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自分の教えを「変えても良い」と言えた宗教者ーミニ読書感想「ブッダが説いた幸せな生き方」(今枝由郎さん)

チベット歴史文献学が専門の今江由郎さんによる「ブッダが説いた幸せな生き方」(岩波新書)が面白かった。仏教を、開祖であるブッダが「何を言ったか」「どう振る舞ったか」という「人物伝」的な観点から描く。人間としてのブッダが見えるノンフィクションだ。


神格化の回避

最も驚いたのが、ブッダが徹頭徹尾、神格化を避けようとした点だ。象徴的だと思ったのが、臨終の直前、「私が亡くなったのちには、もしもあなた方が望むなら、些細な箇条は廃止しても構わない」(184ページ)と語ったというエピソード。自分の教えを「変えても良い」と言える柔軟性こそ、逆説的にブッダの徳の高さを物語るから面白い。地域ごとの特性での変更も認めたそうだ。

宗教は絶対的で、超越困難な教祖がいるからこそ強くなるものなはずなのに、ブッダはそれを回避しようとした。このしなやかさこそ、仏教の本質的強度であるし、日本人の多くが親しみを抱く「とっつきやすさ」を生んでいるのだなと感じた。

行動の人

またブッダは、行動の人でもあった。本書によると、出家したブッダは瞑想に取り組んだものの悟りには至らず、反対に過酷な苦行に取り組んでも真理を見出せなかった。この二つの体験を経て、ブッダは中庸という仏教の柱となる指針に行き着いた。

つまりブッダは、二つの失敗を重ねたことであるべき道を見出した。これまた人間的ではないか。

ブッダは常人に真似できない奇跡を起こしたというよりも、常人が歩んだ道をきっちり徹底し、かつ誰にも思いつかない組み合わせを実践したとも言える。その意味では、ベンチャー起業家的な一面もあると言える。

火のメタファー

ブッダは火のメタファーをよく用いた。煩悩を、悪徳の要因となる縁起の火を消すこと。これを知った時「鬼滅の刃」の煉獄さんのセリフ「心を燃やせ」を思い出した。

一件真逆にも思える。煉獄さんはエネルギーをたぎらせろと言ったわけだが、ブッダは悟りを阻止する要因をきちんと解消せよと言った。火を消せと言っている。

しかし実際には、燃やし燃やして燃やし尽くすことも道としてはありえるのではないか。特に筆者はブッダの教えを実現するためには、憎しみや怒りは「なくすこと」が重要だと説いたが、そう簡単にもいかないだろう。現実的には、怒りを抱いたなら怒り切り、火種まで消失するまで怒りの炎を燃やすしかないのではないか。そう考えると、煉獄さんの言葉の「その先」にブッダがいる。

このように思索の泡が沸々とわいて止まらない。人間ブッダを知ると、まさに面白い人との出会いのように刺激が尽きないのだ。

次におすすめの本は


同じく岩波新書の「マーティン・ルーサー・キング」(黒崎真さん)は、本書と同様に歴史的偉人の人間的側面にスポットを当てていて面白い。

人生哲学として目から鱗の一冊としては「羊飼いの暮らし」(ジェイムズ・リーバンクスさん)を思い出した。これもやはり、羊飼いとしての具体的アクションに根ざした思想の書だ。

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