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めおとカンフー

昔はよく家を買ったら会社から地方転勤の辞令が出るなんて言ったもんだったけど、

時代も変わり、働き方も住み方も変わった。

今はサラリーマン世帯は家型ドローンに住んでいるので、どこへでも転勤ござれだ。

夢の職住最接近時代到来!と言いたいとこだけど、

ただ、うちはちょっと複雑な、マンションドローンなので、いろいろと事前調整は必要だ。

それでも今のマンションは上下左右のお隣さんをルービックキューブみたいに変えられるし、射出脱出装置みたいに、一部屋だけマンションから脱出することも可能だから気軽に住める。

この前聞いた話では、老朽化したマンションの建て替えの話し合いがめんどくさくて住人たちがそれぞれ部屋ごと脱出して解決したという逸話があった。

うちのマンションではその逆で、どこかの住人が密かに自分の勤務する会社に少しずつ近づけて通勤を楽にしているのではという疑惑が持ち上がって理事会が震えていた。

僕が個人的に調べてみたところ、少なくとも僕の勤務先からは少しずつ遠ざかっていた。

そのことを理事会の中心メンバー的な奥様にご説明しようとしたら、

奥様は旦那さんの愚痴を生成AIを使って高度に仕上げていて忙しいみたいでやめた。

奥様はリケジョなので、旦那さんが「あれもしない、これもしない、しないことばっかで草生えるわ」と言いながらも、その草の成分でかなり儲けたらしい。

とにかく今日も僕は仕事を無事に終え、辞令もなく帰宅。

寄り道せずに愛する妻の待つマンションへまっすぐに。

ピンポーン。ただいまー

玄関まで妻が出迎えてくれる。そして猫も足元に擦り寄ってきてとても癒される。

妻も働いているけど帰りは僕より少し早い。

「あなた、おかえりなさい、お風呂にする?ご飯にする、それとも」

そう言って妻はカンフーの構えになった。

言い忘れていたが彼女の先祖はカンフーの達人で流派は鷹爪型派なんだそうだ。

実は僕の先祖もカンフー系で蛇拳派だったらしい。

どっちも大昔のことだし、何も受け継いではいないはずだけど、ときどき、ちょっと……。

鷹爪派と蛇拳派は100年の争いの歴史があり、僕らの結婚はその歴史に終止符を打つものだなんて冗談を言ったりしていた。

でも血は争えないもので、やっぱり細かいことでちょこちょこ競い合ってしまう。

きっと今夜もこれからその実例をお見せできると思う。

とにかく、僕は会社でいろいろあったので疲れていてとても拳法どころではないから「とりあえずお風呂にするよ」と答える。

するとベランダの方から音がした。

洗濯物が届くお知らせのようだ。

この頃は洗濯物はドローン化されていて、その時もっとも乾きやすい気候のところまで飛んで行ってくれて、乾いたら帰ってきてくれる。

それをベランダから捕まえないといけない。

はい、ここで、入りましたー!カンフースイッチ。

ベランダで妻は鷹爪拳、僕は蛇拳でそれぞれ空中の洗濯物をタァー、タァー言いながら取り込む。

あなた?とか言いながら物干し竿でワチャーと牽制したりしてくる妻。

油断ならない。たかが家事でも、互いの流派の誇りをかけた戦いなのだ。

今夜もその流れでトレペや電球などの消耗品の交換、トイレ、浴槽の掃除までを競い合いながらながらこなしていく。

ビュン  ビュン(カンフー映画の風切り効果音1)

バサッ  バサッ(カンフー映画の風切り効果音2)


専門家によると、共働き夫婦にとって家事を可視化して分担することは大事なことなんだそうだ。

その意味で、カンフーはとても可視化されてる。

戦うという家事の分担方法をまだどこも紹介してないはずだ。

妻はやり手なので僕が足をつくとこを先読みして雑巾を滑り込ませてくる。

トイレの中も浴槽の中も宙返りしまくりながら空中で交錯して洗う。

僕は蛇拳なのでシャワーを操る。妻がスポンジで鷹爪擦りする。

さながらここは浴室という名の道場だ。

いったん停戦。

夜ご飯。フードデリバリーを頼む。

フードデリバリーも空中回転寿司方式で空中をいろんな種類の食べ物が漂っているのを専用の捕虫網みたいなので獲るシステムが今の主流。

「ピザきたわ、タァー」

「マックのドローンセットだ、うりゃー」

僕らは蝶のように舞ってカンフー捕りができるので道具はいらない。

テーブルまで持ち帰って、食べる。

こちそうさまでしたー。

さあ、あと片付けだ。

キッチン。

皿と言えば蛇拳、蛇拳と言えば皿だ。僕がくねくね体のあらゆる場所に乗せる皿を妻は奪うことはできない。

しかしキッチン周りでは妻は酔拳の使い手になるので要注意だ。カマキリ拳も織り交ぜてきた。

アリャー

タァー タァー

皿を洗ってんだか、お互いを洗ってんだからわからない様相を呈してきた。

そんな僕らを猫が首を傾げながら見上げている。

やはり妻の酔拳は強い。劣勢。

やばい、このままでは負ける。

僕はとっさに猫の動きからヒントを得て猫拳を習得した。

ニャチャー ニャチャー!

なんとか五分にもっていけた。

その後もテレビのチャンネル権の取り合いでチャンネル拳をだしてみたり、猫拳で甘えてみたりと、夫婦で盛り上がって過ごした。

ある調査によると、冷めきった夫婦というのは1日に10分もコミュニケーションがないんだそうだ。

カンフーはコミュニケーションになるんだろうか。

とにかく僕らはお互いに尊重しあっているし、愛し合ってる。

時間が来てベッドへ。

「おやすみ」

「おやすみ、うふふ」

ちなみに僕ら夫婦の夜の営みにはいかなる流派もない。

電気を消す。

暗くなったそのとたん、何かが僕らに飛びかかってきた。

ニャーー!!

そうなのだ、ここからは飼い猫による本家本元の猫拳の出番なのだ。









                     終劇





※本作品はジャッキー・チェンのカンフーアクション傑作『蛇拳』を完全に参考にしています。

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