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表現方法を知らない僕が、必死に自己表現するためのアカウント。ペシミストの戯言だと思って…

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表現方法を知らない僕が、必死に自己表現するためのアカウント。ペシミストの戯言だと思って下さい。

最近の記事

前触れもなく

何の前触れもなく、自ら命を絶ってしまう人がいる。 前日まで普通だったのにとか、周りは何も出来ず、突然のことにショックを受けて、ずっと後悔の念に押される人もいるだろう。 僕の場合の話だが、勝負をかけた舞台での主演による陰湿ないじめ、ブラックバイトでの過労、人間関係の悪化で 精神状態がおかしくなり演劇を続行出来なかった。 また一からやり直してやる!という気概ともう無理だ、ここから一からやり直すなんて、命を賭けて挑戦したのに、という絶望を行ったり来たりを繰り返して そんな

    • 泡のように

      俺の声は誰にも届かない。 誰も俺に気付かない。 誰の目にも止まらない。 誰も俺のことを覚えていない。 この世界から消えても、世界はなんら変わらない。 けれど 隣の部屋の両親は 俺がいなくなったら死ぬまで悲しみと後悔に襲われる呪いをかけることになってしまう。 そこまで俺は親不孝者じゃない。 まだその辺りの理性は保っているつもりだ。

      • 生きたい

        生きるってことが文字通り心臓が鼓動している状態を指すなら、もちろん僕は生きている。 ありがちだが、ここでいう生きたいは 自分らしくとか輝きたいとか そういうイキイキとしてるという意味での生きたいだ。 どうしたら自分は幸せになれるのだろう? どうしたらもっと毎日が楽しくなるのだろう? とりあえず、お金の問題がある。 お金が無いので、そりゃ何か新しく始めてみるかとか出来ない。 俳優活動だって金がいる。 まだバイト始めたてで、本当にお金が無い。 それじゃあバイト

        • あなたの一時間の価値は?

          時給制で働いてる人も固定給で働いてる人も一時間の時給換算したらいくらぐらいだろうか? 私はアルバイトなので大体1200円、良くて1300円といったところ。 これを高いと思うか安いと思うか? 私は昔某繁華街のカラオケ屋で夜勤で時給1250円で働いてた時期があります。 今思えばかなり肉体労働で、客からの理不尽なクレームや迷惑行為にストレスは凄かったし、 店長によるパワハラも酷かった。 時給30円アップで役職とは名ばかりの仕事量アップを提案されたが断り、 最終的には店

        前触れもなく

          慟哭

          慟哭、この言葉にあまり聞き慣れないという人もいるのでは無いだろうか? 慟哭=「悲しみに耐えきれずに声を上げて泣くこと」 きっとあなたも一度や二度ぐらい、慟哭したことがあるでしょう。 私は俳優活動でいじめに遭い、その後も体が、心が悲鳴をあげてもその悲鳴を無視して無理をしていたあの頃、幾度となく慟哭した。 時には居酒屋のトイレで、時にはバイト先の雑居ビルの屋上で慟哭した。 きっとあの時、僕は 「僕はこれだけ頑張っているのに、どうしてみんな僕を否定するの、誰か気付いてよ。

          ANNA SUIちゃん

          ペシミストのようになってしまった僕にも、間違いなく幸せだったと思えた時期がある。 もう17年前の大学生時代。一目惚れした綺麗で長い黒髪の、ワンピースの似合いそうな同級生のあの子。 彼女はANNA SUIが好きだったみたいだから、ANNA SUIちゃんとしておこうか。 ANNA SUIちゃんにに想いを寄せていたあの時だけは間違いなく幸せだった。 今では好き=下衆な感情の僕が、あの頃は本当にピュアだったと思う。 ANNA SUIちゃんが視界に入るだけで、一言話せるだけで

          ANNA SUIちゃん

          理不尽は突然に

          僕はネガティブでありペシミストだと思っている。 僕がどれだけポジティブで前向きなことを言ってもそれは上っ面の言葉にしかならない。 躁鬱になった時、僕はぼくの人生の主人公ではなかったのだと絶望した。 まさか、命を賭けて挑んだ俳優活動がいじめ如きでここまで崩れ落ちるだなんて、想像もしていなかった。 それから僕は、いつだって理不尽や不条理は隣り合わせだと考えるようになった。 僕が一番おかしくなっていた時、僕は世の中を恨んで関係のない人々を巻き込んでしまう人間たちに共感して

          理不尽は突然に

          綴る

          久しぶりにnoteにログインしました。 自分を発信したいという欲求を持ちながら、 自分に合ったsnsが分からず某ライブ配信や動画投稿アプリに挑戦したりしてました。 ですがやっぱりイマイチでした。 自分は文章を書く方が向いてるのかな?と思いまた気ままに書いてみたいと思います。 軽い自己紹介ですが、私は俳優志望の30代の男です。 実は9年前まで俳優活動をしてましたが、色々あり、躁鬱となりずっと通院をしながら新しい人生を模索していました。 しかし何をやってもしっくり来

          勝ち負け

          僕はあの頃、勝ち負けで芝居していたんじゃない。 だけど「あいつに負けてんじゃねえよ」と勝ち負けの次元に引き摺り込もうとされたり そう思えば「未だに勝ち負けの世界にいるの?可哀想だなあ」と憐れまれたり 違う、俺はずっと、勝ち負けでやっていない。 常に自分の限界を超えたくて、 こんな自分だからこそ自分の限界を超えることが 自分を含めた上手くやれない人達でも生きていける可能性の証明になると信じて 恐れずに死に物狂いでやっていたんだよ! 小さい頃、どうして世界は平和に

          勝ち負け

          陽のあたる場所に憧れて

          思えば、演技を始めたのも、自分は陽の当たる場所に憧れていたからなんだと思う。 幼少より、人より極端に自己主張が苦手で、 自分の主張をして揉めるより その場が平和に済むならその方がいいと思いつつ 自由に自己表現して楽しそうだった彼らに嫉妬していたんだと思う。 中高6年間やってた卓球が当時、「根暗」という印象が強くて堂々と出来なかった影響もあるかも笑 いや、本当に当時は部活動は卓球部です!なんて言うと、みんな 「ああ、卓球なんだ、へー、、、あ!温泉卓球ならやったこと

          陽のあたる場所に憧れて

          卓球について語ってみる

          僕は中高6年間卓球部で毎日卓球のことしか頭にないような学生生活を送りました。 きっかけは、何かしら運動部に入らないとダサい、でもサッカーや野球はきつそうだから楽そうな卓球部に、、、 という低俗な理由からでしたw でもいざやってみると本当に難しくて、中学2年生の時には卓球しか考えられないようになっていました。 今でこそメディアに出まくりの水谷選手を知ったのは高校生ぐらいでしょうか? 当時毎月定期購読していた卓球レポートいう雑誌で、どうやら物凄い天才が現れたぞ、と水谷選

          卓球について語ってみる

          今思うこと

          きっと、今なら少しずつでも向き合える、そんな気がしている。 裏切られること、打算で見限られること、 失敗してまたどん底に落ちること、、、 恐れて、逃げるのはやめるときなんじゃないかと。 また裏切られてもいいじゃないか、 初対面で品定めされて、自分にメリットは無いなとぞんざいな扱いされたっていいじゃないか。 失敗して傷ついてもいいじゃないか。 今なら、少しずつでも、歩み寄れる気がする。 今なら、向き合える、そんな気がするんです。

          今思うこと

          僕なりの演技論

          演技論なんていうと大仰な感じになってしまうけど、 僕は演技は自分自身との対話、自分自身を追求することであり 役を演じることは自分ではない他者の人生を背負うものだと、思っている。 また、演じる時、自分に隠したいものが1つでもあると真に役を演じることは出来ないと思っている。 演じている時、観衆に自分自身を丸裸にされているのと同じ状態だと思っている。 自分と向き合うことを恐れず、コンプレックスだろうが忘れたい過去だろうが後ろめたい行いだろうが演じる時は肯定出来なければ

          僕なりの演技論

          共感のその先

          以前演技のワークショップである講師に詩の朗読をさせられたのだけど。 僕は全身全霊でその詩を読み上げたけど、講師は 「共感は出来る。けど俺らが伝えたいのは共感のその先なんだよね。」 なるほど、今になって思う。 心の拠り所が無いと、ただ生きていくのはしんどい。 みんながみんな、自立出来ればいいけど 時に依存だってしてしまう。 人間関係だって少なからず依存し合ってる部分もありそうだ。 時には危ないものに依存してしまう人もいる。 他人事では無い。 そんな歳になった

          共感のその先

          恐れるな

          舐められることも多かった。 お前は面白くない。 お前は自分の主張がない。 お前みたいな奴はどこにいってもやっていけない。 自信を喪失して 自分を否定し続けてきたけど でもこの世に俺は俺しかいない。 今になって思う、それで良かったんじゃないかと。 自分を変えようと20代前半は躍起になった時もある。 けど、自分の本質というのはどうしても思うように変わらない部分もある。 諦めと思われるかもしれないけど、 ドンと構えよう。 これが俺なんだ。 俺には俺が必要な

          恐れるな

          独り言

          1日1回投稿したいけど、もう何も思いつかず、今日思いついたこと。 生きていれば、許せない人・憎い人の1人2人、いると思うんですよ。 現在進行形で憎んでる人がいるとか。 僕も先月、やっぱりまだ許せないなということを思い出して結構しんどかったです。 でも、そういう感情を持つ自分も嫌で。 それで今日思いついたのが 「幸せに死ね!」と思えばいい。 これ、相手を憎んでんだか分からないですねw 一時期ネットスラングでこんな言葉ありましたねー 「末永く爆発しろ」とか「孫に