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きみの小さな手の平が、教えてくれた。

手を洗うという行為がわたしは

それほどきらいじゃない。

そこにあるのは清潔になるからとか

理由はよくわからないけれど。

水が好きなのかもしれない。

水に触れている時間は、なにかを

洗い流してくれると同時に新しさに

包まれてリセットされているから

かもしれない。

お正月になるとお寺に行って水の集まる

場所にゆく。

清めるための手水の温度で寒さを

測ったりしながら、指先から全身が

清められてゆく気持になる。

手を洗うということを、大人になって

からもう一度、改めて考えたのはコロナの

せいだけれど。

ある日、わたしは手を洗いながら思い出した

ことがあった。

甥っ子がまだ小さかったとき幼稚園で習って

きた手の洗い方を教えてくれた。

遊びに来た彼が指を泡だらけにしながら

一生懸命洗っていた。

手のひらに指を垂直にたてて円を描く

ように洗う。

手首の近くまでぐるっとゆびで囲むよう

にして洗う。

おねえちゃんもやってって言う。

手はもう洗ったよって思いながら

甥っ子の監修で真似をしてやってみる。

ちらっと横にいるわたしの手の動きを

ガン見されて、違う時は泡だらけの

指で訂正された。

幼稚園生師匠は厳しいのだ。

よく聞いてると、甥っ子は歌を歌ってる。

なに?

手を洗う時の歌?

って聞いてみたら、ちがうってひどく否定

された。

手を洗う時は、もしもしかめさん

かめさんよを最後まで歌うぐらいまで

洗うといいんだよって。

へ~。

知らなかった。秒数を測るのを歌で

やっていた。

幼稚園の先生に教わったらしい。

ふたりで、もしもしかめよかめさんよを

小さな声でマスクしたまま歌った。

洗面所を覗きに来た弟がなにしてんの?

って笑ってた。

コロナが流行り出した頃わたしはいつも

怖かったし。

肺を病んでる母に感染してはいけないと、

神経質になっていた。

でも甥っ子と一緒に手を洗っていた時の

楽しさを思い出している時はすこし不安が

遠のいた。

外から帰って手を洗う度に甥っ子と一緒に

手を洗った時のことを思い出すようにした。

心の中でもしもしかめよかめさんよを

口ずさむ。

それからわたしは「清潔」に関して血眼に

なるんじゃなくて。

すこし余裕をもってやりたかった。

医療現場の方の厳しさを家庭に持ち込む

ことは無理だと思ったのだ。

最初はコンビニのスナック菓子の外袋も

除菌シートで吹いていた。

たまにポテチはお箸で食べていた。

外袋を心底信じていなかったのだ。

でもそれはやりすぎだと知って、

大丈夫だからと言い聞かせ慣れていった。

そこで消去法で残った清潔のルールが

いくつかある。

誰もがやってることだと思うけど。

外から帰ったら居間に外服を持ち込まない。

外服のある部屋で眠らないとか、

外マスクはすぐ外を中側にしてお風呂場の

ゴミ箱に捨てるとか。

母は、外から帰ると指輪も丁寧に洗って

いた。

あと、外で触った携帯は除菌シートで

ぐるっと拭くとか。

家から帰ったらリモコンをすぐ触りたく

なるけど、手を洗うまではリモコンに

触らないとか。

それぐらいかもしれない。

今も続けてやっていることは。

今も手を洗ってるとあの時の甥っ子の

手のひらも甲も泡だらけにして

もしもしかめよかめさんよを歌っていた

あの楽し気な声を思い出してる。

わたしの好きな水のことを語った

言葉がある。

<水の発見者は知らないが、魚でないのは確かだ>

シドニーポラック監督の言葉。

あなたが作った映画が与えた影響は

どんなところにあると思いますか? と

問われて。

あまり近くにありすぎるとよくわからなく

なるという答えに水をたとえながらの言葉。

水はわたしたちの生活の中にある。

特に日本においては、災害で断水などしな

ければ水は暮らしを支えている。

この言葉を聞きながら。

水のふたしかな輪郭の中で泳ぐ魚がそこに

いて。

魚たちは、カタチのあるようでない水を

まとっているように。

わたしたちも水のある場所で暮らしている。

手を洗うという、小さい頃に覚えたことで

感染を防げることがあることを改めて知った。

あの頃の不安を乗り越えるときに、

わたしを支えてくれていたのは甥っ子の

あの小さな歌声だったのかもしれない。

そして、いつも水と一緒にいることを

意識していた。

そして清潔という二文字に捕らわれがちに

なるけれど。

そのルールの中に、不安になりすぎない

という見えないルールもあるような気が

している。


 

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