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握手は、言葉にならない言葉に似ている。

今は人と離れろっていう時期だけど。

いつだったか、わたしはある場所で

握手してくださいって言われたことが

ある。

え? わたしですか? かつがれてんのかな?

って、わたしですか? って声にして言ったら

はいって言われて。

握手をした。

2月にしては暖かな冬の晴れ間の空の下で。

彼女は右手を差し出してくれた。

わたしは、握手を誰かに求めたことも

ましてや握手を求められたことも

なかったので、さすがにぽかんとして

しまった。

小さなお子さんを育てているらしい彼女の

掌は信じられないぐらい、温かでやわらか

かった。

ふと、ベビーカーに乗っている赤ちゃんを

みながら、お母さんである彼女のこんな手に

育てられる子供たちは幸せだなって思った。

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わたしにとってそれは一瞬の出来事だったけど。

束の間、子供達を抱きしめたり、服を着替え

させたり、おやすみの時に、お布団から

はみでた指を中にしまったり。

はじめて会った方だったけどそんなふとした

彼女の仕草が浮かんでいた。

そしてわたしは彼女と握手した後で、握手って

何年振りかなって記憶を辿っていた。

その時より昔の夏の日。

とある男の人と握手したことがあった。

知人の編集者の方のお宅で開かれた夏の宴の

お開きの頃。

たくさんの人達の酔ったご機嫌な顔を眺めて

いたら、

突然、今日はありがとうって言って、その方が

右手を差し出された。

座っていたわたしは、反射的に立つ。

夏の暑さのせいか、彼と握手した途端にその

力強さに気おされそうになって、足元が一瞬

ふらついた。

その掌は分厚くて、とても熱くて。

しっかり握られたあとに、何かベクトルめいたものが、

手首から肘、二の腕肩、首筋、そして頭のてっぺんに、

電気のようなものが走った。

そんな体感ってはじめてで、

これがこの方のもうひとつの生き方である、父親の持つ

エネルギーなのかもしれないと思って、父親に

恵まれなかったわたしは気ままに彼の熱に

心撃ち抜かれた。

もともと無防備だったくせに不意に誰かの

体温を知る時って、突如、現実を身体で感じで

現実にさらされている身体を改めて体感する

ことなのかもしれない。

そんなことを考えていたら、

今日バスを待っていた時の風のつめたさを

思い出していた。

手袋をわすれてきたことを後悔しつつ。

そしてあの夏の日に出会った方に紹介して頂いた

本を読みたくなっていた。

<夜は着古した手放せないシャツのように、しみじみしていてありがたい>

こんな一節に出会った。

寒さが滴るような冬の夜。

寒い日だからこそ、こんなふうに誰かの綴られた

ページの中に言葉の体温を感じながら

過ごしてみるのもいいのかもしれない。

あの日の彼女や彼の掌の体温を思い出しながら、

そんな気持ちに駆られていた。

灯台の ひかりとひかり 闇をくぐって
てのひらの 熱をあずけて ひたひたの夜



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