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趣味の効用について考える~書道展に出品して~

「賞をとっていましたよ」。東京都美術館の展示室前で友人と再会した。
「上手く書けていましたからね」。書道の師でもある彼女からこう言われ、耳を疑う。

書道展に出品した。貞香会が主催する年に一度の総合書展。受付でもらった出品目録の、半紙部、一般部入賞者、「特選」の欄に自分の名前がある。賞など皆目期待していなかったので、棚から牡丹餅が落ち、瓢箪から駒が飛び出た瞬間だった。

昨年5月、友人が地元の十条で、念願の書道教室を始めた。彼女のチャレンジに感化され、月に1度、十条に通っている。書道なんて、高校以来。道具はとっくに断捨離していたので、稽古には手ぶらで通わせてもらった。始めてみると、ことのほか楽しかった。半紙に向かって正座をし、背筋を伸ばして筆を執る。たっぷり墨を含ませ、硯の縁で墨を切る。息を止め、静かに筆を下ろす。とめ、はね、はらい。一画一画、意識を集中させる。書き終えて、息を吐く。没頭している時間は、雑念のないマインドフルネス状態になる。リラックスと癒しが得られ、至福の時間となった。

「来年初めに開かれる書道展にみんなで出品しませんか」。この提案は良いモチベーションになる、とすぐに決まった。9月から、3回の稽古で作品を仕上げ、11月に提出する。自分の作品が東京都美術館に展示される。想像しただけでワクワクしてきた。

「何を書くか、考えてきてください」と言われ、「慈悲」にした。書体は楷書。「慈」の糸の部分に苦戦した。くの字は2画に分けて書いていく。ちょっとした角度や長さで、バランスが崩れる。コツをつかむまで、繰り返し練習した。

「自宅では、筆ペンでいいので、練習しておいてくださいね」。そう言われて何度か筆を握る。だが、次第に物足りなさを感じるようになり、練習用の道具をそろえることにした。西友の文具売場で一番高い、2,000円の筆を買うが、失敗だった。毛が硬く、筆運びが重い。おまけに、毛先が割れる。包丁なら研げば直るが、筆の場合、そうはいかない。安い筆は使えない。違いを知って、悲しくなった。

「これ、使ってみて」と筆を渡される。「8,000円のだから、書きやすいと思うよ」。たしかに。柔らかいけれどコシがあり、滑らかに筆が運べて気持ちがよい。素人でもわかるほどの違いに、「さすが8,000円」と唸るしかなかった。書は一発勝負。頼るべきは、筆と腕のみ。弘法なら筆を選ばないのかもしれないが、「素人は筆を選ぶ」。これは、高い筆と安い筆を比べて出した結論である。「特選」をもらえたのは、間違いなくこの筆のおかげである。

書展の会期は1月20日から一週間。2日目に訪れると、会場の一角では授賞式の準備がされている。式が始まる前に、自分たちの作品を見ておくことに。入口付近にある大作を横目に見ながら、広い展示室を足早に移動する。半紙の部は、出口近くの壁一面に展示されていた。縦6段。展示用のビニルケースに入れられた半紙が部屋の端まで吊り下げられている。教えてもらわなければ、自分の作品がどこにあるのか見つけられなかった。

友人が作品解説をしてくれた。ポイントは、白と黒のバランス。線が詰まり、白い空間がつぶれ、真っ黒になるのは良くない。大きく、太く、堂々と書いたほうが目を引くと言う。「書道展に出す」という目標を達成しただけで十分だったのに、特選をもらった。まさか、でも嬉しい。自作の前で、想定外の喜びに浸った。

授賞式が始まった。式の冒頭、貞香会会長の赤平泰処氏が挨拶をする。「長く続けなければうまくなりません。たくさん書くのが上達の秘訣です。あの人が10枚書いたのなら、わたしは11枚、というように。継続は力になります。精進して、ぜひ来年もよい作品を出してください」。やさしい語り口のメッセージが心に染みた。

月に一度の書道教室は、趣味の効用について、改めて考える機会となった。非日常体験は、心身に刺激となる。マインドフルネスな状態は、癒しになる。小さな目標達成で、自己効力感が増す。そして仲間とのコミュニケーションもある。どれも不要不急なものかもしれないが、やはり生きる上で大切なものだと思う。そして同様の効果効用は、書道以外の趣味からでも得ることができる。人生100年時代。彩り豊かな人生を送るためにも、いろいろな経験を積み重ねていこうと思う。

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