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だれかを待つ余白

 どうも雲行きが怪しいと思っていたら、しばらくして猛烈な雨が降り始めた。
 
 雨の音は、好き。雨が屋根に打ち付けるバチバチという音は、どこか心を落ち着かせる効果があるような気がしている。そして、その激しい雨音はなぜか昔読んだあだち充さん著作の『H2』のワンシーンを思い起こさせた。

 『H2』は、あだち充さんが1992年から少年サンデーで連載を始めた野球漫画。読んだことある人もいると思うけど、知らない方もいるかと思うのでさらっとあらすじを書くとこんな感じ。

親友でありそしてライバルでもあるエース国見比呂とスラッガー橘英雄、比呂の幼なじみであり英雄のガールフレンドでもある雨宮ひかり、比呂が進学先の千川高校で出逢った古賀春華。名前の頭文字に「H」を持つ「2」人の野球少年であるヒーローと「2」人のヒロインを軸に話が展開する。
(引用元:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/H2_(漫画))

 その中で何巻だったか失念したが、ヒロインの古賀春華と主人公の国見比呂が待ち合わせするシーンがある。ところが、国見比呂は諸事情により約束に遅れて現れる。そこで古賀春華が発した言葉。

「待ってる時間も、デートの内でしょ。 デートの時間は、長い方が良いもん。」

 この言葉が、いまだに自分の中にぼんやり突き刺さってる。読んだその当時はあまり意味を深く考えずに、なんて心の広い女性であることか!と単純に考えていたが改めて考えてみると、純粋に古賀春華は「始まる前のワクワク感」を楽しめる女性だったのだなと思う。

 ライブもそうだし、旅をする前もそう。何か楽しいことが始まる予感があれば、それは次第に期待値が膨れ上がっていく。それは長ければ長いほど、増幅されていくものだと思う。もちろん待たせることにも限度があるとは思うが。

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 別の日の出来事。その日も残念ながら、鈍色の空である。

 最近引っ越しをして、ようやく身辺が落ち着いて来たので改めて周辺を散策してみた。私自身は極度の花粉症なのだけれど、ようやくくしゃみも止まり始めてきた。

 休みの日、友人が遊びにきてくれるというので、そわそわして待ち時間よりも早めに家を出る。気がつけば、桜が見頃を迎えていた。私の住んでいる場所から徒歩数分程度にあるその公園には、それは見事な桜が咲いていた。この時期になると、どうしても心が弾む気持ちを抑えられない。なぜ、あんなにも小さなピンク色の花びらに心が揺れ動くのだろう。

 たぶんそれは、桜がずっと咲き続けるものではないから。満開に咲き誇った桜の花びらは、1週間を待たずとして儚く散って言ってしまう。そのそこはかとない奥ゆかしさが、どこかいじらしく感じてしまうのだろう。

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 上を見上げるとあいにくの空模様だったけれど、その様相に反比例する形で心は凪いでいる。残念ながら公園には、例年のようにブルーシートを広げてゆったりとくつろいでいる人たちはいない。コロナウイルスの影響もあって、人の姿はまばらだ。公園がなんだか広く感じられた。

 ふと目を転じてみると、水の溜まった巨大な池から噴水が立ち上っていた。ちょうど光が差し込む時間帯で、キラキラと輝く水の飛沫の思わず息を呑む。水の流れってどうしてこんなにも優美なのだろうか。

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 ただぼんやりと公園を歩き回っているうちに、友人からLINEで連絡が来た。それによると、電車に一本乗り遅れてしまい、10分程度遅れそうな気配だという。

 待ち合わせ時間、そりゃ途中にはいろんなドラマがあるよね。たとえ待ち時間にピッタリ相手が現れなくてもそれはそれでいいじゃない。

 なんとなく足取り軽く、公園を一周まわってから駅へと向かう。ゆらゆらと散りゆく桜の花びらを背にして。こうしてしばらく経つと、また熱い夏がやってくるんだろうな。 

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