『土曜日のオムライス』(掌編小説)
白いフライパンに大きめのバターを落とす。 料理が決して得意ではないわたしは、そうすることでどうにか綺麗なオムライスを作るのだ。
毎週土曜日はオムライスの日。
そう決めたのはもう、遥か昔のことのように思える。6年間の習慣に止めを刺すべく、わたしは彼の家で1人、最後のオムライスを作っていた。
わたしと彼が交際を始めたのは、6年前の秋だった。
お互いに大学生で、ちゃんとしたものを食べていなかった彼のためにわたしが料理を始めた。
「オムライスが好きなんだ」
と笑う彼を、可愛いとも思ったし、恋しいとも思ったことは今でも鮮明に覚えている。
だからわたしは、得意じゃないなりに頑張って美味しいオムライスを作ろうとしたし、飽きないように色んなアレンジにも挑戦してみた。
わたしは、「オムライスが好き」と言った彼がそれで喜んでくれると思っていたし、その他にもやっていた彼の家の掃除や洗濯なんかも、すべてが彼のためだと思っていた。
「もうさ、女として見れないんだ」
そう言われてそれが間違いだったと気づいた時には、もうすべてが遅かった。
結局わたしがやっていたすべては、わたしがわたしの思う“理想の彼女”になるためにやっていたことで、1つとして彼のためではなかったんだ。
4年と少しを一緒に暮らした彼の部屋を眺めながら、わたしは今、キャリーケース1つと大きなリュック1つ分の荷物を背にしている。
見た目の割には軽すぎるそれと、わたしの荷物がすべてなくなっても寂しそうじゃない彼の部屋とを見比べて、わたしはなんだか妙に納得した。
「6年間、ありがとう」
「あぁ、元気でな」
たったそれだけの言葉で、わたしたちの6年間が本当に終わってしまったのだ。
6年。小学生が入学してから卒業するのと同じだけの時間だ。
ガラガラと騒々しく音をたてるキャリーケースを、6年前には楽しげに2人で話をしながら歩いたマンションの廊下で引きずっていると、なんだかキャリーケースを摺り下ろしているような感じがした。
マンションから外に出て、彼の部屋を仰ぎ見る。
最後の仕事とばかりにわたしが干した洗濯物が、気持ち良さそうに夏の風に揺られている。
そういえばわたしは彼に、洗濯をしたことを伝えていなかった。最後に作ったオムライスを冷蔵庫に仕舞っておいたことも。
彼がそれに気づくかどうか。
少しだけ心配に思ったが、それも最早関係のないことだとわたしはもう知っている。
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