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花結文庫

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#花

文披31題:Day31 またね

文披31題:Day31 またね

 暑さから逃れるための方法として、何があるか、ということがふとした会話の中で、議題となった。
 冷たい飲み物。アイスキャンデー。冷風機。アカデミーの外にあるミスト発生機(ただし常に満員状態)。口々にあげてはみたが、全員が薄々感じていることは同じだった。
「なんか、違うんですよねぇ」
 研究室の助手が事務書類を束ねながらうーん、と唸る。魔法の研究とあらば体調、奇行、雰囲気その他あらゆる諸々を気にしな

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文披31題:Day23 ストロー

文披31題:Day23 ストロー

 暑いね、と言いながら手にした飲み物を手に取る。グラスにびっしりとついた水滴が、持ち手を滑らせそうになり、慌ててストローを支えた。
「暑いって言うと、余計暑く感じない?」
 かもなぁと返すと、だよねぇと気怠げに相づちが来る。少しのいらだちを感じたのは、疲れと暑さのせいだろう。人間、疲れてくると余裕がなくなってくる。
 かといってこの暑さに対する良い表現も思い浮かばず、沈黙が続いた。普段はお互いにお

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文披31題:Day19 トマト

文披31題:Day19 トマト

 ピンク色の髪に、赤い目。その見た目でからかわれるのはしょっちゅうで、隠すのに必死になっていた。
 さらにしゃべり方もおっとり気味だったし、あげくに自分の魔法の気質が花とわかると、ますますからかわれた。何もかもが、嘲笑の対象だった。
 だから隠したいと思って眼鏡をかけ、なるべくしゃべらないようにしたし、髪は一つにくくってこっそりと過ごしてきた。
 ありがたいことに、得意の魔法は大した力ではないと思

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文披31題:Day11 錬金術

文披31題:Day11 錬金術

 魔法は芸術にも等しいのだよ、と眼鏡の奥の瞳とともに告げられた。
「美しく、力強く、万物にあふれる力に働きかける。なんて素晴らしいんだ!」
 ぐつぐつと煮える鍋に棒を突っ込み、ぐるぐるとかき回しながら熱弁する様子は狂気を含んでいる。ありていに言えば、怖い。狂人じみている。
 正直、就職先間違ったかなと思うには十分すぎるほどだった。どおりでやけに好待遇なわけだ、と。給料なんて前の仕事より倍以上になっ

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金魚草

金魚草

*注意
着物の着方についてのお話ですが、着付けの専門家ではありません。そういった解釈、意図を持ってのお話でないことをご承知おきください。

「あんなはしたない着こなし、ようできたことだこと」
 毒を含んだ声と言葉に、立ちすくんだ。聞えよがしの悪態は、きっと届いてしまったことだろう。
 声の主はすぐ隣に立っていて、怒気をはらんで不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。思わず袖を引くと、なに、と強い声が自分に向

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支子

支子

*注意
このお話には精神疾患、残酷事件の描写があります。

 姉の様子がおかしくなったのは、春を少し過ぎたくらいだった。
 よく笑う、明るく優しい姉がふさぎがちになり、言葉少なになった。いつしか部屋に閉じ籠るようになった。心配して声をかければ怒鳴られてしまうことさえしばしばあった。
 部屋に籠ったままになれば当然食事の回数、量が少なくなり、姉はみるみるうちに痩せ細っていく。家族は皆心配し、戸惑い、

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皐月

皐月

 品行方正、謹言実直、堅物、真面目が取り柄。
 そんな評判が当たり前で、それが私の名札ですらあったような気がする。名前を聞けば「ああ、あの」の後に続く言葉があげたうちのどれかであるのは間違いなく、そしてその評価は正しいのだ。
 成績がいいのは当たり前。学級委員に選ばれるのは当たり前。なぜならば、こつこつ授業を受けてノートをとって課題をこなし、予習復習は日課でテスト前は学んだことを確認するだけにして

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麝香撫子

麝香撫子

 私の瞳の色は、他の人と違う。みんなは焦げ茶色。私はみんなと違う色をしていた。
 変な色、とばかにされた。みんなと違うから遊ばない、と仲間はずれにされた。そんな幼少時代、私は自分の目が嫌いになったし、憎らしくも思った。この瞳を鋭利ななにかで突いてしまえば、こんな苦しみや悲しみもなくなるのだろうかと思うこともあった。
 けれど、この瞳は二十歳を越えた今も私の眼窩に収まっているし、視界は良好、ぱっちり

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片栗

片栗

 空があんまり青いから。
 だから、私は。
 
 憂鬱だ、と顔に書いてある。
 鏡をのぞきこんだ私は、向かいに映る自分を睨み付ける。
 なんでそんなに不機嫌なの? 己に問うが答えは返らない。
 私が口を開かないからだ。眉間によったしわ、への字にまがった唇。そしてどんよりと濁った目。
 何がそんなに気に入らないの?
 わからない。
 ますます寄った、眉間のしわに右の人差し指をあてて。ぐりぐりと引き伸

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柳薄荷

柳薄荷

 私は今日、殺される。
 物騒な話だが、目の前の事実は私にそう思わせてしまうほど、衝撃的なものだった。

 任務、未達成。

 それすなわち、死。
 真っ赤な舌と、真っ白な尖った歯。大きく開いた口からのぞく赤と白が、ぐんぐんと近づいてくる。
 とっさに手をかざしてみても、家を越すほどの巨体に対して、人間の腕二本で防げるはずもない。
 呪文を唱えようと開いた唇は、はくはくと動き息を吐くだけで全く意味

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藤

 忠告は、重いものだった。

『囚われるでないぞ』

 ――もう、遅い。

 指がかけられた扉は、ぎしりと音を立てた。横にずれ、内部を無防備にさらしだす。
 久しく人の気配がないまま放っておかれた建物特有の空気が鼻をつき、外へと流れ出ていく。
 入れ違いのように、生ぬるく湿った外気が袂を揺らして部屋の中に流れ込んでいった。
 まるで誘われているようだ。誰もいないはずの空き家のはず。けれど、誰かにそ

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吾亦紅

 ”言葉を必要としない愛も、存在するの。”

 証拠とするかのように差し出されたのは、赤色の小さな果実をつけたような、花。
 その言葉の意味に、気づいて嬉しくなったのは当然。

 御伽話のようなことはあるのだと、ずっとずっと信じていた。
 それこそお姫様や不可思議な冒険譚。
 ずっとずっと、信じていた。

「まぁ! わたくし嬉しいわっ!」

 また、あなたに会えて。
 彼は、父の教え子の一人。文明

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冬薔薇②

「……………薔薇?……」

 小さな、やっと蕾をつけ、ほころび始めた花びらを懸命に空へと向けている。
 小さいけれど優美な線を描く茎には同じく小さなとげ。そして小さくとも質感を持った何枚もの紅色の花びら。
 生き生きとした花びらと、まとった氷のかけらが光る。
 それは、生命の輝きだ。
 周りの静寂が、凍ったように止まった気がした。魅入られたように、動けない。
 けれど惹かれるように指先はその小さな

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冬薔薇①

 寒さに耐える花の美しさを、彼は見た事があったろうか。
 一面に降り積もった雪に埋もれる世界の中、凛と誇らしく咲いていたことを、私は忘れない。
 そして、彼に教えたいと思ったことを。
 彼の幸せを、願ったことを。

…   …   …   …   …   …   …   …   …   …   …

 その花は、真冬に一厘だけ、ぽつりと咲いていた。

「そろそろ、外に出ない?」

 何度目だろうか

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