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せめて私は、それを大切にしたいんだ。

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自分が書いた詩や小説等を集めています。
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#小説

【短編小説】金木犀

適当に座っていいよと言われて腰をおろしてから、周りに知った顔がひとつもないことに気がついた。何人かできた友人は、どこか違う列に座ったらしく見当たらない。 先輩に促されるまま適当に頼んだアルコールが運ばれてくる。暑いがジャケットを脱ぐ勇気もない。 知らない先輩を挟んで、一つ飛ばした左隣で、よく通る声が笑いを生む。自分とは程遠い社交性と、この顔に必死に浮かべた(不格好だろう)笑みの苦しさを対比する。 グラスの中のアルコールを煽った。 顔赤いんじゃない? 向かいの名前も知らな

【短編小説】彼岸花

路肩に彼岸花が咲いていた。 バスに揺られながら、刈り取られた田と、ガードレールの脇に点々と群生する赤を眺める。窓ガラス越しの陽は暖かった。眩しくて目を閉じた、その瞼にも陽の光を感じる。 荷物を抱え直す。眠って回復したい。温かな日差しに、溶けて紛れたい。 全てを駄目にしてしまいたかった。全てを手遅れにして、諦めて、暗いところでひとり息をしたかった。 温かな日差しが、頬をじんわりと侵食する。それでも僕は、まだなくならない。輪郭はまだ、溶け切らない。 それが何故だか、少し残念

【短編小説】薄紅。

『薄紅。』 触れた手が冷たかったから、彼も雨のなか歩いてきたのだと思った。 * チケットを受け取って、美術館のゲートをくぐる。必修科目のレポート課題さえなければ一生来なかったかもしれない、しんとした空間。 さらさらと見て回って、レポートに活かせそうなところだけメモを取った。ペアの彼はどこだろうかと、ショーケースを覗く人の背後を順路の逆向きに辿る。 結局、彼はまだ2番目の部屋にいた。特別展の度に訪れているというだけあって、こういうのが好きなんだろうと思う。声を掛けて急かすの

【短編小説】ゆめをみない。

ガラス瓶の中で揺れる、飲みかけのアルコールを支えにしている。怠惰な生活の鱗片を象徴するような水面の揺らぎ。それをひとり煽るのが慰めだった。 こうなるはずじゃなかった、と思う。こうなるはずじゃなかったから、こうなった自分なんてもう、どうでもいい。こうなった自分の行先に何があってもそれは仕方ないことだという気がする。 日々の小さな慰めを頼りにして、このつまらない自分に湧き起こる感情は(恋でも欲求でも)何でもいいから大切にした。身を滅ぼすならそれも全部、こうなるはずじゃなかった世界

【短編小説】白昼夢。

『白昼夢。』 (最後に簡単な後書きがあります) ** 風に揺れる木々を見上げていると、どこか遠くへ連れ去ってほしい、と思う。私が歩いてきて、これから前進しなきゃいけないこの道ではなく、どこか遠くの、誰も知らない、草原か無人島の浜辺か、異世界でも何でもいいけれど、どこか遠くへ、と願ってしまう。 本当は、妄想にもならないような淡い現実逃避だとわかっている。だから、木漏れ日の落ちた幹を見上げて、少し肌寒い、その木陰の恩恵に与って少しのあいだ目を閉じる。 昔から妥協と諦めば

【小説】輪郭

2023年1月17日~ これは小説です。小説として読んでください。描きたいものを、ここに書きました。 (分量としては約10,000字です) *** それは一体何なんだろうね。 そういうことを、ぽつりと口にしてもいいような空気が、あの子との間にはあった。 あなたならどうする? そう問いかけて、白い窓辺のあの子の方を見る。穏やかな日の差し込む南向きの窓の、すぐそばに備え付けた一人掛けの丸椅子に、マグカップを抱えたあの子がそっと腰を下ろす。あの子は言葉を選ぶように、窓の

【短編小説】日々をはぐ

*注意 嫌がらせの描写があります。苦手な方はご注意ください。 * 日々をはぐ 片側一車線、住宅街の隙間を縫う渋滞回避の抜け道として比較的通行のある道から一本、住民しか使わない道に入ると一気に人気がなくなる。まして日暮れの早さを実感し始めた部活終わりの時間帯なんて、まだ通勤の車が帰り着く時間でもなく、窓もカーテンも閉め切った住宅のそばで、小学生がボール遊びをしているくらいだった。 一見、仲の良い中学生のグループ。部活帰り、流れ解散のように1人づつ抜けていく真面目なメンバ

【短編小説】生きろと息を吹きかけた

2022/11/22 12:51〜 *** 「おいおい、まだそんなぐだってんのかよ。」 バイトから帰ってきたあいつが呆れたように言う。 ミケたちがあいつを見上げていて、床に伸びた僕のことはもう障害物程度にしか認識していないみたいだった。 「…買い物、してくれたの。」 ビニール袋をがさごそして、あいつは肉やら野菜やらをテーブルに広げた。 「…じゃあ、後はよろしく。」 「…もしかして、後はやれって?」 これ貸しな、そう言ってあいつはこんな真冬にカップアイスの蓋を開け

【小説】見知らぬ地

2022年9月19日~2022年11月2日 (注意:とても長いので時間がある時にお読みください。読了目安時間は約20分です。) ***  見知らぬ地のような気がした。それが少しだけ寂しかった。 **  街の喧騒の頭上で、ホログラムスクリーンがニュースを伝えている。新たな構想発表の話題で、どこか皆浮足立っているような気がした。  ヴァーチャルリアリティ、VRと呼ばれる世界が普及し始めたVR元年以降、その世界は日々拡大してきた。ゲームに映画、買い物、旅行、ビジネス、授業

【短編小説】縫い目

部屋を引き払う準備をしていた。住み慣れた部屋ではあったけれど。 夏は暑く冬は寒さの厳しい、古いアパートの一階、西の角部屋。薄いカーテンの向こう、風を迎え入れる掃き出し窓の先には、庭とも呼べないほどの小さな空間。 荷物をまとめてみると、思ったより少ないのだった。がらんとした部屋に大きなボストンバッグがふたつ。残りのものは捨ててしまった。もともと、これほど長居する予定もない土地だった。 これから生活が変わるというのに大した感慨も実感もない、しんとした自分と少ない荷物。まるで

【短編小説】地球最後の日

――地球最後の日に花を植えるようなものだよ。―― 彼はその時そう言った、首にタオルを巻いた軍手姿で。 お隣が空いてからまだ一年くらいだけど、もうこんなに草が伸びてる。僕がここを引き払ったら、この小さな庭もすぐに荒れていくだろうね。 こんなボロアパートの一階なんて、この小さな庭がついてる以外に良いところなんて大してないのに、ここに住むような人は大抵庭の手入れなんてしないんだよ。 楽しそうに笑っているように見えた。少なくとも、その頃小学生の私の目には。 私が代わりにお水

【短編小説】結晶。

電車の中、終業直前に対応した人のことを思い出していた。最後に書類の一番下にサインをもらって。そういえば、ファーストネームがあの人と同じだった。書類をまとめる段になってやっと、そのことをふわっと思いだしたのだった。 ――すぐには気がつかなかった―― その事実に、何故だか少し動揺していた。忘れかけるほどの時間が経ったとは思えなかった。けれど確かに、あの頃の記憶が遠のいていた。あの人と出会わず平凡な日々を、今まで過ごしてきたかのような。 あなたと同じ名前にふれても記憶がザラつ

【短編小説】あひるのこ。

 僕は目が見えなかった。厳密には、右目は生まれた時から見えづらくて、でもそれでも、みんなとほとんど同じように生きていけていた。  だけどまだ小さい頃、兄弟たちと遊んでいたら、別の鳥の巣に近づいてしまったことに気がつかなくて。当然、僕の母さんより大きな体で攻撃されたら躱すことなんかできなくて、それで左目が見えなくなったんだ。  小さいうちはまだ、母さんがエサを運んできてくれた。兄弟たちは僕よりずっと早く、ひとりで食べ物を調達できたから、ひとり立ちできない僕はよくからかわれた

【短編小説】小さなことを除いてしまわなければ

高校時代に感じた「普通・平凡」に対する違和感についての備忘録noteです。 ↓高校時代に書いた小説(飛ばしても大丈夫です) *** そしてこの週末も 別に、たいした才能が無くたっていいじゃないか。と僕は思う。得意なことも無ければ、特別不得意なものもない。悲しくなるくらい才能がなくて、何をしてもダメ、という訳でもない。テストの点で講座分けがされるときは、大抵真ん中のクラス。たまに下がったり、上がったりするけど、次の講座分けで真ん中に戻ってくる。 昨日とたいして変わらな