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日日自炊自足【10月30日の夕食 と いい人ってどんな人?】

夫なし。子は独立。
自炊の習慣で自分の必要をみたす、50代ひとり暮らし。
アレルギー対策に 油をやめ(家にある油はラー油のみ)、お肉、乳製品、卵、小麦粉、お米や砂糖をなるべく減らした(い)食生活。

「家族のためのご飯」を卒業した献立の記録 と 自分を観察する日記。


・豚肉 茄子 週末オニオングラタンスープを作った残りのバターで炒めた玉葱 のカレー 白米 麦(味付:市販のフレーク状ルー トマトジュース 中濃ソース 乾燥パセリ)
・福神漬(市販)
・コーン(味付:ポン酢)

先日ある人に「ibitsuさんにとっていい人ってどんな人?」と聞かれた。

それは思いがけない質問で、とっさに「穏やかな人」と答えてしまったけれど、それは
わたしがどういたいか
だな、と帰宅してから思った。

わたしの考えていた「穏やか」には
「優しい」が含まれていて
その優しいを発動させるには「気が付く」という能力が必要だ。
わたしがそうだというわけではなく、それが理想的な自分の姿なのである。
要するにわたしは「そうありたい」と思っていて、そういう人に憧れているのである。

春頃に知り合った同世代の異性の友達「だーさん」と定期的に会うことが続いた中で気が付いたことがある。

「だーさん」は「何を考えているのか分からない」くらい感情表現が少なく「怒ることってあるんですか?」「爆笑することってあるんですか?」と聞いてしまうくらいの穏やかBOYなのだけど

「気が付かないBOY」でもある。

いや、気が付いているけれど、それをどう表現して良いのかわかならいのかもしれない。けれども表現しなければ
気付きが優しさに変わることがない。
いや気付きは相手に伝わって初めて、優しさ(い)という名前になるのかもしれない。

先に「気が付いているけれど、それをどう表現して良いのかわかならいのかもしれない。」と書いた理由は
LINEでは「ありがとう」と書いてくるけれど、会うと面と向かうと途端にそれがない(しない?)。
知り合ってずっと敬語だから、礼儀正しいかと思えば・・挨拶もはっきりしないし、わたしが作った食事にいただきますやごちそうさまを言わなくて「?」となる。

マーケットで買い物するときも、カゴを持ったわたしに「あ(発していない)」という素振りを見せるが、最後まで「持ちます」は出てこず
会計時「先に袋に入れておいてもらっていいですか?」と言えばやるけれど自ら「やります」とは言わない。
が、袋に詰めたものはそのまま持ってくれる。




そういうこちらからは言いにくい「気付かない?」が結構あって
わたしだったら・・が共通ではない「だーさん」を変わった人に認定する。

でもこの経験で
「穏やか と 優しい」がセットである
「敬語 だから 礼儀正しい」だろう、はわたしの思い込みだったのか。
ということに気が付いた次第なのであります。


好きなタイプは?と聞かれて
「優しい人」と言う人は多いし、かつてはわたしもそう答たこともあったとは思うけれど(優しい人と付き合いたい、は恋愛に限らない)

そもそも優しいって
人付き合いにおいての最低条件だよなぁ。と思う。
けれども、優しさの定義なんて人それぞれだから、そこが合っていれば相性が良く
わたしだったら・・を相手が上回った時「優しい!ちゅきっ❤」と感じるのかもなぁ。

と、横道にそれまくって・・振り返れば
質問されたのは「いい人ってどんな人?」だった、と思い出し。
いい人と優しい人を混同してしまった、と思う。

いい人って  どんな人だろう。(振り出しに戻る)



やはり「誰かと向き合うことは己と向き合うこと」なのである。




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