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水平線が揺れる街より - 3

3月に訪れた釜山について、これまで2回にわたってゆるりと記事を書いてまいりましたが、いよいよ最終回です。特にこれといって、劇的なドラマなんぞはありませんが、雰囲気を感じていただけたら嬉しいです。

↓前回の記事より

 くしゅん、という音が自分から発せられていたことに、コンマ5秒後に遅れて気づく。

 窓のカーテンから薄く、光がさしている。

 早朝、いつも通り6時ごろに目が覚めた。近頃、どうもずっと眠ることができないのは、やっぱり体力が落ちたからなのだろうかと妙に勘繰ってしまう。釜山滞在最終日は、日本を発つ前に仕事を残して来てしまったので、午後ワーケーション(初めてこの言葉使いました。いつか使ってみたかったんですよね~)をしなくてはならないということがほぼ決定。そんなわけで、許された時間の中でどうせなら観光しよう! となり、また人気のない時間から海雲台を少し歩くことにする。

 昨日と同じく、街はまるで眠ったかのように人が少ない。日中は車がひっきりなしに走り去っていくのに、やけに静かだった。私はこの時間がとても好きだ。まだ寒さの残る空気の中を、ぶらぶら歩く。短い時間ながらも、この空間を独り占めしている優越感に勝手に浸っている。お店は少しだけ開いている場所があり、さりげない様子で看板灯が点っている。

 散歩していてはたと思いつき、折角ならバスに揺られて少し遠くへいこう、と自分の中で決めた。そして海が近くに感じられる場所へ行こう。スマホの中に眠る先生に教えを乞い、行き場所を決めた。朝食はセブンイレブンで、ナッツの風味のするコーヒー、キムチ、それからスープだった。

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 海雲台近くのバス停から、乗合バスに揺られること10分くらいの場所に青沙浦チョンサポロがある。バス停から降り立つと、周囲はまさに市街地そのもの、といった感じで年季の入った建物が並んでいた。そこから更に歩き続けると、海が臨める場所へと辿り着く。なだらかな下り坂の下には、ブルーラインと呼ばれる、地面から浮き立った路線を走る電車が見えた。

 のどかな田んぼが広がるその先に、観光客と思しき人たちが行き交っている。おそらく韓国語でも、日本語でもない。きっと、中国人だろう。なぜか中国のおばさまたちは粋なサングラスを付けていることが多い。これが、いわゆるお国柄なのだろうか。時間が、ゆるゆると進んでいる。私がもしその時自転車に乗っていたなら、青臭い日々を取り戻すために、全速力でペダルを漕ぎ、下り坂を下っていっただろう。実際は、息切れし酸素不足にあえいでいる。現実との乖離が、甚だしい。

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 しばらく道を下っていくと、目の前に真っ青な海が広がっていく。ブルーラインは結局のらずに、そのまま海岸線に沿って歩く。改めて自分が来た道を見上げると、ちょうど海に面した町々と、高層ビルとの間にある境界線が見える。その時、なぜかふと、映画『メトロポリス』の光景を思い出してしまった。この生きている場所では、往々にして見える景色は対比されて映される。

 海が、聴こえる。サン、ササン……。カモメはあたりにひゅうひゅうと飛んでおり、大人たちは仲良く並んで、青い景色を眺めている。こうして、あまり人のいないところにいると落ち着く。海の波がゆらゆらと揺れる姿を見るだけで心が、水の中にポトンと落とされたような気持ちになってくる。そういえば、釜山って『ドクタースランプ』というドラマにも出て来たはず、でもそれがどんな光景だったか思い出せない。

海苔(たぶん)を乾燥させている

 至る所で、海苔が干されている。日の光を浴びて収縮したものたち。これがゆくゆくはごま油につけられて、美味しい韓国のりになる。思えば、ここ最近勉強と仕事しかしていなくて、それが当たり前の日常になっていて、以前よりもきちんと息抜きできなくなったな、とふとした拍子に思う。無心になって昔はパチパチと写真を撮っていたのに、それが最近では無くなってしまった。歳を取るにつれ、自分の興味関心も移ろいを見せる。

 でも、やっぱり写真を撮る瞬間が、私はとても好きなのだと思った。特にただの光景、というよりはそこに誰かが映り込む世界が。彼らは、意識している無意識でありに関わらず、きちんと「生きる」ということを本能で考えて、そこに存在している。その生きる、という行為は実はとても大変なことで、みんなその大変なことからうまく自分自身を守るために、行動をする。良くも悪くも。海の上には、赤と白に染められた灯台が、仲良く並んでいた。

 海周辺をぐるぐる回っていて、自分の国の言葉とは違う言葉を聞くたびに、どうしてこの世界には様々な言語が存在するのだろうか、と小学生でもこたえられそうな問いかけが浮かんだ。みんながみんな、同じ言葉で話していたら無駄ないさかいも起きないのに。まあでもこれだけ多様性という言葉が声高々に叫ばれる世の中で、言葉が違うからこそどうにかして自分の気持ちを伝えようとするし、新しい文化も生まれるのだろう。それはきっと、同じ言語をしゃべる人たちでも同じで、同じ国で生まれたとしてもみんな持っている言葉が異なるから、悩みもするし、そして理解を得ようとするために必死になるのだ、と妙に自分自身で自己解決したりした。

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 韓国に来たからにはやりたいことがいくつかあって、そのひとつが「眺めの良いお店で、きちんとした伝統茶を飲むこと」だった。

 ちょうど、青沙浦からホテルへ戻るまでの道の途中で非非非堂ピビビダン(妖怪アンテナ立ちそうな名前)という喫茶店というか、お茶屋さんがあったので立ち寄ることにする。最初、普通の一軒家みたいなところを想像していたのだが、普通にビルの最上階あたりにお店があった。一歩中に入ってみると、これまた想像を裏切られたような形で洗練された内装が広がっていた。

 伝統茶はいくつか種類があり、どれにしようかひどく迷ったのだが、結果として選んだのは五味子オミジャ茶というものだった。これは、今までに味わったことのない味わいで、ひどく嗅覚と味覚を刺激した。その名の通り、五つの味がミックスされているそうで、甘味、酸味、苦味、塩味、辛味が感じられる、とのこと。ただ、正直私が感じられたのは二つくらいである。

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 再びバスに乗り、ホテルへと戻る。お昼は賑やかな商店街で、ずっと気になっていたヌタウナギを食べた。商店街は、港町に近いこともあって海鮮系のお店がずらりと並んでいた。ちなみにヌタウナギは、どこのお店の水槽にもヌメヌメと戯れている様子が覗うことができ(これはあまり気持ちのいいものではなかった)、まあそれなりにいい値段がした。

 味のほうは、というと確かに仄かなウナギの味わいがする。ただ、辛味調味料で味付けされているので、どちらかとニンニクとピリ辛の味が勝り、どうしても一緒に注文したソジュ(韓国焼酎)をすいすいと飲んでしまう。ソジュは、私の友人曰くエチルメタノールの味がするねん、と憤っていたが、辛いものと一緒に食べると案外悪くない味になるのだ。旅行中、私はひたすらコンビニでソジュを買って、ちびちび飲みながら『私の夫と結婚して』という爽快な復讐劇を見ており、どっぷり韓国の文化に浸った感がある。本当に、沼ってる。

 すっかり満腹になった私は、その勢いで店員さんに진짜 맛있었어요本当においしかったです!と伝えたら、気をよくした店員さんが笑顔で韓国語で言葉を返してくれ、その意味がさっぱり分からなかったものだから네~はいと言ってその場をそそくさと立ち去った。この時ほど、韓国語をちゃんと勉強しようと思ったことはない。今ちょうど韓国語を勉強し始めたのだが、目下の目標は店員さんと楽しくおしゃべりができる、それに尽きる。

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 そんなこんなで、最初どうなるかと思っていた釜山旅行も、あっという間に時間が過ぎ去っていった。ホテルでワーケーション(わ、また使えた!)をしてから、再び7時くらいに外へ出る。外は小雨が降っている。滞在中いくつかやりたいことがあって、そのうちのひとつがチムジルバン(岩盤浴)でうまいことチムりたかったのだが、もともと目星をつけていた場所にいくと、「最近、なくなっちゃったんですよね~」と流暢な英語で返され、また心残りがひとつ残ってしまった。(韓国屋台「ポジャンマチャ」でお酒を飲むことも、未完のまま)

 そのほか、商店街で異様に行列ができているホットクを食べたり、それからタコのチヂミを買ったり(これが30分くらい並んだが、その価値はあったと思う)。ホテルに戻って、再びソジュを片手にドラマを見て、そうしてゆるゆると韓国の最終日は過ぎていったのだった。

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 早朝、空港へバスで向かおうとするも、影も形も見当たらず。こりゃ困ったなーと思っていたら、たまたま近くで欧米系の方がタクシーを拾っているさなか、「YOUも乗るかい?」と声をかけてきてくれて、同乗させてもらうことで事なきを得た。高速道路のネオンは日本のそれと全く変わらず、とても美しかった。思えば、友人と久しぶりに会ったことで私のこの旅の目的は達成できた気がする。だいたい私が一人旅をするときには、どこかでものをなくしたり酔っ払いに絡まれたり、工藤新一ばりに睡眠薬飲まされてお金を取られるという憂き目に遭うのだが、今回は本当に何事もなく平穏に時が過ぎていった。今日も、私は生きている。

 また次、友人に会う機会があったら、何と言おうか。いろいろな妄想にふけりながら、ぽつぽつと韓国語を勉強し続けている。<完>


非非非堂から見えた景色

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