ヒップホップ史から零れ落ちやすい名曲50選
音楽誌「ミュージック・マガジン」2023年9月号のヒップホップ特集に寄稿しました。注目のトピックを紹介する「ヒップホップ、51年目の現在地」のコーナーで書いています。
今回の特集のような歴史の振り返りは私もこれまで何らかのテーマを設けてたびたび取り組んできましたが、どうしても触れづらい名曲・名作というものがあると思います。少なくとも私の場合は、歴史の話をする際にはシーンへの影響力や何らかの象徴、アーティストのブレイクのきっかけや代表的な曲・作品のような、単純な「良さ」以外の要因も込みでトピックを選出することが多いです。そのため例えば「アーティストがブレイク後にリリースしたブレない曲」などは零れ落ちやすい傾向にあります。
そこで今回はヒップホップ50周年に合わせ、そういった歴史を振り返る際に紹介しづらい名曲を50曲選びました。「隠れ名曲」や「マイクラシック」的なものはなるべく避けています。そのため既に様々な語りがある2000年以前や2010年以降の曲は少なめで、2000年代の曲が中心です。プレイリストも制作したので、あわせて是非。
Gangsta Pat「I Wanna Smoke」(1995)
1990年代のメンフィスヒップホップは、現在はトラップやフォンクなどのルーツとして広く知られています。しかし、ダークなムードや手数の多いドラムパターンを聴かせるThree 6 Mafiaなどが注目されることはあっても、Gangsta Patのようなソウル愛に溢れたアーティストが語られる機会は多くありません。この曲は大ネタを2つ大胆に使ったメロウ路線ですが、こういった路線でもメンフィスならでは濃厚な魅力が出ています。
Tela「Sho Nuff (feat. 8Ball & MJG)」(1996)
Telaと8Ball & MJGも1990年代メンフィスヒップホップを彩った重要な存在です。しかし、Suave Houseで活動した彼らはThree 6 Mafia的なダークな路線ではなくファンキーな路線が中心でした。また、8Ball & MJGは後にThree 6 Mafiaのヒット曲「Stay Fly」への客演などメインストリームでも活躍しますが、Telaはそういった華やかな話題は控えめにキャリアを進めてきました。この曲はそんなTelaの1stアルバムからのシングルで、後に同名のレーベルを設立するJazze Phaが手掛けたソウルフルな魅力に溢れる名曲です。
Mobb Deep「Quiet Storm (Remix) (feat. Lil Kim)」(1999)
Mobb Deepの代表曲といえば「Shook Ones, Pt. II」、代表作なら「The Infamous」です。ブーンバップやNYヒップホップ、あるいはシリアスなヒップホップ全般……などなど、関連しそうな角度でMobb Deepに言及する際には必ず「The Infamous」やその収録曲に触れることになると思います。2000年以降の二人は112やLil Jonと曲を作ったり、G-Unitに入ったりと少し路線を変えるような動きを見せていましたが、ブレずに進んだ1990年代は「The Infamous」以外の話題はなかなかしづらい傾向にあります。この曲は客演のLil Kimもキャリア屈指の切れ味を聴かせるハードな佳曲です。
Project Pat「Ballers (feat. Gangsta Boo)」(1999)
Three 6 Mafiaの功績は、準メンバー的な立ち位置で共に活動してきたProject Patなしでは成し遂げられなかったと思います。しかし逆にProject Patの功績は(ほぼ)Three 6 Mafiaの功績とイコールでもあり、Three 6 Mafiaの名盤(特に1stアルバム『Mystic Stylez』)は振り返られることはあってもProject Patの名盤が振り返られることは稀です。この曲はProject Patが1999年にリリースしたソロデビューアルバム「Ghetty Green」からシングルカットされた曲で、後に名曲「Sippin’ on Some Syrup」でも使われたフレーズも先立って登場します。
Ja Rule「Livin' It Up (feat. Case)」(2001)
歴史を語る際、Ja Ruleほどその人気に反して触れづらいラッパーはいないかもしれません。触れたとしても50 Centとのビーフで少し出てくるか、良くてAshantiとのタッグで残した名曲の数々が曲単位で語られるに留まる傾向にあるように思います。Ashantiとのタッグは確かに素晴らしいのですが、それ以外にも良い曲はもちろんあります。今回はCaseとのこちらを。R&B風味のメロディアスなサウンドを歌心のあるフロウで乗りこなすJa Ruleには、A Boogie Wit Da HoodieやLil Tjayといった現行シーンのNYメロディックラッパーの先駆けとしての姿を見ることができます。
P. Diddy「I Need a Girl (Part One) (feat. Usher & Loon)」(2002)
Diddyはプロデューサーやビジネスマンとしてはともかく、ラッパーとしてはあまり偉大ではないので今回の企画に合うような曲がゴロゴロあります。1997年のソロ作「No Way Out」は比較的語られやすいですが、以降の作品でも素晴らしい曲は多いです。この曲は得意のR&Bジョイント。今ならラチェットの流れでも聴けそうなシンプルなシンセのループが効いたビートで、Usherによるスウィートな歌声を挟んでLoonと共に脱力ラップを聴かせる名曲です。
Nelly「My Place (feat. Jaheim)」(2004)
Nellyは2000年にリリースされた1stアルバム「Country Grammar」の衝撃や、2002年作「Nellyville」に収録されたKelly Rowlandとの名曲「Dilemma」がクローズアップされがちです。もちろんそれらの素晴らしさは否定できるものではありませんが、2004年のアルバム「Suit」と「Sweat」にも良曲は多いです。メロウ路線が中心の「Suit」からのシングルだったこの曲は、Labelle「Isn't It a Shame」ネタのビートでJaheimがTeddy Pendergrass「Come Go with Me」から引用したフックを歌い、DeBarge「I Like It」のフレーズまで飛び出すマッシュアップ的な発想の名曲。Jaheimの渋い歌声が爽やかに楽しめます。
P. Diddy「Victory 2004 (feat. The Notorious B.I.G., Busta Rhymes, 50 Cent & Lloyd Banks)」(2004)
歴史を振り返る際には、こういった特別企画っぽい曲もなかなか取り上げづらいように思います。この曲はDiddyの「No Way Out」収録曲に50 CentとLloyd Banks、Diddyが新しいヴァースを追加して正式リリースしたもの。G-Unitの二人のキレキレのヴァースは、偉大過ぎるThe Notorious B.I.G.との疑似共演でも決して食われない素晴らしさです。この曲がなかったら、疑似共演で作られたThe Notorious B.I.G.の2005年作「Duets: The Final Chapter」も生まれなかったかもしれません。
Bow Wow「Like You (feat. Ciara)」(2005)
Bow WowもJa Ruleと同じくらい語りづらいラッパーです。Lil WayneやChief Keefなどの例はありますが、子どものうちに成功したラッパーは大人になってからのキャリアを振り返る機会に恵まれないように思います。この曲はプラチナムセールスを記録したBow Wow最大のヒット曲の一つ。長い付き合いのJermaine DupriがBryan Michael Coxとのタッグで手掛けた甘酸っぱいビートで、ラップっぽい歌い方も交えたCiaraとのコンビネーションで聴かせるメロディアスな曲です。
Chamillionaire「Ridin' (feat. Krayzie Bone)」(2005)
2000年代半ば頃にはMike JonesやPaul Wall、Slim Thugなどテキサス勢が立て続けにブレイクを掴みました。しかし、Chamillionaireは(当時)ビーフもあったからなのか、その輪には加わらずに一人でキャリアを進んでいった印象です。特大ヒットとなったこの曲も、プロデュースこそPlay-N-Skillzですが客演はオハイオのKrayzie Bone。声ネタループではなく自身でメロディアスに歌い上げるそのスタイルは、先にブレイクした古巣のSwisha House勢とは少し異なる方向性でした。
50 Cent「Outta Control (Remix) (feat. Mobb Deep)」(2005)
50 Centといえば今年20周年を迎える名盤「Get Rich Or Die Tryin'」の存在があまりにも大きく、Mobb Deep「The Infamous」問題と同じく以降の作品が語られづらいように思います。この曲はそんなMobb Deepとの共演曲で、プロデュースはDr. Dreが担当した超豪華な布陣。弾けるようなドラムとクラシカルなストリングスが印象的なビートで、三人でクールなラップを聴かせる名曲です。フックでの区切り方は今聴くとQuavoにも通じるものがあります。
B.G.「Move Around (feat. Mannie Fresh)」(2006)
元The Hot Boys組といえばLil Wayneの活躍が目覚ましく、次にJuvenileがレジェンドとして存在感を発揮していますが、2000年代半ば頃はB.G.もかなり精力的に活動していました。この曲は盟友のMannie Freshがプロデュースしたドコドコとしたドラムが印象的なビートで、持ち前のルーズなラップが映えた黄金タッグが堪能できる曲です。この当時のMannie FreshはT.I.やTrinaなども手掛けていましたが、やはりThe Hot Boys組との相性は特別なものがあると思います。
Birdman & Lil Wayne「Leather So Soft」(2006)
その目覚ましいLil Wayneが目覚ましくなり始めた時期の曲です。Lil Wayneは人気絶頂期の2008年にリリースしたアルバム「Tha Carter III」か、「Da Drought」シリーズなどのミックステープが話題に出やすいように思います。しかし、Birdmanとのタッグで2006年にリリースしたアルバム「Like Father Like Son」でのラップもかなりのもの。社長ラッパーのBirdmanはDiddyと同じくそこまでラッパーとしての評価は高くありませんが、常にLil Wayneほか優秀なラッパーが隣にいるのでその作品には一聴の価値があります。
Diddy「Through the Pain (She Told Me) (feat. Mario Winans)」(2006)
あまり振り返られませんが、Diddyの2006年作「Press Play」はアルバム丸ごと名盤です。ブーンバップ系の曲もありますがエレクトロ要素の導入が絶妙で、当時のトレンドともそれまでのDiddyの方向性とも異なる独特な作品でした。この曲はBad Boy RecordsのMario Winansとの共作で、後のFrank Oceanなどにも通じるエレクトロニックで寂しげなR&B路線。あまりにも早すぎたと思います。
DMX「We In Here (feat. Swizz Beatz)」(2006)
DMXといえば1990年代後半から2000年代前半にかけての活動が話題になりがちですが、Swizz Beatz的にはこの時期もかなり重要です。この曲では絶好調だったSwizz BeatzがDMXの荒々しいラップにぴったりなワイルドなビートを提供し煽り、最高のコンビネーションでその相方ぶりを見せつけています。「俺たちはここにいるぜ!」はデカい声で言うから格好良く聞こえるフレーズです。
The Game「Let's Ride」(2006)
皮肉にも犬猿の仲となった50 Centと同様、The Gameもあまりにも名盤すぎる2005年作「The Documentary」以外の作品が語られづらい傾向にあります。しかし、2ndアルバム「Doctor's Advocate」もまた名盤です。1st以上に西海岸色の強いスタイルのため、2ndの方が好きというファンも密かに多いのではないでしょうか。2ndアルバムからシングルカットされたこの曲は、Scott Storchが制作した完璧なDr. DreタイプビートにThe Gameのラップが映えた名曲です。
Ghostface Killah「Back Like That (feat. Ne-Yo)」(2006)
Wu-Tang Clan一派はハードボイルドなイメージが強いですが、Method ManがMary J. Bligeと共演した「I'll Be There for You/You're All I Need to Get By」のようにR&Bシンガーとの名曲も多いです。この曲は当時ブレイクしたばかりで勢いに乗っていたNe-Yoをフィーチャー。Willie HutchネタのソウルフルなビートはWu-Tang Clanマナーの渋味がありつつも華やかで、二人のラップと歌も意外なほどマッチしています。
Jim Jones「We Fly High」(2006)
エレクトロニックなシンセの響きや「ボーリーン!」というアドリブの入れ方はクランク的、ルーズなラップはJeezyあたりに通じるスタイル。Jim Jonesが2006年に放ったこのヒット曲は、流行に早く乗ったわけでもなく、影響力もそう大きくはないと思います。しかし、だからといってこの曲が魅力的ではないわけではありません。ズルズルとした歌フックやついつい被せたくなってしまうアドリブの磁力は凄まじいものがあります。
Lloyd Banks「Hands Up (feat. 50 Cent)」(2006)
G-Unitのハードボイルド担当というイメージが強く、近年はGriselda周辺と共に硬派街道まっしぐらなLloyd Banksですが、G-Unit時代にはキャッチーなクラブバンガーの名曲も残しています。2004年の1stアルバム「Hunger for More」の先行シングルだった「On Fire」も素晴らしい曲ですが、今回は2ndアルバム収録のこちらを。50 Centと共に作り上げたフックと切れ味鋭いヴァースが見事です。Eminem制作のビートの中でもベストだと思います。
Obie Trice「Cry Now」(2006)
Lloyd Banksといい、こんな硬派なラッパーを売り出していたShady RecordsとG-Unitは今思うと凄いです。この曲は2ndアルバム「Second Round's on Me」からのシングルで、Witt & Pepが手掛けたソウルフルなビートを巧みに乗りこなしたもの。Just Blaze的なソウルフル路線も人気があったとはいえ、ビートもラップもかなりアンダーグラウンドヒップホップじみています。なお、同作の国内盤ボーナストラックには9th Wonder制作でJaguar Wright客演の「Luv」も収録。今思うとConway the MachineとWestside Gunnと契約したEminemのセンスはこの時点で現れていました。
Outkast「Morris Brown (feat. Scar & Sleepy Brown)」(2006)
Outkastはほぼ全ての作品が比較的評価されていますが、現時点でのデュオのラスト作である「Idlewild」に関しては過小評価されているように思います。この曲はAndre 3000はプロデュースのみのBig Boiソロ的な趣で、Andre 3000のユニークなセンスとBig Boiの超人的ラップスキルがぶつかり合う快曲に仕上がっています。このヒップホップから逸脱しそうでありつつ、ヒップホップ以外に形容できるジャンルがない感じはほかに替えがたい魅力です。
Ray Cash「Bumpin' My Music (feat. Scarface)」(2006)
UsherやTLC、OutkastなどのA&Rを務め、T.I.やYelawolfをフックアップしたGhet-O-VisionのKPはもっと賞賛されるべき人物だと思います。Ray CashはそんなKPがT.I.に続いて送り出したオハイオのラッパーで、Pimp Cからの影響を感じさせるしなやかなフロウ巧者。Rick Rockが手掛けた1980年代ヒップホップをアップデートしたようなビートでヒップホップ愛を語るこの曲は、ヒップホップ50周年の節目である今年にまた聴きたい名曲です。
T.I.「Why You Wanna」(2006)
そのT.I.はトラップ史においてかなりの重要人物ですが、トラップ史を見た時にはどうしても初期作品に話題が偏ってしまいやすい傾向にあります。しかし、T.I.が紛れもなく「キング」だった全盛期は、2004年作「Urban Legend」から2007年作「T.I. vs. T.I.P.」あたりの頃だと思います。2006年作「King」に収録されたこの曲は、T.I.王道のトラップ……ではなくハウス名曲ネタの爽やかな一曲。改名のきっかけになったQ-Tipのリリックを引用してフックに持ってくる小技にもニヤリとさせられます。
Tum Tum「Caprice Music」(2006)
近年はそうでもありませんが、この時期は同じテキサスでもヒューストンとダラスでは微妙に音楽性が異なっていました。ダラスはヒューストンと比べてアトランタの影響を感じさせるダンスヒット方面に強く、この曲は当時のダラスらしいスカスカ&ドロドロな名曲です。Tum Tumのコテコテのラップもこのビートと見事な相性。アトランタ勢の影響が強いTravis Scottなどの現行テキサスシーンを経由した今、この時期のダラス作品は人によってはヒューストン作品よりも気に入る方もいると思います。
2Pac「Playa Cardz Right (Female) (feat. Keyshia Cole)」(2006)
2Pacは没後にもアルバムが多くリリースされることは話題になりやすいですが、そのアルバムの中身についてはあまり語られないように思います。この曲は現時点でのラスト作「Pac's Life」に収録された曲で、生前に親交があったというKeyshia Coleと疑似共演したメロウ路線です。後にKeyshia Coleの2008年作「A Different Me」にも収録され、2Pac抜きバージョンも作られた(いいの?)ことも頷けるほどKeyshia Coleの良さが出ています。
Boyz N Da Hood「Everybody Know Me」(2007)
全員がしっかりとしたキャリアのあるオールスター的な集団だったにも関わらず、Boyz N Da Hoodは不遇のグループです。歴史を振り返る際には「Young Jeezyがいたグループ」くらいの扱いになることが多く、曲や作品を語る際にもYoung Jeezy在籍時代だけに限られやすい傾向にあります。この曲はYoung Jeezyが抜けてGorilla Zoeが新加入した体制でのシングル。全員が暑苦しく名前を名乗るフックはオールスターだから成立することです。ちょっと漫画「忍者と極道」の裏社会の礼儀っぽくもあります。
Devin The Dude「What a Job (feat. Snoop Dogg & Andre 3000)」(2007)
歴史にその名前が刻まれる機会はDr. Dre「Fuck You」への客演くらいですが、Devin The Dudeほどあらゆるヒップホップファンに愛されているラッパーは稀だと思います。ずっと似たような良作をリリースし続けているため代表作を選ぶのが困難なラッパーですが、あえて選ぶとしたら1998年の1st「The Dude」か2002年作「Just Tryin' ta Live」、2007年作「Waitin' to Inhale」のどれかではないでしょうか。今回は「Waitin' to Inhale」から豪華客演を迎えたこの曲をピックアップ。このゆるさは宝です。
Eve「Tambourine」(2007)
EveもRuff Ryders仲間のDMXと同じく初期作品に話題が集中しやすいラッパーです。この曲はアルバム未収録のシングルで、人気絶頂期のSwizz Beatzが手掛けた名曲。賑やかなビートでEveがスキルフルにラップし、声ネタ連打とSwizz Beatzのアドリブで盛り上げるアッパーな仕上がりです。私の中でSwizz Beatzのベストの一つ。この流れでSwizz Beatzプロデュースのアルバムが出ていたら違う歴史になっていたかもしれません。
Paul Wall「I'm Throwed (feat. Jermaine Dupri)」(2007)
Paul Wallが2007年にリリースしたアルバム「Get Money, Stay True」は、Mr. Leeがメインプロデューサーを務めたテキサス色が強い作品でした。そんな中で2ndシングルとしてリリースされたのがこの曲でしたが、ホーンのループがMr. Lee制作の1stシングル「Break Em Off」と似ており相対的に評価が下がっていた印象です。しかし、テキサスマナーにJermaine Dupriの程良いポップなセンスが加わったこの曲は絶妙なバランスで、決して悪い曲ではないと思います。
Rich Boy「Good Things (feat. Polow Da Don & Keri Hilson)」(2007)
2000年代半ば頃から後半にかけてのPolow Da Donは化け物でした。1980年代Prince的な甘酸っぱいシンセを鳴らしたポップヒットを飛ばしたかと思えば、南部ヒップホップマナーのソウルフル路線を作り、クラブバンガーもお手の物……と、現行シーンにおけるHit-BoyやKenny Beatsのような多才ぶりで活躍。そんなPolow Da Donが送り出したRich Boyによるこの曲は、MVも最高なメロウ路線の名曲です。Polow Da Donがラップ面でもRich Boyを圧倒するスキルを見せています。
Saigon「Come On Baby (feat. Jay-Z & Swizz Beatz)」(2007)
2000年代半ば頃のSaigonへの期待はかなり大きなものがありました。結果的には本格ブレイクを手にすることは(今のところ)ありませんでしたが、Saigonに向けられていた熱い視線はJust Blaze制作でSwizz BeatzとJay-Zが参加したこの曲からはっきりと感じることができます。声ネタをフリーキーにループしたビートに乗るその力強いラップは、Jay-Zと絡んでも埋もれない良さ。忘れがたきラッパーの一人です。
T.I.「Hurt (feat. Alfamega & Busta Rhymes)」(2007)
T.I.がキングだった時期に出たアルバム「T.I. vs T.I.P.」収録曲。勇壮なホーンが印象的なビートにド迫力の詰め込みラップを乗せたこの曲は、T.I.の代表曲ではないですが2000年代トラップの最高地点の一つだと思います。Alfamegaは後にGrand Hustleから抜けてしまいましたが、当時は同レーベルにおけるエース格でした。T.I.とBusta Rhymesという猛者二人と並んでも埋もれない強烈なラップを披露しています。
U.S.D.A.「Corporate Thuggin'」(2007)
Boyz N Da Hoodと同様、Young JeezyのグループだったU.S.D.A.も不遇のグループです。やはりYoung Jeezyは濃すぎて、どうしても「Young Jeezyのグループ」になってしまいます。この曲は唯一のアルバムからのシングルで、Young Jeezyらしいホーン系の音を使った勇壮なビートでキレキレのラップを聴かせるトラップ路線です。旬真っ只中のこの時期のYoung Jeezyが残したラップの中でもかなり上位に入ると思います。
Wyclef Jean「Sweetest Girl (Dollar Bill) (feat. Akon, Lil Wayne & Niia)」(2007)
Wyclef JeanといえばThe Fugeesでの活動に注目が集まりやすいですが、ソロでもユニークな音楽を残しています。この曲は2007年作「Carnival Vol. II: Memoirs of an Immigrant」からのシングルで、当時絶好調だったAkonとLil Wayne(とNiia)を迎えたカリブ海の香り漂う名曲です。Kiddo MarvやBushy Bといった現行のフロリダ勢を通過した今はまた魅力的に響きます。AkonがWu-Tang Clanクラシック「C.R.E.A.M.」を引用して歌うフックも強力。
Young Buck「Get Back」(2007)
繰り返しになりますが、この時期のPolow Da Donは化け物です。この曲では分厚いホーンや妖しいシンセが光るパワフルなビートを制作し、Young Buckの熱量溢れるラップをさらに熱く聴かせています。Young BuckはThree 6 Mafia周辺での活動やT.I.やYoung Jeezyの重要作への参加もあり、あまり語られませんがトラップ史を考える際に微妙に見切れてきます。もっと評価されるべきラッパーだと思います。
Bun B「You're Everything (feat. Rick Ross, David Banner, 8Ball & MJG)」(2008)
Bun Bの代表作を選ぶとしたらUGK作品か、2005年のソロ作「Trill」になると思います。この曲は2008年作「II Trill」に収録。ソウルフルなネタ使いに痺れるようなシンセを合わせたMr. Leeの十八番のビートで、南部マナーの濃厚なマイクリレーが繰り広げられる哀愁曲です。特に8BallのほぼネームドロップのみのヴァースからのMJGのキレキレのヴァースへの流れは圧巻。名デュオのコンビネーションが堪能できます。
Pete Rock「We Roll (feat. Jim Jones & Max B)」(2008)
この時期のPete RockはDJ Premierなどと比べると好調とは呼びづらく、この曲が収録されたアルバム「NY's Finest」もあまり評価の高い作品ではありません。しかし、当時旬を迎えていたJim JonesとMax Bを迎えたこの曲は良曲です。暖かくメロウな1990年代直系のPete Rock印のビートで、Max Bの歌フックやJim Jonesのルーズなラップが見事な相性を見せています。手数多めなドラムパターンには少し当時のトラップを踏まえたような匂いもあり。
Plies「Bust It Baby, Pt. 2 (feat. Ne-Yo)」(2008)
ヒップホップ史でPliesを語るとしたら、フロリダ勢が立て続けにブレイクしたRick Ross以降の流れで1stアルバム「The Real Testament」に触れるか、T-Painの客演王者としての話題で同作のシングル「Shawty」を取り上げるか、Gucci Maneのブレイクを語る際にPlies客演のシングル「Wasted」を語るか、あるいはKodak BlackやLuh Tylerのようなフロリダの高音ラッパーの先駆けとしてか……のような形になると思います。しかし、それではこの名曲に言及できない。Ne-Yoの客演曲の中でも屈指の好メロウです。
Rick Ross「The Boss (feat. T-Pain)」(2008)
そんな2000年代半ば頃にブレイクしたフロリダ勢の重要人物であるRick Rossですが、やはりどうしても1stアルバムに話題が集中するためブレイク後の2ndアルバム「Trilla」は微妙に歴史においては語りづらい作品です。さらにこの曲はT-Pain的にもシーンでの立ち位置を固めた後。歴史的に重要ではないですが、旬の二人のタッグは流石に強力です。また、今聴くとJ.R. Rotem制作のビートがちょっとクラウドラップっぽく聞こえます。
UGK「Da Game Been Good to Me」(2009)
2007年にリリースされたUGKのアルバム「Underground Kingz」は、UGKの代表作の一つです。リリースされた直後から高い評価を集めていましたが、同年にPimp Cが亡くなってしまったことからそれがより強固になった印象があります。2年後にリリースされたラスト作「UGK 4 Life」も良作でしたが、やはり「Underground Kingz」ほど語り継がれる作品にはなりませんでした。しかし、先行シングルとしてリリースされたこのブルージーな曲はUGK屈指の名曲だと思います。
Big Boi「Shine Blockas (feat. Gucci Mane)」(2010)
Outkastの二人ではAndre 3000のクロスオーバーなセンスに注目が集まりがちですが、Big Boiの超人的ラップスキルはヒップホップ史上屈指のものだと思います。2010年にリリースされたソロでの1stアルバム「Sir Lucious Left Foot: The Son of Chico Dusty」に収録のこの曲では、当時OJ Da Juicemanと共にブレイクを掴んでいた旬のGucci Maneをフィーチャー。余裕と貫禄を感じさせるBig Boiと脂の乗り切ったGucci Maneの絡みは最高にスリリングです。
Smoke DZA「4 Loko (feat. A$AP Rocky)」(2011)
いわゆる「ブログ・ラップ・エラ」に人気を集めたSmoke DZA。基本的にはソウルフルなビートを好んで使うNYヒップホップの王道を行くラッパーですが、この曲ではブレイク直後のA$AP Rockyに合わせてThree 6 Mafia的なダークなビートに挑んでいます。A$AP Rockyによる呪文のようなフックも強力。なお、A$AP Twelvyy、Danny Brown、Killa Kyleon、Freewayを追加フィーチャーしたリミックスも存在します。
Waka Flocka Flame「Round of Applause (feat. Drake)」(2011)
Waka Flocka Flameといえば、なんと言っても2010年のシングル「Hard in Da Paint」と、それを収録した同年の1stアルバム「Flockavelli」です。次点でそこに繋がる一連のミックステープ、曲単位なら「No Hands」と「O Let's Do It」。2012年リリースの2ndアルバム「Triple F Life: Friends, Fans & Family」はあまり人気がなく、先行シングルだったこの曲もDrake客演とは思えないほど不人気です。しかし決して悪い曲ではなく、ミニマルなシンセのループが印象的なビートは二人のちょうど中間点にある見事なもの。プロデュースを担当したLex LugerとSouthsideの二人はやはり素晴らしいプロデューサーです。
Bodega Bamz「Say Amen (feat. A$AP Ferg)」(2012)
A$AP Rockyのブレイク前後から、Joey Bada$$とその仲間たちのPro Era、A$AP Mobとも共演したFlatbush ZOMBiES、The Underarchivers……などなど、NYから新たなラッパーが次々と注目を集めました。Bodega Bamzもその時期に登場したラッパーで、その中ではあまり目立たない存在でしたがしっかりとした実力者です。2012年のミックステープ「Strictly 4 My P.A.P.I.Z.」に収録されたこの曲では、ダークなビートにA$AP Fergをフィーチャー。切れ味鋭いラップでその実力を示しています。
Travi$ Scott「Old English (feat. King Chip)」(2012)
この曲は2012年にTravis Scott(当時はTravi$ Scott表記)の曲として発表されましたが、2013年のミックステープ「Owl Pharaoh」には入らず、2014年のKing Chipのミックステープ「44108」に収録されました。プロデュースはYoung Chop。シリアスなトラップビートでKing Chipの太く柔らかいラップと、Travis Scottの呪術的なフックやKanye West風のラップが楽しめます。King Chipのラップも良いのですが全体的にTravis Scott色強め。「Owl Pharaoh」に入っていたら歴史に名を刻んだ曲になったかもしれません。
Jeezy「Seen It All (feat. Jay-Z)」(2014)
Jeezyはかなり軸がしっかりとしたアーティストなので、どうしても2000年代半ばから後半にかけてのブレイク時期の話題に集中しやすい傾向にあります。この曲はそこからかなり経った2014年作「Seen It All: The Autobiography」からのシングルで、豊島たづみ「とまどいトワイライト」をサンプリングしたCardo制作のシリアスな曲です。大物二人のラップも凄まじい切れ味。この二人のタッグは全て良いですが、かなり上位に入る名曲だと思います。
Mike WiLL Made-It「Buy The World (feat. Future, Lil Wayne & Kendrick Lamar)」(2014)
FutureとLil Wayne、Kendrick Lamarの共演曲。それだけでかなり話題になりそうなものですが、リアルタイムでは話題になったものの振り返られる機会はあまり多くないように思います。ブレイクのきっかけではなくシーンに与えた影響も語りづらいですが、豪華客演陣はもちろんMike WiLL Made-Itのビートも素晴らしい名曲です。Kendrick Lamarのヴァースでは2015年の名盤「To Pimp a Butterfly」収録の「For Free? (Interlude)」の原型と思しきフレーズも飛び出します。
O.T. Genasis「CoCo」(2014)
日本では某ラッパーによるビートジャックが有名になりすぎましたが、原曲を改めて聴いてみるとあのズッコケる感じは元々あったことがわかります。Meek MillとJeezyをフィーチャーしたオフィシャルリミックスやLil Wayneによるビートジャックもありますが、聴き比べると例のユーモラスなフロウの磁力がはっきりと感じられます。Meek MillやJeezy、Lil Wayneはちょっと格好良すぎる。このビートにはあのフロウがベストなのです。
DJ Khaled「I Got the Keys (feat. Jay-Z & Future)」(2016)
ヒット曲を多く持つDJ Khaledですが、客演やプロデューサーを大量に起用して作品を作るため本人の個性が見えづらいのが語る際の難点です。DJによるリーダー作という分野でも先駆者ではありません。それでも興味深いポイントはいくつかありますが、ヒップホップ史を振り返る際には2000年代半ば頃からのフロリダ勢の躍進以外では微妙に触れづらい存在です。この曲は2016年作「Major Key」からのシングルで、DJ KhaledがSouthsideと共に手掛けたミニマルなトラップビートでJay-Zが凄まじいラップを披露しています。Futureによるフックも鉄板。
Wiz Khalifa「Hopeless Romantic (feat. Swae Lee)」(2018)
Wiz Khalifaは初期のミックステープが「ブログ・ラップ・エラ」を彩った名作として語られやすいほか、2011年の1stアルバム「Rolling Papers」周りの話題、大ヒット曲「See You Again」などトピックを多く持っています。レイジのルーツとしても指摘できるレジェンドですが、そんなWiz Khalifaでもやはりキャリアを重ねてきてからの曲は語られづらい傾向にあります。この曲は2018年作「Rolling Papers 2」に収録されたシングル。新しいことはやっていませんが、メロディアスで暖かいトラップ名曲です。
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