50歳ひとり暮らし(仮)【休みの食事 と 休みのこと】
3/21(火)は春分の日で祝日。仕事はもちろん休み。
先週末辺り母と話して、急遽墓参りに出掛けることになった。
年末年始は母と会う気持ちがなく、その前はいつ会ったのか・・覚えていない。きっと1年は会っていなかったと思う。
母は数年前、祖父母が暮らしていた街のお寺で墓じまいをした。そして
若くして亡くなった母の弟、祖父母、祖父の身寄りのない妹
4人のお骨を、都心の(元々も都内だけれど、23区外)コンピューター制御のマンション型の納骨堂へ移した。
母とだって会うことが少ないわたしは、そこへ初めてでかけた。
待ち合わせた駅から10分ほど歩いてお寺に到着。
自動ドアから建物に入ると右側の受付に紺色の作務衣を着た女性が2名並んで座っていて、丁寧に挨拶される。
受付の隣に小さな機械が2つあり、そこに母持っているカードをかざすと画面に番号が表示され
表示された番号を頼りに小さな扉の前に行ってみると、もうそこにはお墓のような形のものが用意されており
生花が飾られお焼香の香炉に火が焚かれていた。
仏花はもちろん、線香も掃除用の雑巾もいらず草むしりの必要もない。
カードをかざして数歩歩いただけで、墓が完璧な状態でそこに現れる。
母が亡くなったらこの墓に入り、夫のないわたしもここに入る(わたしは何も残したくないので散骨希望)というのが母のプランだ。
その後、母の従妹の旦那さんもこの寺に納骨されていると言い、上階へ行って手を合わせることにした。
それは先ほど手を合わせた墓よりも大きく、1F休憩室にはなかった柔らかなソファが置かれていた。
母曰く「上の階へ行くと(支払金額が)高くなるのよ。」
なるほど、死んでもこういう差があるんですねぇ。
それは仏さんの教え、なのかね?
作務衣姿の外国人に丁寧に見送られ、お寺を出て昼食を食べようとあちこち行ってみるものの、天気の良い祝日の昼時はどこも満席。
しかしゆっくりではあるものの、歩くことが苦にならない母は杖代わりにもなる買い物カートを引いて「疲れた」とも「もういいか」とも言わない。
ようやく鰻にありついて、今度はコーヒーをと思ったらこれもまた難民状態でひたすら歩く。
道すがら、交番にかかっている国旗を目にした母が
「おじいちゃん(母の父)は、祝日になると家の前に国旗掲げてね、皇族がなくなった時なんかは金色の玉(他の言い方ないですか・・)に黒い布をかぶせて下の方に下げるんだよ。」と言った。
国旗って ↓ コレなんですけどね。
今ならわかるの。Amazonで手に入る・・って。
でも、その当時ってどこに買いに行ったんでしょうか。
デパート???
と聞いたら母が
「多分代々受け継いでたと思うから、おじいちゃんが買ったんじゃないと思う。」
なーるーほーどー。
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