何故右翼はトランスヘイトを行うのか? ―海外右翼勢力とアンチLGBTQメディア
※23年6月、一部表現に修正を加えました。最終節を参照のこと。
こんばんは。烏丸百九です。
先日、Twitter上でのトランスヘイトの激化に合わせて、何気なく発した連ツイがちょっとだけ拡散頂けました。
クラレンス・トーマス判事の発言については、以下のフロントロウの記事が詳しく書いています。
万が一トーマス判事が示唆した全ての判決が覆ることになれば、「五十年は後退した」と言われる中絶の権利をめぐるロー対ウェイド判決の見直しを遙かに超えて、ほとんど中世に逆戻りという趣ですが、仮にも民主主義国家で最高裁判事まで上り詰めた人種マイノリティであるトーマス判事が、何故ここまで強硬な右翼的主張をするのでしょうか。
彼は自身の信念の根幹を詳らかにしていませんが、熱心なカソリック教徒であること、またアメリカ国内の右翼系の団体と関係を持っていることが大きな原因のひとつであると考えられています。
今回は、トランスヘイト、引いては世界的なLGBTQヘイトの動きの背景にいると言われる右翼活動家達の狙いについて、以前のnote(反ジェンダー運動について書いてます)↓とはまた違った角度から見ていきたいと思います。
※一部に強烈な女性やLGBTQへの差別の記述があります。当事者の方は閲覧にご注意下さい。
1.世界で暗躍する右翼活動家達
a.アメリカのキリスト教保守派
ひとくちに「キリスト教保守派」と言ってもカソリックからプロテスタントまで無数の派閥があり、決まったリーダーや(聖書以外の)共通する宗教的教義があるわけではありません。
……のですが、ことジェンダー問題となると、申し合わせたように同じ主張を始めるのがこの人達の大きな特徴です。特にアメリカ国内で活躍する各グループは、世界中の極右勢力に強い影響を与えており、事実上右翼界のリーダーシップを取っています。
最近彼らが起こした事件で衝撃的だったのは、ロー対ウェイド裁判の意見草案(判決が覆る内容のもの)が何者かにリークされたことで、ニューヨークのセント・パトリック大聖堂に中絶禁止賛成派の右翼が大集合し、賛成派女性へのヘイトスピーチを行ったことです。
ここに取り上げたような過激な主張は、必ずしもアメリカの右翼全体を代表するものではありませんが、アメリカン・ナショナリズムの両輪である「白人ナショナリズムとキリスト教ナショナリズム」を複雑に融合させながら、草の根レベルで広範な支持を受けていることは注目に値するでしょう。
元々キリスト教保守派が持っていた男尊女卑的な世界観が、近年のフェミニズム運動やLGBTQ運動への抵抗の中で過激化し、強烈な家父長主義としてリバイバルされているようにも見えます。
なお、画像左のマイロ・ヤノプルス氏は何とゲイで、小児性愛を擁護したことから一時「界隈」で干されてしまった経歴の持ち主なのですが、転向療法を強く支持しており、自身がゲイである事は「苦痛と不幸をもたらすことが保証されているライフスタイルの選択」だと主張しているそうです。自分の人生よりも宗教的情熱の方が大事なのは、トーマス判事と同様に、何とも捻れた感じがします。
b.ロシア正教会
特にヨーロッパ圏に影響を与えていると言えば、アメリカ以外に「もう一つの大国」の存在は見逃せないでしょう。ロシア正教会のキリル総主教は、ウクライナ侵略に際して次のようなコメントをし、世界を(悪い意味で)驚愕させました。
どう考えても「神の教えに背き」「神聖さと罪の境界線を曖昧にしながら教えの尊さを損ね」ているのは、教会への支援欲しさにプーチン政権とベッタリになっているキリル総主教の方だと思うのですが、ロシア正教会信仰者による組織票はプーチン政権の重要な票田となっているため、お互い「持ちつ持たれつ」な関係になってしまっているようです。
以前のnoteで指摘したように、ロシアの流す反LGBTQ情報はEUにおける反ジェンダー運動の主要な動力源となったと見られており、また国内においても法律の改定によって、更にクィアピープルの弾圧を強める見通しだと報じられています。
なお、須藤氏がツイートで引用している情報源は、ロシアサンクトペテルブルクのリベラル派による独立系ウェブメディア「Бумага(ペーパー)」紙で、元はサンクトペテルブルク大学の学生新聞であったようです。ロシアでは大手メディアの殆どが政府の支配下にあるため、独立系メディアがリスクを冒して政府批判をせざるを得ない状況になっています。
c.世界平和統一家庭連合(旧統一教会)
政治と宗教の癒着と言えば、今トレンドの世界平和統一家庭連合(旧統一教会)ですね。以前から旧統一教会勢力のアンチLGBTQデマゴーグを非難してきた身としては「今知ったのかよ……」と呆れてしまう気持ちも正直あるのですが、まあ無関心だった人たち(特にリベラル派)にも問題が広く伝わったのは良いことです。
旧統一教会の工作の実態については、ずっとこの問題を追ってきたなおすけさんが決定版的なnoteを書かれているので、それを読めば理解には十分だと思います。
なおすけさんは書かれていませんが、旧統一教会が特に主張している「LGBTQ運動は共産主義者の陰謀」という理論については、欧右翼の間で広く流通している陰謀説「文化的マルクス主義(Cultural Marxism)」が元ネタで、恐らく同教会のオリジナルではないと考えられます。
旧統一教会の独自要素としては、アジア諸国では馴染みの薄い「反ユダヤ主義」的な元ネタから巧みに要素を脱色し、特に日本や韓国で流通している反中国的な言説と合わせて「共産主義に対抗しようとするもの」として再構築したことでしょう。
実際には中国共産党はLGBTQへの弾圧も行っており、またロシア政府にも協力的な姿勢を崩さないなど、「アイデンティティ政治」や「政治的正しさ」は全く無縁なのですが、「とにかく我々の敵だから共産主義者に違いない」という右翼活動家の激しい思い込みが反映された結果かも知れません。
2.右翼のサポートをするタブロイド系メディア
ここまで右翼活動家達の反ジェンダー、反LGBTQ的な活動を紹介してきましたが、これらがどう具体的にトランスヘイトと関係するのでしょうか?一見すると、彼らはLGBTQピープル全般に対するヘイト活動を行っているものの、ネットで流通する所謂TERF(GCフェミニスト)の反トランス理論には、あまり関係の無いものであるように見えたかも知れません。
しかしながら、彼らが明確に関係している点が一つあります。情報源です。
実は、こうした右翼勢力が頼っている情報メディアと、反トランス派が依拠している「悪いトランスジェンダー」を取り上げるニュースメディアは、似ているとか関係があるとかじゃなくて全く同じなのです。
旧統一教会の運営するメディアであるワシントン・タイムズやViewpointは、何度もトランスヘイト的な記事を作成・拡散させていますし、特に英米系の右翼タブロイド紙は右翼に反LGBTQ的な記事が「ウケる」ことを知っており、中でも特に党派を超えて左派にもウケる「トランスヘイト」は人気コンテンツであり、発行部数やページビュー稼ぎに利用されやすいのです。英語媒体故に国境を越えて伝わるため、世界中からのアクセスが見込めることも大きいと思われます。
昔からそうですが、右翼というのは「差別でお金儲けをする」ことを平気でできる人たちであって、右翼だからモラルがないのではなく、元々モラルがない人間だから右翼になるわけです。特に近年のグローバル化やネットの発達でこの傾向は加速していると言えます。
つまり、こうしたトランスジェンダー批判に固執するあまり、右翼タブロイド紙を読みまくり、右翼にとって都合のいい情報を拡散するばかりか、潜在的な(本来なら党派的に読まないだろう)新規読者の獲得に協力している「フェミニスト」は、単なる「右翼の養分」と言えるでしょう。
この辺りの右翼と情報メディアの関係性については、Qアノン批判等を継続的に行っているみつをさんが、「極右生態系」としてnoteに纏められています。より詳しく知りたい方はご参照ください。
右翼とメディアの関係については、以前togetterにもまとめております。
以下では、トランスヘイトを拡散している具体的なメディアと、その利用例を取り上げていきます。もちろん、世界中の様々なメディアのほんの一例です。
a.ニューヨーク・ポスト
ニューヨーク・ポストは米国のタブロイド紙であり、19世紀創刊の歴史ある媒体ではありますが、現在はメディア王ことルパート・マードックのグループに所有されている非常に保守的な日刊紙です。ニューヨーク・タイムズでもワシントン・ポストでもワシントン・タイムズでもありません。(最後のとは似た者同士ですが……)
何度も人種差別デマを流したり、BLM叩きなどを行っていることで悪名高く、80年代にはコロンビア大学のジャーナリズム批判紙コロンビア・ジャーナリズム・レビューから「社会問題であり、悪の力である」と存在そのものを非難されています。ニューヨーク市民からは最も信頼性の低いメディアとして知られており、2004年の調査では、記事の信頼度は39%くらいとの結果が出たそうです。
以下はニューヨーク・ポストの記事を鵜呑みにする「フェミニスト」の例です。
b.デイリー・メール
デイリー・メールは英国の保守的な日刊紙であり、発行部数は100万部以上、ウェブサイトのユニークユーザーは二億人を超えると言われる世界有数のタブロイド・メディアです。
しかしながら、ニューヨーク・ポストと同様に人気と信頼性が比例しておらず、特に不正確な科学と医学研究を継続的に取り上げていることで、Wikipediaから情報ソースとして使用することを禁止されています。
英国で所謂ブレグジットが問題となった際、高等裁判所の判事が(ブレグジットのためには)議会の承認を求めなければならないという判決を下したところ、デイリー・メールは彼らを「民衆の敵」と名指しした上に、裁判官の 1 人を「公然と同性愛者である」と書いたそうです。
以下はデイリー・メールの記事を引用した上に「反権力メディア」と擁護する、「女性スペースを守る会」の元代表と思われる人物のツイートです。
c.ザ・タイムズ
ザ・タイムズは英国で最も古い歴史を持つ保守系の日刊紙であり、読売新聞や朝日新聞とも提携している高級紙です。故に情報ソースとしての信頼度は上述したような右翼系タブロイドと比較出来るものではありません。
しかし、近年ではオーナーがニューヨーク・ポストと同じルパート・マードックのグループ会社になったことが原因なのか、はたまた英国の政治的右傾化の為なのか、明確に反トランス的な主張を繰り返しており、しかもデマ記事の割合がやたらと高いです。高級紙なのでちゃんと訂正した旨をウェブサイトに掲載しているのですが、多いときは週に何度も「訂正報告」を出しています。
特に酷い例は、今年の一月、2021年に掲載された【英国サセックス大学病院NHSトラストが新しいガイダンスで、「(トランスパーソンに配慮して)『母乳育児』ではなく『胸育児』と言え」と言っている】との記事が批判を浴び、デマだとようやく認めた僅か一日後に、今度は【2012年から2018年にかけて、436人のトランスジェンダーの性犯罪者が女性として分類された】というデマ記事の訂正文を出したことでしょう。
一説には、ザ・タイムズ紙がBBCやガーディアンなどの左派~中道保守派のメディアを非難したことが、英国メディア全体が反トランスに傾く原因になったとも言われています。
以下はタイムズを批判するフロントロウを「強姦魔の味方」呼ばわりする「フェミニスト」の例です。
d.PragerU
上記のような新聞系メディアではありませんが、トランスヘイトにおいて重要な役割を果たしているので紹介します。
PragerUはアメリカの非営利団体であり、保守派コメンテーターのデニス・プレイガーによって創設されました。Youtubeに「プレイガー大学」という登録者300万人のチャンネルを有し、その主張は人種差別、外国人嫌悪、同性愛嫌悪、トランス嫌悪、イスラム嫌悪など。日本で言うと虎ノ門ニュースみたいな立ち位置でしょうか。
日本語圏で最も有名な動画は、「The End of Women's Sports」(女性スポーツの終わり)でしょう。「不当な競争」を強いられ、トランスジェンダー女性に敗北したと訴える女性の動画が下記のツイートにより拡散されたことで、日本国内でも「トランス女性はスポーツで有利」という主張が定着する原因の一つになりました。
実際のトランスパーソンとスポーツを巡る「議論」については、以前書いたnoteをご参照ください。
ちなみに出演者のセリナ・ソールは米クリスチャン右翼団体のAlliance Defending Freedomから支援を受けており、敗北したトランス女性二人を裁判で訴えましたが敗訴しています。
そもそもPragerUに顔出しで出演する時点でウヨに決まっているわけですが、プレイガー大学がどんなメディアだか知らない日本人からすると「普通の人の意見」に見えてしまうわけです。
以下はPragerUを嬉々として拡散する自称「フェミニズム団体」のツイートです。
3.キリスト教徒は「敵」ではない―誤解しないで欲しいこと
ここまで読んでいただいた皆さんは、欧米圏の右翼や彼らを支えるメディア・政治家のあまりの極悪非道ぶりにウンザリしていることと思います。
しかし、誤解しないで欲しいのは、宗教的であることそれ自体が悪ではないということです。そもそも、欧米においては差別を受けているクィアパーソンも多くが宗教の信仰者であり、リベラルな無神論者というわけではありません。そして、そうした人々を支えるリベラル派のクリスチャンは世界中に存在しています。
長年LGBTQの権利に公然と反対してきた、カソリックの総本山であるバチカン教皇庁ですら、最近ではかなり態度を軟化させており、今年一月には教皇自らが「子どもが同性愛者であっても非難しないよう親たちに呼び掛け」るという異例の行動に出ています。
伝統を重視する宗教者の態度が、よりマシな人権保証を求める人々の訴えを妨害してきたことは事実だと思いますが、本当に問題なのはそれを利用する政治やメディアであり、反社会的セクトと公然と関係しながら「何が問題なのか分からない」と言い放ってしまう右翼のモラル崩壊ぶりです。
宗教的な立場を取れば、本当に「道徳や神の意志に反している」のはどう考えても金目当てに他人を差別・排斥したり戦争を仕掛けたりする連中の方な筈で、すぐに「レッテル貼り」だとか「キャンセルカルチャー」だと言って開き直るような相手には、明確な社会悪を糾弾して何が悪いのか、とハッキリ言うべき時が来ていると思います。
下記は「聖書の教えを守れ!」と牧師さんにキレる自称「フェミニスト」です。
※23年6月追記:神道政治連盟や統一教会系勢力への批判が高まるにつれ、こと本邦では「宗教勢力≒右翼勢力」とフレーミングするような宗教差別的な言説が一部に出てきたことに鑑み、文中やタイトルで用いていた「宗教右翼」という表現を「右翼」「極右」「欧米右翼勢力」などに変更しました。
最終節でも述べたとおり、彼らの主張はもはや宗教と何の関係もなく、単なる家父長制デマゴーグでしかないため、宗教そのものが「悪い右翼性」を持っているわけではないことにご留意頂ければと存じます。
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