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blue/魚喃キリコ

私が本屋さんでその本を見掛けた時
胸がドキドキというより
胸を鷲掴みにされたような気分だった。

表紙の青一面に描かれた女性の笑顔は
私のかつての親友にそっくりで
私は一人で勝手に切なくなった。

 
【彼女は親友。彼女は恋人。】

 
その帯の言葉は
私に向けた訳ではない言葉なのに
涙が込み上げた。

 
その本を手に取り
私は会計を済ませた後
足早に家に帰った。

そして自分の部屋に鍵をかけ
貪るように一気に読み
私は読みながら涙を流した。

 
 
趣味が読書で家には何千冊と本があるが
私は「blue」との出会いは忘れたことがない。

私はこの本で魚喃キリコを知った。
好きになったきっかけでもある。

 
 
「blue」は購入したその日から
本棚の一番奥の一番左端にひっそりこっそりと大切にしまってある。

まるで心の奥底の本音のように。
それでいて記憶の片隅から離れない思い出のように。

 
 
 
 
私は自分を女だと信じて疑わなかったし
初恋は男の子だった。

その次の恋も、その次の次の恋も男の子だった。

 
だから高校生の時に親友に恋心を抱いていると気づいた時
私はひどく困惑した。

 
共学の高校に進学し
男性の恋人を作ることを夢見ていたのに
親友のことは親友としか見ていなかったのに
いつしか私は
彼女に対して特別な感情を確かに抱いていた。

三十数年生きてきた私が
唯一恋愛感情を抱いた女性が彼女だった。

 
 
今でこそネットが普及しているが
当時はまだ携帯電話でショートメールのやり取りの時代である。

私のような異性愛者が
思春期に女性に惹かれることはよくあることだと知ったのは
彼女とさよならをしてから数年経ってからである。

 
あの感情が思春期特有の何かだったのか
彼女が私にとって特別過ぎたのかは分からないが

私にとってあれは間違いなく恋だった。

 

 
「blue」は海沿いの街に住む女子高生の話だ。

主人公の桐島は同じクラスで孤立していた遠藤に惹かれ
友達になろうと声をかける。

桐島と遠藤は急速に距離を縮めるが
桐島は遠藤の元恋人や親友に嫉妬したり、複雑な感情を抱き
好きでもない男性と寝たり
遠藤に冷たい態度を取ってしまう。

 
私も桐島と同じように
親友への恋心に気づいてから
逆に男性と付き合おうとし
男性とデートをしたりしていた。

女性への……いや、親友への恋心なんて
いけないものだと思っていた。

  
今までのように男性を好きになれば
親友とは親友として
ずっとそばにいられると思った。

 
桐島が耐えきれずに告白したように
私もやがて限界が達し
親友に告白をした。

桐島の悲痛な告白シーンを読むたびに
私は女子高生の頃の自分を重ねて胸が痛くなる。

 
「好きなのは分かった。それで、何かをしたいの?付き合いたいとか?キスしたいとか?(笑)」

 
告白した時
泣いていた私とは対照的に
親友は実にあっけらかんと聞いてきた。

 
私は問われて考えた。

そして
私は告白をしつつも
彼女と付き合ったり
キスしたりは望んでいないと分かった。
そしてそれを伝えた。

 
「それなら、今まで通りで変わらないね(笑)」

 
親友はそう笑った。

不安で怖くて仕方なかった私は
その笑顔と言葉にとても救われた。

 
この恋心がある限り
親友のそばにはいられない。
ずっと一緒にいる為には
男性の恋人を作って
この恋心をなくさなければいけない。

告白したら友情や友達関係は終わる。

 
そう思い詰めていたが
私と親友は告白後も親友のままだったし
むしろ仲を深めていった。

告白以降
私の恋心について
彼女は触れることはなく
私も伝えることはなかった。

手を繋ぐことさえせず
ただお互いにお互いを欲し求め
そばでずっと笑っていたし

私はただただ
これからもずっと一緒にいたかった。

 
 
私は親友と恋人にはならなかったが
桐島と遠藤に近いものを感じる。

 
他に友達がいても
二人でいる時が一番楽しくて
二人でいる時は何よりも特別な時間だった。
 
本当に大好きで大切だった。

 
 
桐島と遠藤はあることをきっかけに傷つき傷つけ
それから二人は本音を口に出せるようになってきた。

笑い合っていた二人が更に距離を縮め
言えなかった本音でやり取りをするシーンは涙なしでは読めない必見シーンである。

笑ってかわしてばかりの遠藤が本音をだいぶ出せるようになり
笑顔以外の表情で気持ちを伝えるようになってきたところに
桐島と共に喜びを感じた。 
 
 
 
私は誰かに恋をすると
友達や家族とよく恋バナをしていた。

だけど
この高校時代の恋については周りに言えなかった。
SNSでさえ
今回書くのは初めてになる。
 
 
多分だけど
私のように同性を好きになった人は
「blue」を読んで救われている。

私だけじゃないんだ、と。

 
人を好きになる感情は甘くほろ苦く
素晴らしいものなのに
親友に恋をしていたあの感情やあの時代を色に例えるならば
私もきっと青色なんだと思う。 
 
 
 
高校を卒業した私には
男性の恋人ができた。

その人と別れてからも男性の恋人ができたし
気になる人や恋する人は必ず男性だった。

 
私はもう二度と女性を好きになることはなかった。

 
 
 
あれから約20年の時が流れた。

かつて親友だったあの子とはもう会っていないし
連絡もとっていない。

 
結婚したとは聞いた。
幸せであるといいなと思っている。

 
私は彼女を忘れることはないだろう。

 
これからも会えないにしても
楽しかった思い出はあまりにも眩しくて
キラキラと輝いている。

 
 
「blue」のページを開くと
桐島と遠藤が笑っている。
かつての私達のように。

ページを開けば
私はいつだってあの頃の私達にまた会える。

 
 
「blue」はスクリーントーンがほとんど使われず
白と黒のモノトーンな世界の漫画だ。

 
それはまるで過去を振り返っているかのような印象を与える。


この世界には表紙以外に色はない。

 
この漫画は台詞が中心で
主人公の桐島の思いしか描かれていない。

遠藤の気持ちは
ハッキリとは描かれていない場面も多い。
表情や仕草や会話から
読者は遠藤の気持ちを想像する。

 
 
遠藤は桐島といて幸せだった?
どうか桐島を忘れないで。

読後
私はいつもそんな風に思う。

 
桐島に自分を重ねて。
遠藤に親友を重ねて。

 
あなたは私といて幸せだった?
私は幸せだったよ。

多分これからもきっと忘れない。

 
 
 
 
去年「blue」の新装版が発売された。

本屋では魚喃キリコフェアが行われ
目立つ位置に山積みで「blue」が置かれていた。

 
私はその本を手に取って眺めて
一人涙ぐんだ。 


 

 









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