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2010年以降のG-Unit/Shady/Aftermath

2010年以降のG-Unit/Shady/Aftermathの動きについて書きました。記事に登場する曲を中心にしたプレイリストも制作したので、あわせて是非。


親戚のような関係にある三つのレーベル

Danny BrownJPEGMAFIAのタッグ作「Scaring The Hoes: Volume 1.」が、ついに3月24日にリリースされる。エッジーなサウンドがトレードマークの二人は、Danny Brownが2019年にリリースしたアルバム「uknowhatimsayin¿」収録の2曲でコラボ。その相性の良さを示していた。

デトロイト出身のラッパーのDanny Brownは、これまでに相手を変えて何回かタッグ作を制作してきた。2010年にはBluMainframeのユニット、Johnson & Jonsonとのミックステープ「It’s A Art」を発表。ブレイク直後の2011年には、同郷のBlack MilkとのEP「Black and Brown!」をリリースしている。Black Milkとはその後も2016年作「Atrocity Exhibition」収録のReally Doeなどで共演しており、Jonson & Johnsonの二人のような西海岸アンダーグラウンド文脈のアーティストともたびたび交流。エッジーなサウンドでインパクトを残しつつも、こういったブーンバップ系譜のアーティストとも制作して強固な支持を集めていった。

しかし、そんなDanny Brownとのタッグ作を残しているアーティストの中で少し異彩を放つラッパーが一人いる。2010年にミックステープ「Hawaiian Snow」を発表しているG-UnitTony Yayoだ。Danny Brown作品への参加がないため二人が結び付かない方もいるかもしれないが、元々Danny BrownはTony Yayoがフックアップしたアーティストである。ルームシェアをしていた時期もあるようで、その縁からG-Unit Records(以下G-Unit)入りも浮上したものの、「履いているジーンズが細い」などの理由で契約には至らなかったという。もしDanny Brownと契約していたら、2010年代のG-Unitを取り巻く状況は全く違ったかもしれない。

G-Unit Recordsは2003年の50 CentのアルバムGet Rich Or Die Tryin’でのブレイク以降、ハードなヒップホップを軸に快進撃を進めていった2000年代ヒップホップ屈指の人気レーベルの一つだ。その50 CentはEminem率いるShady Records(以下Shady)から登場したアーティストで、EminemはDr. DreAftermath Entertainment(以下Aftermath)からブレイクを掴んだ。親戚のような関係にあるこの三つのレーベルは、ShadyのObie TriceがG-UnitのLloyd Banksを客演に迎えるなど、所属アーティスト同士の交流も行いながら人気を集めてきた。2000年代はG-Unitだけではなく三つのレーベル全てにとって全盛期で、Eminemの自伝的な主演映画「8 Mile」と主題歌Lose Yourselfの成功、Dr. Dreが手掛けたMary J. BligeのシングルFamily Affairのヒットなどのトピックがあった。昨年のスーパーボウル・ハーフタイムショーの際のリアルタイム世代の熱狂ぶりも記憶に新しい。

しかしその存在感の大きさに反し、2010年以降はこの三つのレーベルにまつわる語りはあまり多くはない印象だ。勢いは一時期よりは落ち着いたように見えるが、それでも称え足りない多くの功績がある。そこで今回は2010年以降のこの三つのレーベル、そして時にはDanny Brownのような関係者の動きも振り返り、現代におけるその重要性を考えていく。


Tony Yayoの「才能を見出す才能」

Dr. Dreは「才能を見出す才能に秀でている」と称えられることが多い。1990年代前半のDeath Row時代にはSnoop Doggを送り出し、1990年代後半にはEminem、その後も50 CentやThe GameKendrick Lamar…などなど、多数の超一流アーティストを第一線に送り込んできたその才能は、確かに特出したものがある。しかし、その点ではTony Yayoもかなりの才能を持った人物だ。

先述したようにDanny BrownをフックアップしたTony Yayoだが、ほかにもTony Yayoがキャリア初期にサポートしたアーティストは多い。VladTVが先日行ったインタビューによると、Max BFrench MontanaNicki MinajJ. Coleもその中に含まれるという。中でもJ. ColeはJay-Z率いるRoc Nation入り前にG-Unitに紹介していたとのことだから恐れ入る。結果的に契約には至らなかったものの、J. Coleの2013年作「Born Sinner」のデラックスエディションには50 Centとの共演曲「New York Times」が収録されている。また、時折聴かせるゆるい歌には50 Centに通じるものも発見できる。

また、J. ColeはDr. DreにKendrick Lamarと契約するよう促したという逸話もある。後にDr. Dreの2015年作「Compton」に関わるMezとの交流もあり、G-Unit入りはしなかったものの近い位置にいるアーティストなのだ。

Danny Brownに関してはJ. Cole以上にG-Unit/Shady/Aftermath人脈との共演が多い。そもそもEminemと同じデトロイト出身であり、G-Unit作品常連プロデューサーのNick Speedとも初期から組んでいる。2013年からはマネージメントもEminemと同じGoliathだ。EminemのバックDJを務めるなど関係が深いThe Alchemistの2012年のアルバム「Russian Roulette」収録のFlight Confirmationに参加していたが、これもBluなどの西海岸アンダーグラウンド文脈以上の繋がりが感じられる。2013年には同年にAftermath入りするJon Connorのアルバム「Unconscious State」収録の「Vodka & Weed」にも客演。Tony Yayoだけではなく、周辺人脈とたびたび交流していた。

また、Tony Yayoは2010年頃にLil BG-Unitに入れようとしていたこともあった。Danny Brownとのタッグ作「Hawaiian Snow」にもLil Bが2曲で参加しており、そのほかにも2011年のシングルBasedなどで共演。2010年のLil Bといえばクラウドラップやアンビエントアルバム「Rain in England」の時期だが、このイレギュラーな才能を開花させていたタイミングでTony Yayoと交流があったことは興味深いエピソードだ。

Danny BrownはComplexの取材でLil Bの2009年作「6 Kiss」を称えながら、Tony Yayoと一緒に暮らしていた時にLil Bと出会ったというエピソードを明かしている。それまでブーンバップ文脈のスタイルが中心だったDanny Brownのビート選びに変化が起きるのは2010年前後のことだが、それにはLil BとTony Yayoからの影響があったのではないだろうか。


2010年代前半にDr. Dreがサポートしたラッパーたち

では、この周辺では元祖「才能を見出す才能に秀でている」人物である、Dr. Dreが2010年代前半にサポートしていたアーティストを見ていこう。

まずはなんと言ってもKendrick Lamarの話をしなければならないだろう。2012年にAftermath入りしたこの西海岸のラッパーは、2010年のミックステープ「O(verly) D(edicated)」収録のIgnorance Is BlissきっかけにDr. Dreの興味を獲得。その後Aftermath所属ラッパーのSlim the Mobsterが2011年にリリースしたミックステープ「War Music」や、元AftermathのThe Gameが2011年にリリースしたアルバム「The R.E.D. Album」などDr. Dre関連作に参加していった、2012年にはAftermathからの初のアルバム「good kid, m.A.A.d city」をリリース。収録曲「Compton」とデラックスエディションに収録された「The Recipe」でDr. Dreとの共演も果たした。

先述したSlim the Mobsterのミックステープ「War Music」は、あまり目立たないもののG-UnitとAftermathがバックアップした強力な布陣を揃えた作品だ。Dr. Dreの一番弟子であるSnoop Doggのほか、Dr. Dre、G-Unitに一時期所属していたMobb DeepProdigy、そしてAftermath入り直前のKendrick Lamarなどが参加。この後のSlim the Mobsterの活躍は未だ目立たないものの、当時のAftermathがかけていた期待の大きさが伺える。Joe Buddenあたりを思わせるラップは確かに魅力的で、Kendrick Lamarの陰に隠れがちだがしっかりとした実力者だ。

2010年代前半にAftermathと契約したラッパーとしては、先述したJon Connorも挙げられる。2000年代半ば頃に登場したJon Connorは、デトロイトと同じミシガン州のフリントの出身だ。2011年にNYのプロデューサーのRob "Reef" Tewlowとのタッグによるミックステープ「Salvation」頃から徐々に人気を拡大し、2012年にはEminemの名曲のビートジャックで固めたミックステープ「The People's Rapper LP」を発表。2013年にはAftermathとの契約を果たした。力強くスキルフルなJon Connorのラップは、Eminemを見出したDr. Dreがいかにも好きそうなタイプである。

Aftermathとの契約は行わなかったものの、メンフィスのラッパーのDon Tripも2010年代前半にDr. Dreのフックアップを受けた一人だ。2010年のインタビューでDr. Dreは「最近、本当にいいアーティストを聞いたんだ。俺はJ. Coleのファン。Don Tripも好きだ。この二人は最近、実際にこのスタジオで一緒に仕事をしている」と発言。ブルージーなラップを聴かせるDon Tripは南部ヒップホップファンの間で人気を集め、2012年にはミックステープ「Help Is On The Way」収録の「Gold」で同時期に近いところからブレイクしたDanny Brown(とStarlito)とも共演した。

2010年代前半にDr. Dreがサポートしたラッパーの全員が大きな成功を掴んだわけではないが、その中からKendrick Lamarが登場したことは重要だ。やはりDr. Dreの嗅覚やフックアップの姿勢には素晴らしいものがあるのだ。


Shadyにスキルフルなラッパーが多数加入

Eminem率いるShadyも2010年代前半に大きな動きがあった。2009年までにObie TriceやStat QuoBobby Creekwaterなどのラッパーが脱退して縮小していた同レーベルだが、2011年にはYelawolfSlaughterhouseと新たに契約。ラップスキルの鬼として有名なEminemのレーベルらしい、高いスキルを持つラッパーのオールスターのような顔ぶれを揃えた。

アラバマ出身のYelawolfは、2010年のミックステープ「Trunk Muzik」によって注目を集めたラッパーだ。同作は甲高い声の鋭い高速ラップで、アラバマらしいカントリーラップやトラップなどに乗った作品。元AftermathのRaekwonも客演で参加している。同年には収録内容を一部変えたアルバム「Trunk Muzik 0-60」をリリースしているが、ここで新たに追加された「Get the Fuck Up!」「Marijuana」などのようにロック要素を取り入れることもある。ラップスタイル・音楽性の両面でEminemとの共通点が多いアーティストだ。人気が広がった2010年にはD12Bizzreのソロアルバム「Friday Night at St. Andrews」収録の「Down this Road」に参加。2011年のShady入り後は同年にメジャーデビューアルバム「Radioactive」をリリースし、EminemとGangsta Booを共演させた「Throw It Up」などの名曲を残した。

Slaughterhouseは、Eminemと共にラップデュオのBad Meets Evilを組むRoyce da 5’9”、元AftermathのJoell Ortiz、元Death RowのCrooked I(現KXNG Crooked)、Joe Buddenによる4人組ラップグループ。Royce da 5’9”はDr. Dreのソングライティングを行ったことがあり、Joe Budden以外は全員Dr. Dreとの何かしらの縁がある。Shady入り前の2009年にリリースした1stアルバム「Slaughterhouse」にもAftermathのFocus...DJ Khalil、Shady人脈のThe AlchemistとMr. Porterが参加。元々近かった存在を正式にレーベルに引き入れた形だ。

新体制となったShadyの最初のリリースは、Bad Meets Evilでの2011年のEP「Hell: The Sequel」だった。同作はMr. Porterを中心に、元G-UnitのHavocやDJ Khalil(デラックスエディションのみ)も参加。G-Unit/Shady/Aftermathの繋がりを改めて示していた。この頃のRoyce da 5’9”はこの周りとの共演が多く、元AftermathのBishop Lamontや元ShadyのCa$his、HavocやJon Connorなどの作品に参加している。2012年にはBig Seanの名作ミックステープ「Detroit」収録の「100」にKendrick Lamarと共に招かれていた。

ボスであるEminemも2013年のアルバム「The Marshall Mathers LP」収録の「Love Game」で、AftermathのレーベルメイトとなったKendrick Lamarをフィーチャー。特出した実力者同士のスリリングな絡みを披露した。2010年代前半はGucci Mane一派やA$AP RockyDrakeなどがシーンを変革していった時期だ。Shadyはそんな中、シーンの流れとは異なる独自の道を歩んでいった。


2010年代半ば頃のG-UnitとShadyを取り巻く状況

2010年代前半にLloyd Banksが客演で高い評価を集め、Danny BrownやLil Bも巻き込んだTony Yayoの動きもあったものの、G-Unitは2010年代半ば頃から苦戦していた。2011年頃に加入したKidd KiddShawty Loも大きなヒットを生むには至らなかった。2014年頃には一時グループとしてのG-Unitから離れていたYoung Buckが復帰し、Kidd Kiddも交えた5人組グループとしてのG-UnitのEP「The Beauty of Independence」を2014年にリリース。しかし、これも大きな話題を集めることはなく、続く2015年作「The Beast Is G Unit」も同様の結果となった。ブーンバップ系譜のビートが多い「The Beauty of Independence」に対して、「The Beast Is G Unit」ではトラップ色が強くなっていることも焦りの表れではないだろうか。

しかし、それでも興味深い作品はいくつか残されている。2015年に50 Centが発表したミックステープ「The Kanan Tape」では、Young BuckがフックアップしたプロデューサーのBandPlayを起用。これは後のPaper Route Empire作品でのブレイクを思うと早すぎる人選だ。

さらに収録曲Tryna Fuck Me OverではPost Maloneをフィーチャーしているが、これもこの時点ではかなり早い段階での起用である。Post Maloneのキャリアを語る際には、Kanye Westの2016年作「The Life of Pablo」に収録された「Fade」への客演が初期の活動では重要視されやすいが、50 Centは同曲よりも一年早くコラボレーションを果たしたのだ。

だが、この頃から50 Centは2014年から続くドラマシリーズ「POWER」など、音楽以外のサイドビジネスへの注力が目立つようになっていく。客演やシングルのリリースは時々あったものの、ソロ作品のリリースは「The Kana Tape」で一度ストップ。G-Unitのほかのメンバーもミックステープ中心の活動となり、大きな話題を集めることはなくなっていった。

Shadyも2010年代半ば頃は順調には行かなかった。メンバー各自のソロ活動と並行していたSlaughterhouseは2014年のミックステープ「House Rules」を最後にリリースが止まり、Yelawolfの2015年のアルバム「Love Story」は賛否が分かれた。2014年のレーベルコンピレーション「SH∀DYXV」からの先行シングル「Detroit Vs. Everybody」は話題を集めたが、ヒップホップリスナーの間で絶賛されるような作品は生まれなかった。

なお、「Detroit vs. Everybody」にはEminemとRoyce da 5’9”のBad Meets Evilコンビに加え、Dej Loaf、Big Sean、Trick Trick、そしてDanny Brownが参加している。G-Unitに入るかもしれなかったDanny Brownのキャリアを思うと、Shady作品への参加は大きな出来事である。

シーンや状況の変化などもあり、勢いに陰りが見え始めたG-UnitとShady。しかし、弟子たちに反して師匠のDr. Dre率いるAftermathは2010年代半ばに大きな出来事が相次いだ。


Dr. Dreのソロアルバム「Compton」に参加した才能

2010年代半ば頃、Aftermathにまた一人巨大な才能が加わった。2010年代前半からRihannaBrandyなどの作品を手掛けていた西海岸のプロデューサー、Dem Jointzだ。以前Aftermathに所属していたシンガーのMarsha Ambrosiusを介してDr. Dreと繋がったDem Jointzは、そのままAftermath作品の重要プロデューサーとなっていった。

Dem JointzのAftermath作品での初仕事として世に出たのが、Dr. Dreが2015年にリリースした16年ぶりのソロアルバム「Compton」だ。Dem Jointzは同作でKendrick Lamarも登場する「Genocide」など4曲をプロデュース。同曲での回転数が徐々に下がっていくようなベースが印象的な奇怪なビートや、「Satisfaction」でのJ Dilla以降のGファンクのようなビートなどでその手腕を見せつけた。

「Compton」は、これまでのDr. Dre周辺の集大成のような作品だ。3曲で強力なラップを残したKendrick Lamarのほか、Jon ConnorやSlim the Mobster(この時点ではAftermath脱退済み)も参加。G-Unit人脈は元メンバーのThe Gameを除くと不在だったものの、Snoop DoggやEminemといった弟子たちも迎えたオールスターのような面々が集まっている。内容的にはドラマティックなトラップや、ストレートに「良い曲」を目指したようなソウルフルな曲などが並んでいた。なお、ラストを飾る「Talking To My Diary」のビートはJ. Cole制作のKendrick Lamarのシングル「HiiiPower」のそれによく似ており、Kendrick Lamarが客演だけではなくかなりの影響を与えていたことが伺える。全体的な印象としては、新しい路線の開拓というよりは成熟を感じさせる作品に仕上がっていた。

さらに、2016年には「Compton」で9曲に参加する大抜擢となったAnderson .PaakもAftermathに加入した。ラップと歌だけではなくドラムも叩くAnderson .Paakは、Dr. Dreが「The Chronic」「2001」で追及したヒップホップへの生演奏の導入を洗練したようなアーティストだ。

Aftermath入りの直前にリリースしたアルバム「Malibu」でも、DJ KhalilとDem Jointzの二人に加え、元AftermathのHi-TekとThe Gameも参加。The Gameとは以前にも2015年のThe Gameのアルバム「The Documentary 2.5」でも共演済みで、これまでにもたびたび見せてきたThe GameのAftermath愛が感じられる。

また、2010年代半ばといえばKendrick Lamarの2015年の傑作アルバム「To Pimp a Butterfly」のリリースもあった。生演奏を活かしたサウンドで圧巻のラップを聴かせる同作のAftermath色は一見薄いように思えるが、エグゼクティブプロデューサーはDr. Dreが担当している。しかし、Dr. Dreのキャリアを遡ると、1991年にサックスやハーモニカなどを吹くマルチミュージシャンのJimmy Zがリリースしたアルバム「Muzical Madness」をプロデュースしており、その後も「The Chronic」や「2001」といった名盤で生演奏の導入を進めてきた過去がある。ジャズミュージシャンを多く起用した「To Pimp a Butterfly」も、その延長線上に捉えられるDr. Dreの系譜にある作品と言えるだろう。

こうして2010年代半ばに最高の瞬間を過ごしたAftermath。2010年代後半にはその勢いがさらに加速し、より広い世界へと繋がっていった。


Shadyの方向転換

2010年代後半になると、Shadyが少し方向性を転換するような動きを見せた。最初にそれが感じられたのは、2017年のConway the MachineWestside GunnWESTSIDE BOOGIE(当時はBoogie名義)との契約だ。

NY出身のConway the MachineとWestside Gunn(とBenny the Butcher)は、にコレクティヴ/レーベルのGriseldaの中心となっているラッパーだ。2010年代前半から精力的に作品を発表して頭角を現し、Shady入りした2010年代後半には新たなブーンバップを牽引する存在の一つのような立ち位置となっていた。WESTSIDE BOOGIEは2010年代半ば頃に登場した西海岸のラッパーで、歌うような乗り方を交えつつもタイトにラップする時はラップする器用なスタイルの持ち主だ。サウンド的にはKendrick LamarなどのTop Dawg Entertainment勢と近い。いずれもYelawolfやSlaughterhouseとは明らかに違うタイプだが、しっかりとしたスキルを備えたラッパーである。「ラップの上手さとは何か?」という議論はしばしば行われるが、この三人はEminem的なものとは違う上手さを持った存在と言えるかもしれない。

Griseldaの二人は、Shady入り直前にはDanny BrownやProdigyといったG-Unit関係者とも共演。Shady入りした2017年にConway the Machineが発表したミックステープ「G.O.A.T.」にはRaekwon、Prodigy、Royce da 5’9”、Lloyd Banksとこの周辺の硬派なブーンバップラッパーを多く迎えていた。Westside Gunnの2018年作「Supreme Blientele」にも、元AftermathのBusta Rhymesや現AftermathのAnderson .Paakが参加。やはりShady入り前後にこの周辺との共演が増加しており、単なる人気上昇に伴う大物コラボ以上のものが感じられる。

2019年にはWESTSIDE BOOGIEのアルバム「Everythings for Sale」、Griseldaのアルバム「WWCD」がShadyからリリースされた。前者にはRainy Days、後者には「Bang (Remix)」でEminemが参加。後者は「Marchello Intro」のRaekwonと「City on the Map」の50 CentとAftermath/G-Unit人脈も関わっていた。

ボスであるEminemは2017年作「Revival」はあまり高い評価を残すことはできなかったものの、2018年作「Kamikaze」では特出したラップスキルでメインストリームの王道にストレートに挑んだような作風で話題を集めた。2010年代後半はSlaughterhouseの解散Yelawolfの離脱と、Shadyにとってネガティヴな話題も多くあった。しかし、GriseldaはShady入り以降さらなる飛躍を遂げ、Eminemも復調、WESTSIDE BOOGIEも高い評価を獲得。かつてほどまとまりが強くないこともあって一見存在感が薄くなったように見えたものの、Shadyはしっかりとシーンに爪痕を残していった。


ソロ作を出さないまま存在感が強まる50 Cent

2010年代後半には、50 Centを取り巻く状況にも変化が訪れた。お騒がせラッパーの6ix9ineとの交流が生まれ、2018年には当時G-Unit所属だったUncle MurdaのシングルGet The Scrapで共演。そのほかにもDon Qによる同年のシングル「Yeah Yeah」や先述したGriselda作品への参加など、NYの新進ラッパーと接近するような動きが目立った。

さらに、2003年の1stアルバム「Get Rich or Die Tryin’」に収録されたMany Men (Wish Death)が2010年代後半から急速に引用・サンプリングされるようになっていった。それ以前からもYFN LucciZ-Roなどが取り上げていたが、この頃からの急増は特筆すべきものだ。2018年にはYoung NudyPolo GXanmanなどが同曲をピックアップ。ピークを迎えたのが2020年で、共演経験もあるA Boogie Wit Da Hoodie21 Savage & Metro Boominなどが取り上げている。単純に時が経ってリバイバル対象に本格的に入ったこともあるが、銃撃被害の経験を「大勢が俺の死を願っている」とメロディアスに歌った同曲は2010年代後半のシーンとの共通点も発見できる。また、2010 年代後半はXXXTentacionNipsey Hussleなどを銃撃によって失う悲劇が相次いだ時期でもあった。これらの出来事がラッパーの共感を呼んだ部分もあったのではないだろうか。

そして、NYの新進ラッパーとの接近という意味でも、「Many Men (Wish Death)」オマージュという意味でも重要なラッパーが2010年代末に登場した。NYドリルの道を切り開いた人気ラッパー、Pop Smokeだ。凄味のある発声と50 Centの影響をはっきりと感じさせるゆるさを併せ持ったPop Smokeは、2019年にはシングルWelcome to the Partyをヒットさせブレイク。同年のミックステープ「Meet the Woo」も話題を集め、ブレイク後には50 Centとも繋がった。しかし、2020年には銃撃により惜しくも死去。50 Centは残された音源をアルバムに仕上げる役を担い、アルバム「Shoot for the Stars, Aim for the Moon」を完成させた。同作には50 CentとRoddy RicchをフィーチャーしたThe Wooのほか、「Many Men (Wish Death)」オマージュのGot It On Meを収録。元々Pop Smokeが持っていた50 Cent色がより感じられる作品となっていた。

こうして50 Centの存在感がソロ作を出さないまま強くなっていった2010年代後半。また、2018年にG-Unitを抜けたLloyd BanksもGriselda周辺への客演を通して、ブーンバップ方面での人気が上昇していった。50 Centをはじめたとしたコアメンバーの新たな代表作になるような作品が出なくても、まだまだ「あの頃の思い出」になるには早いのだ。今後の動きには要注目である。


K-POP畑でブレイクしたDem Jointzとソウル色を強めるAnderson .Paak

2010年代後半にShadyとG-Unitの周りが再び活性化する間、Aftermath勢はそれ以上に活躍していた。まず特筆すべきは、Dem JointzのK-POPシーンでの大ブレイクだ。

Red Velvetが2015年にリリースしたアルバム「The Red」収録の「Don't U Wait No More」からK-POPシーンに参入したDem Jointzは、その後もEXONCT 127などの作品で活躍。「Compton」収録曲で聴かせたようなユニークな音作りをさらに一歩進め、ポップでいて驚きのあるサウンドを作り上げた。特にNCT 127とのタッグは大きな成功を収め、2017年のシングルCherry Bombがグループ最大のヒットになったことに始まり、2020年のシングルKick ItPunchもプロデュース。以降もNCT 127をはじめとするK-POP畑で人気プロデューサーとなっていった。

また、もちろんアメリカのヒップホップやR&Bの分野でもDem Jointz仕事は多い。2018年にはAftermath仲間のAnderson .Paakがリリースしたアルバム「Oxnard」「Who R U?」「Brother's Keeper」をプロデュース。ほかにも2 ChainzCordae(彼もまたDr. Dreのお気に入りだ)などの作品に参加し、怪ビートと威厳のあるソウルフル路線の二つの軸で良曲を生み出していった。

Anderson .Paakも絶好調だった。先述した2018年作「Oxnard」に続き、2019年にはAftermathからの2作目「Ventura」をリリース。Kendrick Lamarとの共演曲Tintsを収録した前者も話題を集めたが、後者でのソウル色を強めた作風はより高い評価を得た。このソウル路線は後にさらにエスカレートしていくが、これもKendrick Lamarが「To Pimp a Butterfly」で向かった道と同じものとして捉えられる。ソウルやファンク、ジャズといったヒップホップ以前の音楽をヒップホップ以降の感覚で作り上げることも、Aftermathのカラーの一つなのだ。

一方、Kendrick Lamarは2017年にリリースしたアルバム「DAMN.」でメインストリーム寄りのトラップビートを多く採用。同作からはMike WiLL Made-It制作のDNA.HUMBLE.、Rihannaと共演したLOYALTY.などの人気曲が生まれた。先述したEminemの2018年作「Kamikaze」にもMike WiLL Made-Itが参加しており、収録曲「Greatest」では「HUMBLE.」でのフロウを引用していることを踏まえると、「DAMN.」がレーベルメイトであるEminemに刺激を与えた部分もありそうだ。

2010年代後半のAftermath関連のトピックとしては、そのほかにもKendrick Lamarが2018年に手掛けた映画「Black Panther」のサウンドトラックや、Dr. DreとJimmy Iovineの二人を追ったドキュメンタリー「The Different Ones」の配信などがあった。「The Different Ones」ではDr. DreがMarvin Gayeの名曲「I Want You」をミックスし直すシーンがあるが、これも今のAftermathらしい姿だ。そして同曲は後にKendrick Lamarが取り上げる。一人一人が自立したアーティストだが、Aftermathはしっかりと繋がっているのだ。


pgLangとAPESHIT Inc.

2020年代に入ると、かつてのShadyやG-UnitのようにKendrick LamarとAnderson .Paakも自身のレーベルを始めた。2020年にはKendrick LamarがpgLangを設立し、映画「Black Panther」のサウンドトラックにもプロデューサーとして関わっていたBaby Keemと契約。2021年にはAnderson .PaakがAPESHIT Inc.をスタートし、2022年にジャズデュオのDOMi & JD BECKのアルバム「NOT TiGHT」を送り出した。

DOMi & JD BECKはAPESHIT Inc.入り前の2021年に、Anderson .PaakとBruno MarsによるユニットのSilk Sonicのアルバム「An Evening with Silk Sonic」に参加していた。同作でのスウィートソウルやファンクへの憧憬をストレートに打ち出したスタイルは大きな話題を集めたが、同作も実はAftermathからのリリースだ。やはり近年のAftermathはソウルやファンク、ジャズのエッセンスを強化していく方針なのである。そして、Anderson .PaakがAftermathの人間であることを念頭に置いて「NOT TiGHT」を聴いてみると、収録曲「PiLOT」でDr. Dre関係者(Anderson .Paak、Busta Rhymes、Snoop Dogg)が集まっていることに気付くはずだ。これは固まっているのではなく固めているのかもしれない。

また、もう一組のAPESHIT Inc.所属アーティストであるFree Nationalsも、レーベル設立に先駆けた2019年リリースのセルフタイトル作にて、Conway the MachineとWestside Gunn(とJoyce Wrice)を迎えた「The Rivington」を収録している。これらの動きは、G-Unit、Shady、Aftermathの輪に新たに一つAPESHIT Inc.が加わったと見ることができる。

pgLang.はその点、AftermathというよりはTop Dawg Entertainment寄りだ。しかし、Kendrick Lamar個人としては近年も相変わらずAftermath色は残っている。2022年にリリースしたシングルThe Heart Part 5でのMarvin Gaye「I Want You」使いは師匠の仕事を想起させるし、アルバム「Mr. Morale & The Big Steppers」にはDJ Khalilも参加していた。Top Dawg Entertainmentとの契約は同作で終了したが、Aftermathからの脱退は現時点では伝えられていない。

2021年にはDr. Dreも「Compton」以来となるEP「Grand Theft Auto Online: The Contract」を世に送り出した。当初はゲーム内でのみ聴ける作品だったが、2022年には各種ストリーミングサービスでも解禁。ソウルフル路線が中心の近年のAftermathらしいサウンドだったが、「Fallin Up」ではDem Jointzがミニマルなシンセで跳ねるようなビートを手掛けていた。なお、収録曲「ETA」では「PiLOT」と全く同じ組み合わせの客演が揃っている。

2020年代に入っても興味深い動きが多く起きていたAftermath。Dr. Dreは極めてマイペースだが、弟子たちの動きには今後も要注目だ。


あらゆるところで活躍する周辺人物

Shadyは2020年代に入るとまた少し変化が起きた。2020年にはWestside Gunn、2022年にはConway the Machineが脱退。と言ってもGriseldaの二人は以前からShadyを通さないインディリリースの作品も多く、Shady的には変化でもGriseldaの状況は良くも悪くもあまり変わらないだろう。また、2021年にはアトランタ出身のラッパーのGrip新たにShadyと契約。高速フロウも得意とする堅実なラッパーで、WESTSIDE BOOGIEと並んで看板になり得る実力を持っている。

脱退組でも気になる動きは多い。たびたび触れてきたようにThe Gameは脱退後にもAftermath関係者と継続的に交流しており、2022年にリリースしたアルバム「Drillmatic – Heart vs. Mind」収録の「Rubi’s Rose」ではアルバム「Compton」にも参加していたシンガーのCandice Pillayをフィーチャー。Eminemディス曲の「The Black Slim Shady」もEminemの曲をよく知らなければ書けないような引用の嵐で、The Gameのこの周辺への愛が浮き彫りになっている。2022年のスーパーボウル・ハーフタイムショーには呼ばれなかったものの、やはりThe GameはどこまでもAftermath関係者なのだ。また、G-Unit脱退後も周辺作品を多く手掛けているHavocは、2020年にはConway the Machineのアルバム「From King to a God」収録の「Juvenile Hell」をプロデュース。同曲にはLloyd Banksも客演しており、GriseldaとG-Unitとの繋がりを改めて強く示していた。

2010年代のG-Unit、Shady、Aftermath は、Kendrick LamarやAnderson .Paak、Griseldaなどの現行シーンの人気アーティストを多く輩出してきた。さらにDanny BrownやBandPlayといった関係者も含めれば、その周辺から登場したアーティストの活躍は現在あらゆるところで見られる。例えばJ. Cole率いるDreamvilleが手掛けた映画「Creed III」のサウンドトラックが先日リリースされたが、冒頭を飾る「Culture」から「Compton」に参加していたMezに加え、Dr. Dreが2022年に「お気に入りの一人」と称賛したSymbaが登場。J. Coleのソロ曲「Adonis Interlude (The Montage)」はDr. Dreの名曲「The Watcher」まんま使いであり、「Headhunters」にはWESTSIDE BOOGIEも参加している。J. Coleは先述した通りTony Yayoに見出され(何にも繋がらなかったが)、その後Dr. Dreと知り合ってKendrick Lamarと契約するように勧めたこの周辺との縁が深い人物だ。「Creed III」のサウンドトラックは、それを踏まえるとかなり興味深い作品である。

一時は失速しつつも、黄金期の2000年代を経ても重要な動きを多く見せていた三つの親戚レーベル。きっとこの先もヒップホップ、そしてポピュラー音楽全体を牽引し続けるだろう。


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