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ヨロイマイクロノベルその30

291.「賑わう海の家」
秋が過ぎても海の家は解体もされず、夜な夜な賑わっていた。煌々と明るく、うまそうな香りも漂う。集まっているのは人ではない気もしたが、寄ってみた。座敷には小さな海と砂浜があって、そこにも茶屋が残っていた。同様に騒がしい。温かい酒をもらい、縮小した世界を眺めながら唄った。

292.「シングルスピードで急な山道」
「結婚してください」。ジェットコースター、バンジージャンプ。二度の絶叫プロポーズを経たあと、なぜか僕は山道を彼女とギアのない自転車で降りる。異様に速い彼女の背中に向けて再び僕は叫ぶ。彼女は頭上でマルのサインを作る。速度は増し、その姿のままどんどん小さくなっていく。

293.「椅子の幽霊」
ねえ、見て見て。姉の視線の先には芝生が広がるだけだ。姉が掌で腕を擦る。ピンクのラブソファの幽霊らしい。めっちゃうらめしそうだよ。その声は弾んでいる。あ、お坊さんがひっくり返した、ラブなのに、ソファなのに。やはりわたしには見えないが、せめてどちらかは成仏してほしい。

294.「冷たい校長」
校長は校長室の巨大なアイスボックスで目覚める。まだ夏休み中で生徒や教師の姿はない。熱気のこもった校内を徘徊するうち、溶けていく。校長の成分は点々と床にこぼれる。訓示やらアフォリズムは滴となり、すぐに乾き始める。拳大になった校長が音楽室の手前で、暑すぎるな、と言う。

295.「燃える万物生」
豪雪の冬はいつまでも続く。ある朝、母が燃えていた。庭では愛犬や柿の木もみんな燃えている。「どうした?」起き抜けの父も燃えている。両手を広げて確認してみてもわたしは普段通りだ。宙ぶらりんの掌を母に近づけるとすごく暖かい。空気が揺らめく。母たちは燃えながら笑っている。

296.「甘すぎた柿」
隣家から塀を乗り越えて、わが家の庭に柿が投げられている。おすそ分けしたものが甘すぎたらしい。母が謝りに行っている間も、かじりかけの柿が飛んでくる。庭に落ちても実は潰れない。けれど断面はとろりとしている。残念なことに、お返しにもらった甘すぎる栗はもう食べてしまった。

297.
大きなマグカップにわが家のカップを次々に入れていく。宥めすかし脅し泣き落とし煽て誉めそやし、なんとかすべてを収めた。フォレストグリーンのマグがぷっくりと膨れる。内側はひどく楽しげな様子だ。そこにお酒を注ぐ。わたしが口をつける前に卑猥な声が重なり合って聞こえてきた。

298.
ジャングルジムの最上段にピンクの受話器がぶら下がっている。猿が手に取り、両目に当てた。新聞配達員が公園を横切る。猿の姿を見て、いいじゃんか、と呟く。受話器からその声が届く。驚いた猿は手を離すが、下の格子に受話器が絡まる。地上三十センチで、いいじゃんか、が再び響く。

299.
全ての身分証を失ったあとも歩き続ける。一面は銀杏の葉で敷き詰められていた。空を見上げた。樹々はなく先も後もやわな落葉で満ちている。足元でにゅうと鳴く。一歩が遅れる。にゅうにゅう。導かれるように黄金色の道を進む。日が暮れて、私は膝まで埋まりながら冬のどこかを彷徨う。

300.
短い嘘話を語るたび呪文を唱え、ついに三百まで辿りついた。魔法使いに騙されたのか、嘘の中身がだめなのか。わずかに浮くだけだ。国王から逃げたかったのに。想像力こそ翼だよ。窓辺の黒猫がささやく。やかましいわ。隣で王が目を覚ます。猫が消え、わたしはもう少しだけ浮き上がる。

(おまけ)「一本満足バー」
ヘンゼルとグレーテルには手持ちが1本満足バーしかありません。仕方がないので細かく崩しながら森を進みます。振り返ると草彅が目印のくずを拾い、口に入れながらついてきました。やがて不満足そうな顔で二人を追い抜きました。グレーテルが泣き、地図もないのに、とつぶやきます。


(注)291-296の冒頭にあるカッコ内の単語は旧ツイッター上のフォロワーの方からいただいたお題です。それをリアルタイムで書き上げました。楽しかったので、今後もこのような試みをやってみたいと思います。
 今回、ご協力いただいたみなさん(了承を得てないのでお名前を付記しませんでしたが)、ありがとうございました。
 また、そうしたテーマ(お題)を随時募集していますので、よかったら、旧ツイッター、DM、コメント欄などでもお気軽に寄せていただけたらうれしいです。よろしくお願いします。
 あと(おまけ)は偽マイクロノベルとして書いたものです(経緯は省きます)。

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