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2023年2月の記事一覧

【短編小説】なつ 〜夕暮れ、一番星

【短編小説】なつ 〜夕暮れ、一番星

 夏の終わり、大阪の小さな町の細い路地、四人の少年たちが、細く長く伸びた影をゆっくりと引きずりながら帰ってきた。路地の角を曲がり、西側の稜線を夕日に朱く染めはじめた親しげな里山を背に坂道を下ってくる。ランニングシャツから出た細い腕は、どれも真っ黒に日焼けして、長く暑かった夏の日差し、そして楽しくもはかなかった夏休みの思い出を雄弁に物語っている。

 路地の角から少し上がったところに、広い草むらがあ

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【短編小説】未完の小説

【短編小説】未完の小説

 下宿の大家は年老いた男だった。

 古びたアパートの周りは、山や田んぼに囲まれ、夕方になると部屋の窓から山の向こうに日が沈んでいくのが見えた。秋には山は燃えるように色づき、冬には静かに雪が積もった。

 夕暮れ時だった。
 隣の部屋に住む夫婦が口論をする声が聞こえてくる。彼ら夫婦は、神秘的ななにかに深く心を囚われているようでーーあるいは考えようによっては何からも開放されているのかもしれないがーー

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【短編小説】ファゴット奏者

【短編小説】ファゴット奏者

 スマートフォンの画面に集中していたせいで、知らず知らずのうちに今自分がどこにいるのかという認識を失ってしまっていた。
「おい、佐藤!」
 突然の声に顔を上げると、上司がぼくの横にあぐらをかいてビール瓶を傾けようとしていた。ぼくは反射的にコップを差し出しビールを注いでもらい、それから仕方なく上司の持つコップにもビールを注ぎ返した。
「飲んでるかぁ?」
 上司は言った。
「飲んでますよぉ」
 ぼくは

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クーガー

クーガー

オレはクーガー

町の中、息を殺してひっそりと生きるクーガー

決して正体を感づかれてはならない

感づかれてしまえば、それはすなわち死を意味するのだから

誰もがみんな、手柄をあげようと手ぐすねを引いて待っているのだ

生きるために自分を殺す

皮肉なものだ

オレは死んでいるのか、

それとも生きているのか

今日もまた夜はやって来ない

いつまで待てば、夜はやってくるのだろうか

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