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ジューク(Jook)と共に過ごす夏

ヒップホップのサブジャンル、ジューク(Jook)について書きました。記事に登場する曲やその他のジュークを収録したプレイリストも制作したので、あわせて是非。


夏にぴったりなジューク

夏に聴きたいヒップホップのサブジャンルといえば、あなたは何を思い浮かべるだろうか? ブリブリのベースや例の高音シンセが心地良いGファンクはもちろん定番だ。これさえあれば日本の景色もカリフォルニアに変わる。近年盛んなスタイルならプラグもクールダウンするのにちょうどいい。クーラーの効いた部屋でKnxwledgeなどのチルいビートものを垂れ流してダラダラするのも悪くはない。いや、暑すぎる日には逆に思いっきり汗をかくのもいいかもしれない。そういう時はクランクだ。レイジもいい。どんな楽しみ方をするにせよ、夏に魅力が増すサブジャンルは多くある。

そんな夏にぴったりのスタイルで、現在は大きな流行になっていないが忘れがたきものが一つある。フロリダ発のスタイル「ジューク」だ。カタカナにすると紛らわしいが、シカゴ生まれの”Juke”とは別物で、こちらは”Jook”と綴られる。2000年代後半に最盛期を迎えたこのスタイルは、清涼感のあるエレクトロニックなシンセや早めのBPM、ダンスホールレゲエの影響を受けたドラムパターンやメロディアスなヴォーカルの乗せ方などが特徴として挙げられる。代表曲はフロリダのラッパー、Ball Greezyが2007年に発表したシングル「Shone」など。一時期メインストリームにも進出したジュークは、定着はしなかったものの多くのリスナーにインパクトを残した。

今年の夏もやはり暑い。猛暑にぴったりの音楽は多くあるが、今回はダラダラするにも良し、踊るにも良し、車で流すにも良しとあらゆるシチュエーションにマッチするジュークを紹介したい。そのルーツから最盛期、近年の流れまでを抑え、この音楽の魅力を紐解いていく。


パーティ向けのマイアミベースとメロウなアトランタベース

まず、フロリダといえばマイアミベースだ。2 Live Crewに代表されるこのスタイルは、早めのBPMやコール&レスポンスなどが特徴のパーティミュージックだ。1980年代から根付くこのサブジャンルはクランクやバイレファンキなど多くのスタイルの基礎となったが、ジュークにもBPMの早さや808の使用などに共通点を発見できる。

先述したBall Greezyの「Shone」を手掛けたプロデューサーのGorilla Tekも初期にはマイアミベースに挑んでいた。1997年にリリースされたマイアミベースのコンピレーション「Pure Miami Bass」には、Gorilla TekがTek名義で「Ready 2 Party」「Now Shake」の2曲を提供。自ら煽りを披露し、暑苦しいパーティチューンに仕上げている。

マイアミベースはフロリダから南部全域に浸透していき、1990年代半ば頃にはアトランタでメロウなR&Bと結び付いた「アトランタベース」と呼ばれるスタイルに発展した。Jermaine Dupri率いるSo So Defが1996年にリリースしたコンピレーション「So So Def Bass All-Stars」からは、後にCiaraMariah Careyなども引用するアトランタベース名曲My Booが誕生。1997年には同作の続編「So So Def Bass All-Stars Vol. II」がリリースされ、シンガーのINOJによる名曲「Love You Down」を生み出した。INOJはアトランタではなくウィスコンシンのアーティストだが、その後もCyndi LauperTime After Timeのカヴァーなどでアトランタベースに挑戦。1998年にリリースしたアルバム「Ready for the World」もその色が濃い作品に仕上がっていた。

メロウなR&Bと融合したアトランタベースは、マイアミベースよりさらに一歩ジュークに近い。そしてこの同時期にはフロリダで新たな流れが生まれ、後のジュークに繋がる土台が出来上がっていった。


ダンスホールレゲエ的なリズムとジュークの隆盛

ジュークに含まれるダンスホールレゲエ的なリズムは2000年前後にはフロリダのシーンで導入されていた。Piccaloが2000年にリリースしたアルバム「Everyday Reality」などを聴くと、いくつかの曲でその匂いがするリズムを発見できる。Ball Greezyが所属したラップグループのIconzが2001年にリリースしたミックステープ「Street Money Vol. 1」でもそれは同様だ。

また、エレクトロニックなシンセの使用については、プロデューサーデュオのCool & Dreなどが2000年代前半から取り組んでいた。Ja Ruleが2004年にリリースしたシングル「New York」を聴くと、NYヒップホップながらオーガニックな質感ではなく機械的な音を用いている。こういったエレクトロニックなシンセの使用はThe Runnersなど同郷のプロデューサーも取り組んでおり、後のジュークにも引き継がれているものだ。

フロリダのシーンでは2000年代前半にも充実した作品は生まれていたが、その存在感が強まったのは2000年代半ば頃からだ。2004年にはTrick Daddyがアルバム「Thug Matrimony: Married to the Streets」をヒットさせ、2005年にはTrinaが名盤The Glamorest Lifeをリリース。さらにT-Painもアルバム「Rappa Turnt Sanga」でシーンに登場し、2006年にはRick Rossがアルバム「Port of Miami」で大ブレイクを果たした。

そんなシーンに活気のあった時期に盛り上がったのがジュークだ。2007年には、先述したBall Greezyの名曲「Shone」が誕生。清涼感のあるシンセと跳ねるようなドラムが効いたビートでスムースにラップし歌う同曲は一部で話題を集め、プロデュースを担当したGorilla Tekもフロリダで仕事量を増やしていった。2008年にリリースされたラップグループのGrind Modeによるシングル「I’m So High」もGorilla Tekクラシックで、「Shone」と同じく爽やかなシンセとメロディアスな歌の絡みが堪能できる。そのほか現在はLunchMoney Lewis名義で活動するLunch Money「Get Grown」リミックスでのBall Greezyが反則)などが生まれ、当時流行していたSNSのMyspaceの効果もありジュークはリスナーを増やしていった。


ジュークを取り巻く状況の変化

2000年代後半のフロリダのシーンの活気は特筆すべきものがある。先述したRick Rossは人気を急上昇させ、DJ KhaledPliesなどもブレイク。誰が次にチャンスを掴んでもおかしくないような空気が漂っていた。DJ KhaledE-Classが手掛けた2009年のコンピレーション「DJ Khaled & E-Class Present From The 305」はその空気をコンパイルした一枚で、Bizzle「Lip Biting Animal」C.O.A. BaBiiWig’nとジューク名曲も2曲収録。BizzleとIce Billion Bergによる名曲「Naked Hustle」もこの時期だ。

また、フロリダの外でもジューク要素を導入する動きが生まれた。2007年にはSnoop Doggがシングル「Sexual Eruption」をリリース。オートチューンを使った歌寄りのアプローチや1980年代ファンク愛溢れるMVも話題になったが、同曲のビートは紛れもなくジュークのそれである。

しかし、ジュークの人気は爆発しそうで爆発しなかった。シーンを代表するラッパーとなったBall Greezyもアルバムは遅れ、メインストリームではEDMの人気が高まりPitbullFlo Ridaといったフロリダの人気ラッパーもその方向に流れていった。Rick Rossのような硬派なラッパーもトラップを好み、ジュークはフロリダ発の音楽であったものの主流とは言い難い状況になっていった。

とはいえ、そのスタイルが完全に廃れたわけではなく、要素としては残っていた。Ice Billion BergやBall Greezyは2010年以降にもジュークをスロウダウンさせたようなビートをたびたび採用。全く同じことを続けていたわけではないが、ジュークとの繋がりを感じさせる曲は以降も散見されていた。


ジュークリバイバルの流れ

2010年以降のメインストリームでも、ジューク風味を取り入れるアーティストは時折登場していた。2014年にはUsherJuicy Jを迎えたシングル「I Don’t Mind」を発表していたが、ここでのエレクトロニックなシンセや軽快なドラムはジューク的だ。2017年にはDJ KhaledがDrakeをフィーチャーしたシングル「To the Max」で、ジャージークラブ要素も取り入れつつ本場フロリダからリバイバルに挑んだ。同曲が収録されたアルバム「Grateful」では「Shining」でもジューク的なドラムを導入しており、フロリダのサウンドをメインストリームに連れ出そうというDJ Khaledの野心が感じられる。

また、ヒップホップではなくダンスミュージック寄りのシーンでもジュークの要素は生き残っていた。2018年にKelelaがリリースしたリミックスアルバム「TAKE ME A_PART, THE REMIXIES」には、フロリダのプロデューサーのTre Oh Fie「Waitin」のリミックスを制作。ここでのダンスホールレゲエからの影響を感じさせるドラムパターンと清涼感のあるシンセは紛れもなくジュークのものだ。

フロリダでの動きとしては、プロデューサーのBrilliantのシングル「Jook It Out」や、Grind ModeメンバーのMcKlezieらによるシングル「Good Vibes」、ラップデュオのSteel Drumzによるシングル「High On U」などがジューク路線だった。ジュークのリバイバルの兆しは、少しずつ見え始めてきているのだ。


フロリダ勢とカリブ海の音楽

一度ジュークという視点を外してフロリダ産ヒップホップにおけるダンスホールレゲエやカリブ海の音楽の要素を考えてみると、2010年代以降にもそういった曲は散見されていた。XXXTENTACIONも2018年作「?」収録の「I don’t even speak spanish lol」で取り入れていたし、Kiddo MarvBushy Bのようにその影響が色濃いラッパーも活動。フロリダのシーンではカリブ海の音楽が自然に合流しているのだ。

そして2022年には、Ice Billion BergがDJ Killa Kとのタッグでアルバム「Forever Live」をリリース。カリブ海の音楽からの影響をこれまで以上に色濃く打ち出した、ジュークの最新形を提示した。そしてそれは2021年頃からトレンドとなっているジャージークラブとも通じるものであり、Tre Oh Fieのようなプロデューサーが挑んできたダンスミュージックとしてのジュークがヒップホップに還元されたようなサウンドだった。この傑作がIce Billion Bergのような地元人気の高いアーティストから生まれたことは、今後のシーンに何かしらの影響を与えていく可能性もあるだろう。

2000年代後半に一部で大きな話題を集めたジュークは、熱心なリスナーを生み出しつつもトラップのように定着はしなかった。しかし、その火は決して消えたわけではなく、今もヒップホップやそれ以外のジャンルを更新し続けている。この夏はそんなジュークと共に過ごし、来るかもしれない未来を考えつつ暑さを乗り切ってみてはいかがだろうか。


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