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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2020年7月の記事一覧

危機はスケープゴートを欲するー読書感想#34「経済政策で人は死ぬか?」

危機はスケープゴートを欲するー読書感想#34「経済政策で人は死ぬか?」

「経済政策で人は死ぬか?」は社会経済が不安定となる今、読んでおいてよかった本でした。著者のデヴィッド・スタックラーさんとサンジェイ・バスさんは公衆衛生学の専門家。世界恐慌、ソ連崩壊、アジア通貨危機、現代ギリシャを題材に、「緊縮財政が人の健康を悪化させる」と主張する。見えてくるのは、経済危機において国家は誰かをスケープゴートにしたがるということ。これは、いまこの瞬間にも抱いておくべき戒めだ。

不況

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「三体」の魅力は冒頭20Pに凝縮している(読書感想#33)

「三体」の魅力は冒頭20Pに凝縮している(読書感想#33)

小説「三体」はすごい。そして2020年6月に刊行された続編「三体Ⅱ 黒暗森林」はさらにすごい。「この本はすごい」と声を大にして伝えたいけれど、ネタバレを一切なしにしてそれを成し遂げるのは難しい。どうすればいい?そこで思いついたのが、冒頭20ページに絞って紹介する、ということ。実際、三体の魅力は冒頭に十分すぎるほど凝縮している。

科学技術は問題を解決できるのか?三部作の初巻に当たる「三体」の第1部

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正しいわたしを纏った冷たい虚無ー読書感想#32 「破局」

遠野遥さんの小説「破局」の手触りが忘れられない。食べ終わった後も口に残る肉片のよう。物語は、2人の女性を揺れ動く大学4年生男子の話。なのに、蘇るのは青春の甘酸っぱさではなく、居心地悪さ。この主人公は何かおかしい。帯の惹句にある「新時代の虚無」とは、この主人公のことではないか。それは正しい「わたし」を纏った、得体の知れない冷たい「何か」だ。

この主人公は本当に1人なのか?自分は本作を読む前に誤解し

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この本に出会えてよかった2020上半期

この本に出会えてよかった2020上半期

2020年1-6月に読んだ本の中から「出会えてよかった」と思える10冊を紹介します。昨日までの世界が一変し、文字通り閉じ込められた日々。その中で光を見出したり、小さな幸せを探すために、本はたしかな手がかりとなってくれました。家でじっとしている時間が長かったからこそ組みあえた超大作もあった。世界にはまだまだたくさん、素晴らしい本がある。

①深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと著者のスズキ

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2つの図書館を持つー読書感想#31「読んでいない本について堂々と語る方法」

2つの図書館を持つー読書感想#31「読んでいない本について堂々と語る方法」

ピエール・バイヤールさん「読んでいない本について堂々と語る本」は読書を豊かにする本でした。読んでいない本を語るには「2つの図書館」を意識する。第一の「共有図書館」を持っていれば、「見晴らしよく」本を語り、教養人として振る舞える。一方で「内なる図書館」。誰かと共有できない「内なる書物」が詰まっている。二つの図書館を持ったとき、もっと率直に、読書に向き合えるようになる。

中身を知るより「位置づける」

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排外主義者の夢が叶った世界ー読書感想#30「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」

排外主義者の夢が叶った世界ー読書感想#30「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」

李龍徳さん「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」を読めてよかった。その衝撃は読後1日経っても生々しい。「排外主義者たちの夢は叶った」という圧倒的な描き出し。上塗りに上塗りが繰り返されるヘイト、ヘイト、ヘイト。その世界をひっくり返そうと計画する在日コリアンの若者の物語。炙り出された問題のひとつたりとも、光明が見えない。だからこそ読めてよかった。この世界が現実になり切る前に読めてよかった。

排外主義者た

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