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私のスペイン900km巡礼記 in 2023春 #31 【29日目】鉄の十字架に祈りと石を捧げる、過酷なイラゴ峠を越えてモリーナセカへ

こんにちは、ナガイです。今日はラバナル・デル・カミーノからモリーナセカ(Molinaseca)へ向かいます。
前回の記事はこちら。

天気予報(モリーナセカ) 曇り 最高気温25℃ 最低気温13℃

6時半過ぎに起床。よく眠れた。咳はまだ治まりそうにない。右足首も痛むが、こちらは歩いていると気にならなくなることが分かってきた。
7時過ぎにラウルに別れを告げて出発。誰も泊まりたがらない奇妙なアルベルゲともお別れだ。

外はすでに薄明るく、鳥たちが騒がしく鳴いている。気温はそれほど低くない。中に長袖を着てきたが、今日はこれから標高が1100mから1500mへと一段と上がるのでちょうどいいだろうか。

道が山の上の方に伸びていくのが見える。昼間の気温が高い時間帯にこの道を行くのはさぞかし大変だろう。朝の涼しいうちに越えてしまおう。

景色がきれいだ。絶景を見られるのは高いところに登る楽しみの一つだ。朝日が昇る。一週間以上続いたメセタを抜けて、木々や植物の緑が濃く鮮やかになったような気がする。

道端に咲く小さな花が可愛らしい。紫、黄色、白、青と目を楽しませてくれる。こうやって花の色が分かれているのも自然の神秘だなと思う。

花の写真を撮っていると男性が横を通り過ぎていく。確か昨日の教会にいた男性だ。所作を見ていてキリスト教の信者の方だと思うが、本来キリスト教の巡礼路であるこの道を信者の人達はどう捉え、何を考えて歩いているのだろうか。一度話を聞いてみたい。

険しい山道を抜けると、フォンセバドンの村が見えてきた。標高が高いからか日差しが強く感じる。

8時半頃にフォンセバドンの村に到着。この辺りで標高はおよそ1400mだ。

バルで朝食を取ることにする。ハムトースト、オレンジジュース、アメリカーノのセットを注文。6.50ユーロ。ハムトーストはトーストにたっぷりのハモンセラーノを乗せ、オリーブオイルをかけただけのものだが、これがたまらなくおいしかった。ボカディージョは日本に帰ったら自分で作ろうと決めているが、これも日本でやってみよう。

ちょうど同じバルで休憩していたマノと挨拶を交わす。彼女も昨日はラバナル・デル・カミーノに泊まっていたようだ。9時過ぎに再び出発。ここからさらに上ってイラゴ峠の頂上を目指す。

9時半頃にイラゴ峠の頂上付近に立つ鉄の十字架(Cruz de Ferro)に到着。今回の巡礼でぜひとも訪れたいと思っていた場所の一つだ。

巡礼の習わしとして、巡礼者は自分の故郷の土地から石を拾って持参し、この鉄の十字架の山にその石を置いていくというものがある。自分は昨年京都に行った際に拾った小石2つと、東京の明治神宮に行った際に拾った小石2つの計4つを持参していた。

他の巡礼者に教えてもらった伝統的な祈りの言葉を読み上げ、小石を十字架の根元に放り投げる。

‘Lord, may this stone, a symbol of my efforts on the pilgrimage that I lay at the foot of the cross, weigh the balance in favour of my good deeds some day when the deeds of my life are judged. let it be so.’

出典:https://alanscamino.wordpress.com/2017/11/03/the-traditional-pilgrims-prayer-at-the-cruz-de-ferro/

儀式のように一連の手順を済ませると、何か一つ肩の荷が降りたように感じる。持ってきた小石は爪ほどの大きさなので十数gしかないはずだが、鉄の十字架を後にして歩き始めると背負っているバックパックが置いてきた小石の重さよりずっと軽くなったような気がする。

10時過ぎにマンハリン(Manjarín)を通過。ここはバル代わりのキッチンカーがあるくらいで、村という村ではなさそうだった。

今日の山道もかなり険しいが、移り変わる景色を見ながら歩くのは楽しく、さほど苦にならない。自分の残りの人生は多少つまらなくても平坦で楽な道がいいと思っていたが、やっぱり険しくても歩いていて楽しいと思える道の方が性に合っているのかもしれない。

11時頃に道が急な下り坂に変わる。これは足への負担が大きそうだ。石の少ない場所を選びながら慎重に歩く。

12時前にエル・アセボ(El Acebo)の村に到着。この村があるのは標高1100〜1200mの場所で、イラゴ峠の頂上1530mからは300〜400mほど下ったことになる。村では多くの巡礼者が休んでいる。イラゴ峠越えの疲れを癒しているのだろう。今日は調子がよかったがさすがに少し疲れたのでバルで休憩する。

ベーコンのボカディージョとコーラを注文。7ユーロ。ボカディージョが出来たて熱々でめちゃめちゃおいしい。バゲットに塗られたトマト、いわゆるパンコントマテも良い味つけになっている。そういえばピレネー越え後のロンセスバージェスのボカディージョもおいしかったが、難関を越えた疲れもおいしさの秘訣なのかもしれない。

12時半前に再び出発。まだまだアップダウンの激しい道が続く。

13時頃にリエゴ・デ・アンブロス(Riego de Ambrós)の村を通過。ここは公営のアルベルゲが一つあるだけの村だ。今日はここか一つ先のモリーナセカまで行く計画だったが、幸いにも今日はこの時間でもそれほど暑くなく、体力的にもまだ歩けそうなので先へ行くことにする。

村の狭い通りを歩いていると、向こう側から自転車を押した青年が歩いてきて、目が合うと「日本人ですか?」と話しかけられる。一瞬同じ日本人の巡礼者かと思ったが、出身を尋ねると韓国人だった。名前はキム。彼は自転車でスペイン巡礼をしており、2週間前にサン・ジャンをスタートしたそうだ。日本のアニメ、映画、テレビゲームが好きなのだそうだ。なぜ彼が一目で自分を日本人だと分かったのかは謎だが、だから自分に話しかけてきたのだと合点がいった。キムとは村の出口までの短い間だけ一緒に歩いて別れたが、なんだか不思議な面白い出会いだった。

村を抜けるとジャングルのような険しい道になる。

14時頃になると眼下にモリーナセカの町並みが見えてくる。

今日は自分でもゾーンに入っているのが分かり、途中あわよくばモリーナセカの次にある都市ポンフェラーダ(Ponferrada)まで行こうかとも考えていたが、今日のルートはこれまでの巡礼の中でも有数の険しさで、相当の疲労が蓄積されているのを感じる。天候も最高なのでどこまでも歩きたくなってくるが、さすがに今日はモリーナセカでやめておこう。

14時半前にモリーナセカへ到着。疲労感が一気に押し寄せる。今日は、本当に、もう、疲れた。

いい感じの町だなと思いつつ、疲れた体を引きずるように歩いてアルベルゲを探していると、アニータとウリーに遭遇した。疲労のあまり彼らに「今日は自分によくやったと言いたいよ」と普段なら言わないようなことを言うと、彼らも優しいので「君はよくやったよ!」と労ってくれる。彼らは今日ポンフェラーダまで行くそうだ。そしてレオナルドはモリーナセカの外れにあるアルベルゲに泊まる予定らしく、そこは事前に候補としてリストアップしていたアルベルゲの一つだったので、そのアルベルゲへ行ってみることにした。

アニータへ先日くれた吸入薬を返して二人と別れ、町の中心部から少し歩いた場所にあるアルベルゲへ行くと、ちょうどレオナルドが庭で洗濯をしていた。彼は自分を見つけると道まで出てきてくれて再会のハグをする。また会えて嬉しい。

14時半過ぎにチェックイン。宿泊代は10ユーロ。設備が充実していて良いアルベルゲだ。昨日泊まったのが誰も泊まりたがらない奇妙なアルベルゲだっただけに余計に良く感じる。
シャワーを済ませて洗濯をしに庭へ行くと、レオナルドとシカがいた。曇天で雨が降るか降らないか微妙な空模様だったため、今日は時間も遅いので洗濯は明日以降にまとめてすることにした。

16時過ぎに町へ出る。レオナルドはシカの食事を買いにタクシーでポンフェラーダへ行ってくるという。モリーナセカには犬のエサが売っていないそうだ。町角に日本のNPO法人の名前が刻まれた石碑を発見する。

商店でコーラ、水、アイスクリーム、それと石鹸が無くなりそうだったので新しい石鹸を購入。7.30ユーロ。買い物をしている最中になぜか店の主人が食べ物をくれる。会計を済ませて店を出る時にはパイナップルを一切れくれた。

ここは食べる場所も泊まる所も多く、町全体が何となく上品な雰囲気で自然とも調和しており、リゾート地のようだ。今にも雨が降ってきそうだったので、あとは教会だけ見てアルベルゲへ戻ることにする。

17時頃にアルベルゲへ戻ると、テラスでレオナルドがもう一人の男性と食べ物をつまみながら談笑していたので加わる。もう一人の男性はイタリア人のガブリエレ。

しばらく色々な話をしてから、ちょうどいいタイミングだと思いレオナルドに日本から持ってきたお守りを渡したいと伝える。好きなお守りを選んでもらうと、彼は京都の上賀茂神社の白いお守りを選んだ。彼はお守りを手にしてとても嬉しそうにしていて、これは日本語で何と言うのか、中には何が入っているのか、どういう意味があるのかなど聞いてきて興味津々な様子だった。最終的には「ハグさせてよ」と言ってきて、お互い立ち上がってハグをした。彼は「他の人からもらってばかりで何も返せていないんだ」と言ったが、彼は根っからのいい人だと分かるので、きっと彼が気づかないだけで周りの人は彼からたくさんのものを受け取っているはずだ。自分もこれまでの巡礼で、ほとんどの外国人から彼らの母国語はもちろんのこと英語もネイティブ並みに話せないと距離を置かれる経験をすることが多い中で、レオナルドはレオンで初対面にも関わらず二人きりでバーをはしごするという思い出をくれた。

夕食の時間まで一旦部屋に戻った時にガブリエレが30年物だという梅干しを見せてくれた。彼はマクロビオティックに造詣が深く、また指圧を日本人の先生に教わったこともあるという、なんともユニークで面白い人物だ。彼はスペイン語が話せるが英語は少ししか話せないため、お互いの英語とスペイン語の少ない語彙力を駆使して会話するのだが、それがとても楽しい。

19時半からアルベルゲの一階の食堂で他の宿泊者と一緒にディナーを食べる。事前予約制で10ユーロ。自分の席の周りはレオナルドとガブリエレを含めてイタリア人とブラジル人しかおらず、レオナルドがちょくちょく英語で話してくれる以外はほとんど会話についていけなかった。それでも同じ空間を共有しているだけで楽しい。

レオナルドとジブリの話になる。ジブリは元々イタリア語で、飛行機の名前なのだそう。発音も本来のイタリア語ではジブリではなくギブリなのだそうだ。レオナルドのお気に入りのジブリ作品は『紅の豚』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『千と千尋の神隠し』とのことで、日本人から見ると面白いチョイスだ。監督では宮崎駿より高畑勲が好きらしい。

レオナルドは日本の小説では三島由紀夫の『豊穣の海』が好きらしく、恥ずかしながら読んだことがなかったので日本に帰ったら読んでみよう。輪廻転生の話だそうだ。ディナーはかなりボリュームがあり、十分お腹いっぱいになった。シカはたまに食べ物を欲しがる素ぶりを見せるものの、吠えたり迷惑をかけたりすることもなく、ディナーが終わるまで大人しく待っていた。

夕食後にレオナルドとシカと一緒に散歩へ出かける。途中からガブリエレも合流する。いつもはそそくさと部屋に戻ってしまうが、夕食後の散歩というのも楽しいものだ。

アルベルゲへ戻ると、ホスピタレイロのアルフレドという男性から、彼が過去に四国の八十八ヶ所巡礼をしたことがあると教えてもらう。さらに、アルベルゲの近くに日本と縁のあるものがあるというので、場所を教えてもらいレオナルドとガブリエレと一緒に見に行くことにした。今は売りに出されているが以前はアルベルゲだったと思しき建物がある敷地の一角に、「日本スペイン交流400周年記念」と記された道標の石と、木の幹に彫られた観音菩薩像があった。観音菩薩像は日本人の仏師の男性が彫ったものらしい。

再びアルベルゲへ戻り、一階のロビーのソファに座ってしばらくレオナルドと話をする。約束していたおすすめの日本の音楽の残りを選んだ理由と共に紹介した。ハードめのものとして、ゆらゆら帝国の『な・ま・し・び・れ・な・ま・め・ま・い』と銀杏BOYZの『光の中に立っていてね』、聴きやすいものとして、きのこ帝国の『フェイクワールドワンダーランド』を紹介した。ちなみに、昼間にテラスで過ごした時にも、ふと思いついて折坂悠太の『平成』をおすすめした。

レオナルドが先ほどの観音菩薩像をナガイが彫ったという嘘のメッセージをアニータに送るという悪ふざけをしたりしつつ楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付いたら22時近くになっていた。おやすみの挨拶をして各々の部屋へ戻る。
今日はよく歩き、よく喋り、よく食べ、よく笑った楽しい一日だった。22時半就寝。

歩いた距離
今日25.0km 合計563.3km 残り217.1km

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