本当に売りたい「余白」の書

「ジュンク堂書店・新宿店の伝説」をご存じですか?

同店舗は「新宿三越アルコット」の6~8階で営業していました。館の営業終了に伴い、2012年3月末で惜しまれつつ閉店。その際に開催された「本音を言えば、この本を売りたかった!!」フェアが話題になったのです。

「もはや、しがらみも、たてまえもいらない。売りたい本があるだけです」

このPOPが泣かせます。実際フェアの多くは版元や本部主導ですから(私も自分発でフェアをやったのは二回だけ)。書店員の日常業務は膨大にあり、やるべきことを勤務時間内にこなすだけでギリギリ。フェアの企画どころか、好きな本を選び抜いて注文する暇すらほとんどないのが現状です。

最後の最後にやっと「書店員」らしい仕事ができた。そんな心の声が聞こえてくる品揃えでした。大規模書店や出版業界のあり方に対する強烈なアンチテーゼを含んだ試みだった気がします。

数年前、当時の職場が閉店する際に「本当はこんな本を売りたかった!!」フェアを実施しました。もちろん↑のパクリ。「全従業員がオールジャンルから好きな本を一冊選び、POPを付けて入り口横のフェア台に展開する」という趣旨でした。

こういうときに選ばれるのは、なぜか概ね小説かコミックです。なので私はあえて絵本にしました。↓です。

いま振り返ると、いわゆる「SDGs」的なメッセージを発信したかったのかな? あの頃はジャミロクワイをよく聴いていたし。ありがたいことにフェア内で最も売れました。閉店間近なのに追加注文をかけたほどです。

もしいま再び「本当はこの本を~」フェアをやるとしたら何を選ぶか? 普段は担当外で注文できない児童書や文芸書、実用書、文庫、新書などのジャンルから一冊。なかなか難しいです。絶版だと注文できないし。

悩んだ末に決めました。↓です。

すでに文庫版も出ています。広めの書店なら大概置いているでしょう。でも違うんです。本書はぜひ単行本で味わっていただきたい。

理由のひとつめは装丁です。

表紙の色を文庫版のそれと見比べてください。どちらに「絶望名人カフカ」の要素を強く感じますか? 「生きることは、ただ脇道にそれていくことだ」「ぼくは人生に必要な能力をなにひとつ備えておらず、ただ人間的な弱みしか持っていない」と言い切ってしまう彼の切実な心の声を。

理由のふたつめはサイズ。

やりたくもない仕事で神経をすり減らし、それでも大好きな執筆を続けて身体を壊し、無名のまま40歳でこの世を去ったカフカ。愛する女性との婚約を二度も破棄し、不眠症及び父親との関係に苦しんだカフカ。そんな彼が魂の底から絞り出した弱々しい言葉の羅列を読み飛ばさず、じっくり受け止めるには大きな単行本こそふさわしいと思うのです。なぜなら「余白」が広いから。一見紙の浪費と映るこういう後ろ向きで非生産的な本も我々には必要だから。

マイペースで読み進めてください。読破できなくても大丈夫。きっと小さな希望の光が胸の奥深くに灯るはず。

カフカもまた我々の味方です。無用の用。「余白」はムダじゃありません。本書との出会いがいまこの瞬間を生きる力を後押ししてくれたら嬉しいです。ぜひ。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,616件

#読書感想文

190,092件

作家として面白い本や文章を書くことでお返し致します。大切に使わせていただきます。感謝!!!