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ふたりの春が、いつかどこかで歌っていますように。

春ってちょっと苦手だけれど。

わたしが苦手だからといって、春を
迎えたい人がたくさんいるのだから

それを嫌いって言ってちゃいけないなって
思った親子にむかし出会ったことを
思いだした。

お父さんと娘さん。

幼稚園ぐらいの女の子。

わたしの隣のテーブルのお客さんだった。

私たちの方が少し先に来ていたので
メニューが運ばれてくるまでちょっと
待っていた。

席を決める時に、そこにいないお母さんを
思いだしたのか、パパはここ、わたしはここ
そこはママだね。

って言った。

お父さんは、ママは今日はお仕事だからね
これないけどね、また一緒に来ようねって
お父さんはやさしく言っていた。

彼女は、うんってちょっと寂しそうだった
けど、もういちどあそこはママの席だねって
ちいさな声で言った。

そうしたら、お父さんはちゃんとその言葉を
拾ってあげて、そうだね、ここはママの席だね。

また一緒に来ようねって。

そうお父さんにもう一度言われて彼女は落ち
着いた表情をみせていた。

そしてそのまま父親が座ろうとしたら

彼女は「パパ、わたしのエプロン取って」って
じぶんのリュックサックをゆびさした。

自分用のエプロンをカバンに入れている
みたいで
(きっといつもそうしているのかな)

椅子に一体化したようなそのエプロンを
ちゃんと子供用の椅子にお父さんと一緒に
セッティングしてすわった。

そして、そのパスタ屋さんは、子どもが
来店した時には、おもちゃのおまけがついて
くることになっていて。

店員の女の人が、カゴに入れたおもちゃを
持ってきた。
好きなものを選んでねって。

女の子はどれにしようかなって眼を輝かせて
お父さんの顔をみてどれにしよう?って
目で聞いてる。

お父さんも好きなのを選んだらいいよって
いって、まっていたらアニメの表紙の
白いノートを選んでいた。

よかったねってお父さんがいって、
おもいきりうなづいた彼女。

お家に帰ったらパパの顔を描いてあげるね
って。

わたしは一緒にいる向かい側の人と、声に
出さずにかわいいねって言った。

ほんとうに可愛かったのだ。

仕草とか喋り方とか、お父さんよりも
主導権を握っているかのようにみえる
そんな関係が。

わたしは生い立ちもあるのか父と娘の
関係にちょっと弱い。

そしてお父さんはビールだけを頼んだ。

彼女はパパは食べないの? って言いながら
うん、パパはお腹いっぱいだからって
言いながら、文庫本をテーブルの上に置いた。

そして彼女はミートボールがオンされた
パスタを選んだ。

これはこのお店では、
「カリオストロの城のパスタ」と呼ばれている
もので、トマトソース味のパスタだった。

わたしはアニメとかをほとんどみなかった
アニメ音痴だったから、メニューの名前の由来を
彼にこそっと聞いたら、ルパン三世でルパンと
次元が取り合うほど美味しいやつだって、
こそっと教えてくれた。

彼女はメニューが来るまでその真っ白い
ノートをみて、うれしさがこみあげてきた
みたいに、

ふいに口ずさんだ。

静かなお店に彼女の歌声がひっそり響いて

お父さんはシーって唇に指をあてて
ちょっとだけ眉間にしわを寄せて
注意した。

彼女はやっちゃったって顔をしたけど
まだ歌い足りなかったのか、今度は
もっと小さい声で歌った。

その歌声は、「となりのトトロ」だった。

あるこう あるこう わたしはげんき
あるくの だいすき どんどんいこう

さかみち トンネル くさっぱら
いっぽんばしに でこぼこじゃりみち
くものす くぐって くだりみち

あるこう あるこう わたしはげんき
あるくの だいすき どんどんいこう

さんぽ(映画「となりのトトロ」)テーマ曲
作詞・中川李枝子さん


みなさんが静かにお食事する場所だから
はしゃがないってお父さんは叱っていた。

でも声は荒げないでシーって続けた。

隣の席にいるわたしにも会釈してくれた。

わたしも会釈しながらも心の中では。
いいよ、歌っていいよいいよって
気持ちでいっぱいだった。

彼女にとってはこみあげるうれしさを
表現するのは、こうやって歌を歌うこと
なんだなって。

その時、わたしはまだ心が健康じゃなかった
時で、でも少し治りかけている頃でもあった。

彼に、外に出てみようよって連れ出された
一日目がその日だった。

わたしの気持ちをやわらげるために隣の
席を選んでくれたみたいな出会いだった。

わたしは彼女をみていたら、ちょっと病んで
いることも忘れて彼女の声を聴いていた。

嬉しい時は歌いたくなる。

そんな春を彼女は迎えているんだなって。

あの曲は春を象徴するテーマ曲だなって
思うようになった。

彼女はお父さんに叱られた後はだまったまま、
静かにしていた。

お父さんも文庫本のページに視線を注いで
いた。

店内は静かになっても、わたしの頭の中で
「歩こう 歩こう 私は元気」がずっと
鳴っていた。

晴れていることが切なくなるぐらいの
春の一日だった。

今、あの鬱の季節の中にいまわたしがいない
ことに感謝しながら、彼ら親子のことを
しゅんしゅんと思いだしていた。

今も彼女の春がどこかで歌っていると
いいなと思いながら。

春は春のまま ただそこにいて 時々去って
ふたりの春を 思いだしたくて 思いだしてる


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