ここからがクライマックス」。息子は深く息を呑んだ。それきり静寂が続き、葉が一瞬、翠色に変わる。
285.
「この町も剣呑な匂いがします」。郵便配達員が玄関口で囁く。外に出ると警官がジェンカのように繋がり、揺れていた。メロディは聞こえない。列は長く、制服も変わっていく。サーベルを腰に下げた警官のリズムがずれている。列は撓み、時代錯誤だ、という声がどこかから聞こえてくる。
286.
腐りかけのパスタの山をかき分けてきたその人は骸骨みたいな顔をしていた。ソースまみれの指は長く細かった。両手に缶ビールを抱えて、どちらから飲むか迷っているみたいだった。愛おしそうに缶を持ち直してメロディを口ずさんだ。星は死んだらまた星になる、という歌詞だけ聞こえた。
287.「お醤油パーティ」
サトウもシオタもミソヤマも揃ったがス・モンチャイがやって来ない。「本日の主役」のたすきをかけたセウユスグルは冷蔵庫で待機する。メイン料理は鯛の活造りで、セウユの見せ場が用意されている。サトウがちらりと時計を見やる。俺も刺身ならいけるけどな、とシオタはもぞもぞする。
288.「エレガントなザリガニ」
ザリガニが寒さで死んでしまった。名前がなかったせいだと娘は泣いた。せめてきれいな姿で埋めてあげたい。カラーホイルの折り紙でドレスを作り始める。けれどうまくいかない。何度折ってもロゼ色の変な鎧みたいなものができる。名無しのザリガニは白くなり、腐敗の匂いを放ち始める。
289.「布団怪獣」
結婚する際も連れてきた安心毛布が縮む。数日でハンカチサイズになった。くるくる丸まり、猫でも鳥でもなく、獣みたいに、がおがお、と鳴く。小さくか細い声だ。薬指を伸ばすとそれを飲み込もうとする。痛くはないけど、血が流れる。毛布の表面にも赤く染み出し、模様を変えてしまう。
290.「棒」
墓前に長いものが生えていた。茶色く細くてやわらかそうだ。竹か何かかも。母は引き抜こうとした。やめなよ、得体が知れないよ、と俺は言ったが手遅れだった。棒状のものを握った瞬間、母は、やだ、と声をあげた。父が眠る墓に向けて、南無、とつぶやきながら二度と手を離さなかった。
(注)287-290の冒頭にあるカッコ内の単語は旧ツイッター上のフォロワーの方からいただいたお題です。それをリアルタイムで書き上げました。楽しかったので、今後もこのような試みをやってみたいと思います。
今回、ご協力いただいたみなさん(了承を得てないのでお名前を付記しませんでしたが)、ありがとうございました。
また、そうしたテーマ(お題)を随時募集していますので、よかったら、旧ツイッター、DM、コメント欄などでもお気軽に寄せていただけたらうれしいです。よろしくお願いします。
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