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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2022年3月の記事一覧

真珠湾、広島長崎、911、イラクをつなげ深掘りするーミニ読書感想「戦争の文化」(ジョン・W・ダワーさん)

真珠湾、広島長崎、911、イラクをつなげ深掘りするーミニ読書感想「戦争の文化」(ジョン・W・ダワーさん)

ジョン・W・ダワーさん「戦争の文化」(岩波書店)は学びが深かった。副題にある通り、パール・ハーバー(真珠湾攻撃)、ヒロシマ(広島と長崎への原爆投下)、911(同時多発テロ)、イラク戦争というそれぞれの戦争における象徴的事情を俯瞰し、相互を繋ぐ政治、経済、心理、文化的要因を考察する。そして、根底にある「戦争の文化」としか言いようがない根深い地層を言語化していく。

上下巻で重厚だが、文章に格式があっ

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自分の教えを「変えても良い」と言えた宗教者ーミニ読書感想「ブッダが説いた幸せな生き方」(今枝由郎さん)

自分の教えを「変えても良い」と言えた宗教者ーミニ読書感想「ブッダが説いた幸せな生き方」(今枝由郎さん)

チベット歴史文献学が専門の今江由郎さんによる「ブッダが説いた幸せな生き方」(岩波新書)が面白かった。仏教を、開祖であるブッダが「何を言ったか」「どう振る舞ったか」という「人物伝」的な観点から描く。人間としてのブッダが見えるノンフィクションだ。

神格化の回避最も驚いたのが、ブッダが徹頭徹尾、神格化を避けようとした点だ。象徴的だと思ったのが、臨終の直前、「私が亡くなったのちには、もしもあなた方が望む

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「10代のための読書地図」が教えてくれた名作の魅力

「10代のための読書地図」が教えてくれた名作の魅力

「10代のための読書地図」(本の雑誌社)に紹介された本を読むという活動を続けている。読書地図を片手に本の森を歩く。今回で記事にまとめるのは3回目。10冊近くを読んだことになるけれど、どれも例外なく面白い。本当にハズレなしの読書地図だ。

今回、地図が導いてくれたのは「名作の街」とでも言おうか。どこかで聞いたことのある作品名、作家名。「今更読むきっかけもない」と思っていた名作は、やはり名作だったんだ

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「何者」に匹敵する就活ミステリーーミニ読書感想「六人の嘘つきな大学生」(浅倉秋成さん)

「何者」に匹敵する就活ミステリーーミニ読書感想「六人の嘘つきな大学生」(浅倉秋成さん)

浅倉秋成さんの話題作「六人の嘘つきな大学生」(角川書店)が面白かった。気持ちよく騙された。就活を舞台設定にしたミステリー。就活作品の金字塔と言っていい「何者」に匹敵する名作だと思う。

就活と嘘
就活と嘘の取り合わせは「何者」で先取りされている。誰が嘘をつき、なぜ嘘をつくのか。「何者」では、何者にもなれない若者が切実につく嘘、いや、つかざるを得ない嘘が読者の胸を打った。

この完成度の高い「就活生

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伊坂幸太郎さんを作った物語たちーミニ読書感想「小説の惑星ノーザンブルーベリー篇」

伊坂幸太郎さんを作った物語たちーミニ読書感想「小説の惑星ノーザンブルーベリー篇」

「小説の惑星 ノーザンブルーベリー篇」(ちくま文庫)が面白かった。小説家・伊坂幸太郎さんが編者となって集めた「短編小説のドリームチーム」。看板に偽りのない、短いながらに溢れる魅了を秘めた作品たちだった。さらに楽しいのは、伊坂作品との関連がどことなく感じられるところ。これは伊坂幸太郎さんを作った物語なんだ、と実感する。

伊坂作品といえば、不思議な能力を持つ登場人物。「魔王」では相手の発言を短時間操

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仕事を究めるということーミニ読書感想「本を売る技術」(矢部潤子さん)

仕事を究めるということーミニ読書感想「本を売る技術」(矢部潤子さん)

元書店員、矢部潤子さんの「本を売る技術」(本の雑誌社)が面白かった。タイトル通り、本を売るプロが本を売る技術をインタビューに答える形で語り尽くした一冊。「そんな本は書店員以外には関係ないのでは」という疑問は、瞬く間に吹っ飛ぶ。仕事を究め、極めた人の言葉はこんなにも普遍的なのかと驚いた。

たとえば、矢部さんは結局のところ何を最優先していたのかという話で、それは「棚の整備」「品出し」だった。本屋に来

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豊かな文化と複雑な歴史を知れたー読書感想「物語ウクライナの歴史」(黒川祐次さん)

豊かな文化と複雑な歴史を知れたー読書感想「物語ウクライナの歴史」(黒川祐次さん)

元ウクライナ大使の日本人外交官、黒川祐次さんの「物語 ウクライナの歴史」(中公新書)を読んだ。ウクライナにどれほど豊かな文化があるかを知ることができた。また、さまざまな民族、国家が関与してきた複雑な歴史があることもよく分かった。

帯には「緊迫するウクライナ情勢を知るための一冊」「ロシアが影響下に置こうとするのはなぜか?」とある。本書を通読して、歴史的観点からいくつかの答え方があると感じた。もちろ

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これほどの名作でも消えてしまうなんてーミニ読書感想「蔵」(宮尾登美子さん)

これほどの名作でも消えてしまうなんてーミニ読書感想「蔵」(宮尾登美子さん)

宮尾登美子さんの小説「蔵」(正式名は旧字体の「藏」)が傑作だった。角川文庫版は1998年出版。毎日新聞連載時は話題となり、その後書籍化してベストセラー、ドラマ化や映画化もされた。ドラマ版を先日のNHKの再放送で観て知った。

にもかかわらず、現在入手可能なのは電子版のみで、紙の文庫版は絶版とみられる。どの書店サイトでも入手が難しかったので、やむなくAmazonで中古本を探して購入した。当然ではある

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