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真珠湾、広島長崎、911、イラクをつなげ深掘りするーミニ読書感想「戦争の文化」(ジョン・W・ダワーさん)

ジョン・W・ダワーさん「戦争の文化」(岩波書店)は学びが深かった。副題にある通り、パール・ハーバー(真珠湾攻撃)、ヒロシマ(広島と長崎への原爆投下)、911(同時多発テロ)、イラク戦争というそれぞれの戦争における象徴的事情を俯瞰し、相互を繋ぐ政治、経済、心理、文化的要因を考察する。そして、根底にある「戦争の文化」としか言いようがない根深い地層を言語化していく。

上下巻で重厚だが、文章に格式があって非常に読みやすい。内容的にも読むべき価値がある。特にいま、目の前で軍事侵攻が進む状況ではなおさらだ。

戦略的愚行

本書には印象深い言葉がいくつも登場する。たとえば「戦略的愚行」。戦時中の日本が米国との戦争まで行うことは愚行以外の何物でもなかったし、真珠湾攻撃は作戦、戦術的には成功しても戦争全体を振り返った時には米国の途轍もない「憎悪」「恥の意識」を引き出し破滅的被害をもたらす結果となった。しかしながら、日本は日本の論理で対米開戦に突入した。

これは米国がイラク戦争に踏み切ったことにも言える。大量破壊兵器があると「盲信」し、結果的に泥沼の戦争に足を踏み入れている。「テロとの戦争は不可避」という流れが作られた。日米が時間の間隔を経て、しかも互いにまったく違う国であるのに、同じような誤った選択をしている。非常に興味深い。

グループシンク

戦略的愚行を支えるものの一つに「グループ思考(グループシンク)」がある。特に官僚集団や政府組織は、ある一定の方向性に突き進む時、普通に考えれば回避できるリスクをスルーすることがある。予想以上の愚行を決断する可能性がある。例として本書では、アルカイダが911のようなテロ攻撃を行うリスクがあることを米国諜報機関は気付いていたが、「何が機密情報か分からないように、機密情報があるかどうかすら機密情報にする」という過度な秘密主義の結果、情報が共有されず、適切なリスク判断ができなかった例が挙げられている。

沈殿する教え

これだけであれば、戦争の「原因」を取り除くことで戦争を防止できるような気がしてきてしまう。が、実際はそんな単純なわけもなく、「戦争はなぜ起こるのか?」という問いに明快な答えはない。本書は物事の単純化を拒み、複雑な事象を複雑なまま捉えようとする姿勢を徹底する。

たとえば原爆には、科学技術を開発する「甘美さ」が確実に実用化を推し進めていた。原爆を生み出すことだ一体どんな悲劇が生まれうるかを考えることなく、研究者は目の前の仕事に集中した結果、原爆は途轍もないスピードで完成した。これも一種のグループシンクだろう。

その上で、対ソ連を意識した示威行為的な政策判断もあった。強力な兵器は争い難く使用したくなる欲求もあったし、大量破壊が一種の精神的高揚を招く面もあった。パールハーバーで受けた被害の復讐をしたい感情も渦巻いていた。多種多様な「文化」が下地にあり、戦争行為が生起したのだった。

表面的な政策決定ではなく、政策決定者や我々の心に巣食う人間的、精神的な「戦争発生要因」を本書はワンステップずつ明らかにする。だから正直、世界がクリアに見える類の本ではない。しかしながら濃厚に論理的なダワーさんの指摘は、心の奥底で沈殿する、戦争というもののしつこさを我々に明示してくれるのだ。

本書で描かれる戦争当時の政府の姿、垣間見える文化は、いまのロシアの動きと重なるものがある。優れた歴史分析は、現在を見通すレンズになることを実感する。だからこそ、歴史を学ぶべきなのだろう。

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