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東京2020オリンピック・パラリンピックに想う

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短期シリーズ「歓喜とため息」を中心にまとめました。
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記事一覧

東京2020オリンピック・パラリンピックに寄せて【番外編】

東京2020オリンピック・パラリンピックに寄せて【番外編】

本記事のもとになっている拙稿は下記リンク参照。

今なお輝く「赤と白」

1964年オリンピック東京大会日本選手団公式服装はこちら。

使用されて60年近く経ったとは思えぬほど型はきれいだし、色も鮮やか。
寄贈者の早田卓次がそれまできちんと保管してきたことやもとの仕立ての良さが推測できる。

公式服装を担ったのは神田で日照堂という洋服商を営んでいた望月靖之が中心に結成した団体「ジャパンスポーツウェ

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東京2020パラリンピックに想う【富田宇宙選手と杉浦佳子選手の輝き】

オリンピックから途切れなかったメダル

8月24日から9月5日までの13日間行われた東京2020パラリンピックは感染症禍の影響が懸念され、一時はオリンピック以上に日本国内世論の開催への賛否が割れるほど。しかし一部の学校観戦以外無観客となった大会は大きな混乱なく進み、テレビ等で世界のアスリートの卓越したパフォーマンスと強靭な意思に接したひとたちの間には好意的な見方が拡がった。
開閉会式もオリンピック

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東京2020オリンピックに想う【歓喜とため息④〔終〕】

本稿の趣旨はこちら。

喜びと悔しさ:男女ゴルフ霞ヶ関カンツリークラブで行われた男女ゴルフは猛暑の中だったが棄権者は皆無、集中力を欠いて大叩きする選手も殆どおらず、国や地域を背負った世界のトッププロの戦いに賭ける情熱が伝わった。惜しむらくは他の多くの競技・種目と同様に無観客だったこと。もしギャラリーが入場できていたら、日本有数の厳格なメンバークラブである霞ヶ関カンツリークラブにたくさんのひとが触れ

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東京2020オリンピックに想う【歓喜とため息③】

本稿の趣旨はこちら。

実は約半世紀ぶりの大快挙!!野球の金メダルソフトボール同様、2008年北京大会以来の復活となった野球は日本が予選リーグから決勝まで全勝で金メダルを獲得した。
かつて野球が正式競技だった1988年ソウル大会から2008年北京大会まで日本は金メダルに縁がなく、2000年シドニー大会(プロアマ混成)と2008年北京大会(星野仙一監督)はメダルを逃すという結果に終わっていた。
東京

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東京2020オリンピックに想う【歓喜とため息②】

本稿の趣旨はこちら。

究極の有言実行:卓球・水谷隼選手別格のボールタッチ、七色のサービス、強烈なパーソナリティで日本の卓球界を牽引してきた水谷隼選手は2020年8月刊行の著書の最終章にこう記した。

「東京オリンピックで金メダルを獲得し、パイオニアとしての歩みにピリオドを打つ」

リオ大会で男子シングルス(銅〔卓球日本男子史上初〕)、男子団体(銀〔同〕)の2つのメダルを獲得して以降、東京までの5

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東京2020オリンピックに想う【歓喜とため息①】

会期全日メダルを獲得した日本選手団筆者は開会式(7月23日)の2日前にこう記した。

結果は御存知の通り。日本選手団の活躍は目覚ましく、史上最多58個(金27・銀14・銅17)のメダルを獲得。特筆したいのは競技が本格スタートした大会第2日の7月24日から大会最終日の8月8日までメダル獲得が途切れなかったこと。
メダル途絶の「ピンチ」は8月1日に訪れたが男子体操種目別あん馬で萱和磨選手が銅メダルを獲

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東京2020オリンピックに寄せて【傷ついた8年間】

オリンピック招致を望んだ理由1980年生まれの筆者は1955年生まれの母から1964年東京五輪の記憶を聞いて育った。開会式のテレビ中継の感動、三宅義信が日本の金メダル第1号を獲得した時に学校で校内放送があり拍手が起きた出来事、近所のひとまでテレビの前に集まった「東洋の魔女」、家族と沿道に陣取り男子マラソンを観戦してアベベや円谷幸吉が目の前を通った残像、そして極めつけは閉会式をスタジアムで観たこと。

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