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#仕事
ショートショート『手袋』
仕事からの帰り道、私は駅の階段を上がっていた。目の前の大きな背中をした男性の後ろに、半分反り返るようにして歩いていると、ふとした拍子に後ろ向きに倒れてしまうのではないかという恐怖に駆られ、次の瞬間には、別に倒れてみるのも悪くないのかも、なんて思ったりした。
空気が氷のように冷たい。階段を上がりながら、私は階段の上に片方だけの黒い小さな手袋が落ちているのを見つけた。
このところ妙によく、私の
【ショートストーリー】淡い幻想
今日は金曜日だ。ということは、明日は土曜日。当たり前だ。当たり前だが、そうなんだ、明日は休日。それを想うだけで心がウキウキしてくるんだな。
一週間、我ながら仕事よく頑張った。朝から晩まで、窓口や電話による相談の対応、大変だったなぁ。一刻を争う深刻なケースなんかもあったりして、本当バタバタだった。
まー、これって今だけの話じゃないんだけどもね。最近の世の中、ほんとどうかしちゃってるよ。どうしよ
【ショートストーリー】ガード下の歌うたい(1/2)
空を仰ぐと、細い爪の先のような月が出ていた。
駅へ向かう通りは、スーツを着たものや、すねかじりの若者やらであふれかえっている。誠一の作業服にはセメントのしぶきがいくつも固まってこびりついている。担いだ左官の道具が重く左肩に食い込んで、歩みを遅くしていた。
この数日は決まった現場での仕事があり、誠一は毎朝きれいに洗濯をした作業着を着てこの通りを進み、毎夜月の上るころには汗とセメントで汚れた服の
【ショートストーリー】ガード下の歌うたい(2/2)
誠一は、ターミナル駅の方へひとり向かった。地面のアスファルトには、人工的に作られた明かりでできた行きかう人々の淡い影が、あらゆる方向に交錯して揺らめいている。その影を見るともなしに見つめながら、誠一は自分の存在が次第に希薄になっていき、しまいには消えてしまうような感覚になった。
駅の手前にある大きな横断歩道にたどり着いたとき、信号は赤に変わった。広い国道をまたぐ横断歩道だ。ここのところ、毎日誠