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ハードボイルド書店員が選ぶ「2023年の1冊」

昨年の年末にこんなnoteを書きました。

2022年の漢字は「戦(せん)」で、今年は「税」でした。

私は書店員なので、1年の世相を今年発売された1冊の本で表してみます。

最初に頭に浮かんだのは↓です。

ナチスの政策を個別に抜き出して「良いこと」の要素を見つけるのは難しくないかもしれない。しかしそれらがなされた目的と付随する諸状況にまで目を向けないと、適切な評価はできません。「100人いれば100通りの見方がある」という話ではなく、そもそもの大前提として歴史に学ぶのなら、まず史実を丁寧に調べ、時代背景なども多角的な視点から押さえないといけない。

一次史料ばかり収集しても関連する研究文献をきちんと読み込んでいなければ、研究者ですら思い違いを免れない。

検証ナチスは「良いこと」もしたのか? 8P


教科書的な見方やポリコレをキレイごとと断罪し、一見斬新に映る「ファスト教養」を真実と持ち上げる。そういった流れに対し、本書は確実に一石を投じました。その意味でも2023年を代表するにふさわしい一冊といえます。

ただ昨年も似たようなことを書いたのですが、本書はコンスタントに売れ続けているベストセラー。岩波ブックレットはページの割に内容が濃く、値段も1000円以下です。ゆえに書店員じゃなくても、多くの人が「今年を象徴する本」として連想するはず。

なので、愛書家の書店員じゃなければ気づきにくいであろう重厚な一冊を選んでみました。

こちらです。

舞台はポーランド。ホロコーストに纏わる体験を赤裸々に綴ったノンフィクションです。

ただ他の同趣旨の書籍と異なるのは、穏やかな少年時代のエピソードを多く描いている点。家族との思い出やバイオリンのレッスン、あるいは淡い恋愛など。平和そのものです。まるで戦争なんて起こるわけない、あるとしてもこことはべつのどこかの話さと著者が信じていたかのように。

しかし少しずつ不穏な気配が忍び寄り、やがて悲観論が現実と化し、いつしか取り返しの付かぬ地獄へ巻き込まれている。

「君に知ってほしいのさ、ヘノフ、私が長年君に警告してきたことを。たぶん君は信じなかったんだろうが、わが友よ、もう手遅れだ」

アントンが飛ばした鳩 97ページ「Gさん」

収容所の話は壮絶の一言。人は窮地へ追い込まれた際に本当の姿を現すといわれます。誰だって己がいちばん可愛い。秩序が失われた弱肉強食の非常時であればなおさらです(一方で、立場にかかわらず他者へ分け与えんとする人物が多く出てくるのも本書の特徴ですが)。

でも当時の極限状況で自分優先の振る舞いをした者がいたとして、現代の日本に生きる我々がそれを責められるのか? ナチスが間違っているとわかっていても逆らえば命はない。どうすればよかったのか?

戦争もホロコーストも現実にあったこと。いつでもまた身近になり得る。そんな事態を到来させぬために私たちにできることは何か? 平和を守るために軍を増強すべし、という声もあるでしょう。必ずしも否定できません。少なくとも私は警察がいなくても社会の安寧を保てると信じるほどの楽観主義者にはなれない。

しかし強い軍を持っていても、先の大戦のようにそれらの暴走を許せば平和は失われます。自国よりも同盟国の意向が優先される状況であっても同じです。主権者である国民が望んでいないルートを国が選ばされる。そんな理不尽な悲劇が容易に起こり得る。

ならば戦争をしない国を自らの手で作る。たとえば憲法改正。軍の存在を認めぬがゆえにちゃんとした規範を整えていない現状は却って危険です。憲法で自衛に特化した軍を持つと定め、なおかつ暴走を許さぬ厳格なルールを整備する。加えて当面は集団的自衛権を封印し、日米安保のあり方については改めて話し合う。こういった「立憲的改憲」も選択肢のひとつでしょう。

日本が「戦」を始める未来など絶対に来てほしくない。だからこそ本を読み、過去に学び、日々考える。その繰り返しです。

長くなりました。共に2024年を明るい1年にしていきましょう。よいお年を。

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