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これほどの名作でも消えてしまうなんてーミニ読書感想「蔵」(宮尾登美子さん)

宮尾登美子さんの小説「蔵」(正式名は旧字体の「藏」)が傑作だった。角川文庫版は1998年出版。毎日新聞連載時は話題となり、その後書籍化してベストセラー、ドラマ化や映画化もされた。ドラマ版を先日のNHKの再放送で観て知った。


にもかかわらず、現在入手可能なのは電子版のみで、紙の文庫版は絶版とみられる。どの書店サイトでも入手が難しかったので、やむなくAmazonで中古本を探して購入した。当然ではあるけれど、新品文庫本の数倍の値段になっている。

それでも、全く後悔はない。物語は重厚だ。語り口がどっしりとして、登場人物の造形も作り込まれている。それぞれの人間性がくっきり見えて、愛すべき点も、憎みたくなる点もたくさんある。

時代性が濃いのが良い。大正から昭和にかけての、女性が不自由な時代に、懸命に生きた女性の物語。今にしてみればあまりに理不尽なことが多いし、それになぜ諾々と従うのかとの思いも湧く。しかしながら本作は女性讃歌であると思うし、ジェンダーの問題が正面から議論されるようになった「今」にも鮮明な物語だ。

郷土史的な面白さもある。舞台は新潟。豪農が顔役になっている地域だ。巨大なお屋敷の賑やかさがページの向こうから伝わってくる。自然の豊かさの描写がみずみずしく、春の訪れを告げる雪解け水の音が爽やかに響く。

これだけ素晴らしい物語も、書店から消えてしまうことがあるのだ。それを肝に銘じて、極力、本を買い、それを手元に置いておこうと誓うきっかけになった。

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