#0. クリィムソーダの記憶(A面)
【短編小説】
このお話は、全部で9話ある中の一つ目の物語です。
大切な日のこと
私は今このとき、誰が見てもわかるくらい猛烈に緊張していた。
生きている中で一度しか迎えないであろう、大切な日。人生における一大イベント。唯一、主役として輝ける瞬間。式にはありがたいことに、たくさんの人たちが私たちを祝福しに駆けつけてくれた。
式は至って滞りなく順調に進行していく。ドラマで見るような、花嫁を奪いにやってきたという招かれざる客も現れる気配がない。
ウエディングケーキに入刀する段になって、クリームに包まれたスポンジをナイフでスッと切る。私が、今後一生かけて添い遂げるであろう男性と共に。思いの外、柔らかくて拍子抜けした。何か思う暇さえなかった。
自分の中の感情が、一刀両断にされた感じがある。私の頭の片隅にあった淡い気持ちが、だんだん泡となって消えていく。司会役の綺麗な女性が「新郎新婦の初めての共同作業です」と言うと、会場にいる人たちがパチパチと拍手をした。何かが、私の中でプチプチと弾けてすり潰されていく。
*
最後、両親への感謝を伝える時間がやってきた。
ありったけの思いを綴った手紙を読み終わった後、思わずないまぜになった感情が胸の奥から迫り上がってくる。涙がボロボロと溢れて、あっという間に手紙は濡れてクチャクチャになった。その様子を見た親戚や私の友人は、もらい泣きをしたのかハンカチを目元に当てている。
でも今この瞬間、自分が涙を流している理由。
それは両親への感謝と、彼らから旅立って自立するという意味での嬉しさと悲しさだけではなく、それ以外の意味も含まれていることを私だけがはっきりと頭の中で理解していた。
<#1へ続く>
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