【ショートショート】手紙を届ける本棚
1人暮らしの新生活を始めてから1ヶ月が過ぎたこの頃、不思議なことが起こった。
SNSに本の感想を投稿しようと思いつつ、急ぎの別件を先に済ますために、メモ書きの感想を本に挟み本棚に戻しておいたところ、翌日メモを見返した際に、私が書いたメモの下部に見覚えのない文字が並んでいたのだ。
明らかに私とは筆跡が違う。
とは言え、1人暮らしである私以外に誰がこれを書いたというのだろう。
室内は全て鍵がかかっていて荒らされた形跡もない。
合鍵を持つ不動産会社が私に無断で入室したとは考えにくい。
気づかない内に鍵を盗まれた上で返され、合鍵を作った者が密かに侵入したのだろうか。
それとも、私が眠っている間に憑依した霊が私を操って書いたとか?
私が不安でドキドキしながら、読みにくい走り書きの文字を解読するように読んでみると、「そのような意図で書いたわけではない。読解が表面的で浅い。」と記されていた。
これは……感想に対する作者からの返事!?
作者は既に故人となって久しい。この言葉が作者からだとすると、作者の霊に憑依された私が書いたということだろうか。
念のため室内防犯カメラを購入し、設置して同じことをしてみた。
つまり、「ではどのような意図で書いたのですか?」と書いた紙を再びその本に挟み、本棚に戻しておいたのだ。
しかし、防犯カメラの映像には特に怪しいものはなく、返事らしき追加文字もなかった。
次の策として、私は同じ作者の別の本を読み、紙に感想を書いて本に挟み、その日は机の上に置いておいた。
翌日、特に変化はなかった。
改めて本を本棚に戻しておいた翌日、今度は変化があった。
私が書いた感想の下に、「そんなふうに受け取られるとは思っていなかったが、そんな味わい方も面白い。新たな発見は作者冥利に尽きる。」とあったのだ。
私は慌てて防犯カメラの映像を確認したが、特に怪しいものは映っていなかった。
つまりこういうことだ。
誰かが部屋に侵入したわけではない。
霊に憑依された私の行動でもない。
本を本棚に戻した後、感想に対して反応がある。
反応は1冊につき1度きりで、2度目はない。
反応しているのは作者らしい。
……本当だろうか?
私は次々に色々な本を試してみた。
その結果、また新たなことが判明した。
作者が亡くなっていない場合、反応はない。
作者が亡くなっていても外国人の場合、反応はあるが外国語で記され、解読が難しい。
これらの現象の原因は、本棚にあると思われた。
反応を得るには、一度本を本棚に戻すという行為が必要だからだ。
この本棚は、この部屋に転居して以降、商店街の古物商で見かけた物だ。
洒落た作りで、当時まだダンボール箱に入れたままだった書物が並んだところを想像するだけでワクワクし、運命的な巡り会いを感じた。
手頃な価格なのも気に入って、購入し配送してもらったのだ。
古物商に電話をかけ、それとなく尋ねてみたが、特に情報は得られなかった。
「何かお困りでしょうか?」と尋ねられ、私はクレームではない旨を伝えて電話を切った。
そもそも困っているわけではない。
ただ、どうしてこのような現象が起こるのかは解明できない、ということだ。
感想へ返事をくれるのは作者らしいが、サインはないので証明にはならない。
サインがあっても、サインを真似ただけの悪戯と思う人はいるだろう。
つまり、他人に話しても信じてもらうのは難しいということだ。
私は、これらの出来事を私だけの秘密にすることにした。
時に癖の強い小難しい返事が来ることもある。感想に対してダメ出しをされることもある。
それでも、既に故人である本の作者と、感想について語り合う形で手紙のやりとりができるのは、稀有で貴重な体験だ。
時に小説の背景を垣間見たり、作者の意外な面を知って親しみを感じるなど、ちょっとした楽しみを味わいながら、私は人生が豊かになって行くのを感じている。
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