【短編小説】小さなことを除いてしまわなければ

高校時代に感じた「普通・平凡」に対する違和感についての備忘録noteです。


↓高校時代に書いた小説(飛ばしても大丈夫です)

***

そしてこの週末も


別に、たいした才能が無くたっていいじゃないか。と僕は思う。得意なことも無ければ、特別不得意なものもない。悲しくなるくらい才能がなくて、何をしてもダメ、という訳でもない。テストの点で講座分けがされるときは、大抵真ん中のクラス。たまに下がったり、上がったりするけど、次の講座分けで真ん中に戻ってくる。


昨日とたいして変わらない一日を過ごしても、別にいいじゃないか。と僕は思う。昨日との差なんて、カレンダーが一枚めくられたことくらいしかないけど、それの何が悪いんだろう。


僕はほんのちょっと国語が得意だ。「ほんのちょっと」というのは、僕の中で「できないわけじゃない」ことを意味している。だけど成績自体は別に良いとは言えなくても、僕は多分国語が得意なんだろう。だって国語の成績が一番良いのだから。


本を読むのは好きだ。毎日はたいして変わらないけど、読んでいる本だけは毎日変わっていく。今日読んでいるのは、シリーズものの冒険ファンタジー。昨日は気まぐれでライトノベルを読んで、明日は有名なサスペンス作家の最新作を読むつもりでいる。


そんな風に、僕の毎日は過ぎていく。朝の味噌汁のキノコが、昨日はシメジで、今朝はエノキだったくらいの違いはある。だけどそんな些細なことを除けば、僕の今日は、昨日とたいして変わらない。



僕は混み合った車内から押し出されるように電車を降りた。改札を抜けるピ、ピという機械音と構内アナウンスが混ざったような駅独特の慌ただしさの中を歩いていく。僕はこの慌ただしさが嫌いではないのだけど、いつまでもここにいるわけにもいかず、結局前の人について階段を上る。構内に貼られた土産や化粧品のポスターがこの駅を縁取っていて、ここを使う人は駅の中であまり役割をもっていないみたいだと、そんな風に僕は思う。


一人駅を出て学校へ向かった。二つ角を曲がると、すぐ先に校舎は見えてくる。しばらく歩いていると、校門の前で女の子が立っているのが分かった。膝丈のスカートにブレザー、僕の学校の制服だ。


通学路はいつもよりはるかに静かで、ふと人気のない校舎を見上げた。いつもの習慣で学校に来たけれど、そう言えば土曜日の補習って来月からだったかもしれない。



どうしよっかな、


一足先に着いていたその女の子のため息が聞こえた。僕と同じように間違えて登校してしまったんだろう。ちらっと目が合って僕は反射的に目をそらした。


その子は鍵の閉まった校門に手をかけて校舎を見上げた。鍵をモチーフにしたキーホルダーが、女の子の紺色のリュックで揺れている。僕もまた校舎を見上げた。

休みの日に、部活もないのに学校に来てしまったことが今更のように恥ずかしくなって、僕はその場を離れようと彼女にちょこっと会釈をした。


「ちょっと待ってください」
振り返るとその子が僕の方を見ていた。
「名前だけ、教えてもらえませんか」
「どうして?」


僕はそう言ってから、ちょっと間抜けに見えたかもしれないと思った。
「別にたいした理由はないんですけど」


女の子はそう言って、重そうなリュックを背負い直した。何がそんなに入ってるんだろう。そう思ったけれど、口には出さなかった。


「ちなみに、そちらは」
僕が尋ねると、女の子はちょっと迷ってから口を開いた。
「ここの2年です」
「僕も、2年です」
「部活は何を」
女の子がまた僕に質問を投げかける。何だかぎこちないけど、これは友達になろう、とかそういうのだろうか。


「見ての通り、僕は運動部じゃないです」
嘘はついてない。帰宅部を運動部に分類する人はどこにもいないだろうから。
「私もです」
女の子はそう言って笑うと、ちょっと考えるような仕草をして少し可笑しそうにほほ笑んだ。

僕と目の前の子はいくつか共通点があると思う。休みの日に学校に来るくらい抜けていて、お茶を濁されても気付かないふりをする。
「それじゃあ、僕はこれで」
僕はそう言って、ちょっと不思議なその子と別れた。


その後も何度か同じ子と校門前で鉢合わせすることがあった。大抵は、休みなのに気付かず登校してしまったときだ。でもきっと今まで僕が認識していなかっただけで、すれ違ったことも沢山あるのだろうと思う。


今日は数学の居残り補習があって、学校は休みだけど僕にとっては登校日だった。僕は「ほんのちょっと」国語はできても数学は少し苦手だ。やっと補習から解放されて、冷房の効いた駅に入ると生き返るようだった。少し涼んでいたくて、僕は近くの柱にもたれて目の前の壁に貼ってあるポスターを眺めた。チョコレート専門店の、新作のチョコレートアイス。こんなに大きなポスターになるとどんなものでも美味しそうに見えるけど、これは実際に美味しいんだろう。

ふと辺りを見渡すと、僕の斜め後ろの柱に、同じようにあの女の子がもたれていた。目が合って、向こうがくすっと笑った。


「こんにちは」
そう言って彼女は僕からちょうど2メートルくらいのところで立ち止まる。今日はいつもと違って制服じゃなくて、白いふわっとしたスカートを履いている。


「あれが気になるの?」
女の子が、僕がさっき見ていたポスターを指さす。僕は頷いて答える。
「ああいうのは嫌いじゃない」


女の子はほんの少し考えてから僕に質問する。
「チョコレートはブラック派?」
僕はまた頷いた。
「じゃあコーヒーはストレート?」
僕はいや、と首を横に振った。僕はコーヒーが飲めない。
「君は」
「チョコよりココア派。でも強いていうならならモカ派」
僕は壁のポスターを見た。下の方に他の味のアイスが4種類くらい紹介されている。
「モカもあるらしいね」
「そうなんだ」
会話が途切れて、僕たちはまた、ただ並んで立っているだけの二人に戻る。


僕は気まぐれでその店に行ってみることにした。実際に行ったことはなかったけど、この駅の中にもあったはずだ。振り返ると、ちょうど女の子がこちらに歩いてくるところだった。


「行かないの?」
向こうがそう言うので、僕はまた歩きだした。場所はうろ覚えだったけれど迷うことなく店を見つけて、僕はそのアイスを持って店を出た。涼しい構内で真夏にアイス、っていうのはちょっと贅沢な感じがする。 


遅れて店から出てきた女の子も、手にアイスを持っている。
「何味だと思う?」
女の子が僕に問題を出す。
「ティラミス」
僕は少ししてそう答えた。
「どうして?」
女の子はそう言いながら自分のアイスを口に運んだ。
「ココアとモカを足して二で割ったら、そんな感じになるかなって」
僕の答えにその子が笑う。
「ティラミスはティラミスだけどね。でも正解」
女の子は何か思いついたみたいな顔をして、途端考え込んだかと思えば「わかった」と僕のアイスを指さした。
「ココア味、違う?」
「当たり」
僕は頷いて答えた。
女の子はやった、と言ってまた笑った。


「どうしてわかったの?」
僕は一応理由を訊いてみた。
「超能力じゃない?」
おどけたように彼女が言う。僕はまさか、と店の方を指さす。 
「僕の後に入ったなら、レジの表示くらい見えただろうけど」
「それを言ったら面白くないよ」
彼女はそう言って、また可笑しそうに笑った。


僕の一週間は、五・一・一に分かれる。平日と、半日補習のある土曜日と、日曜日。そのうち六日間は駅を使う。その間、いつもの駅は改札を抜ける場所でしかない。でも毎週日曜日、僕は駅に行く。目的地が駅で、待ち合わせ場所が駅で、僕たちはちゃんと駅の中に存在している。たまに隣の駅に遊びに行ったり、気まぐれで近くの店を見に行ったりするけど、次の週末にはまたここに戻ってくる。

先週とたいして変わらない一週間を過ごしても、別にいいじゃないか。と僕は思う。何故って、ほんとはその中身は先週と全く違うから。本を読む僕の生活も、駅も、そしてこの週末も。同じようでいて実は全然違う。僕はそれにほんの少し気が付いてきた。君ならそんなことすら、全部知っていそうだけど。

先週は黒い靴だった、でも今週は白いスニーカーだ、とかいうことを除いてしまわなければ、僕の毎日は、毎週末は、いつだって新しい。





高3のときに書いた三題噺を加筆修正(お題:チョコレート、黒、きのこ)





***


普通でいることに悩んでいた友達がいたんだ。それは主には学業面でのことだったけど、他にも人によっていろいろあると思う。

ある日、放課後の掃除で自転車小屋の掃き掃除をしていた時だった。班が同じ男の子と雑談をしていて勉強の話になった。僕はそういえばこの人の得意な科目を知らないなと思って尋ねたのだ。そうしたら、「いや、自分はそんな得意な科目なんてない」と言われてしまった。「じゃあ好きな科目は?」と聞くと「一応英語が一番点数いいし好きだけどでも全然susukiさんには敵わない」と。そのとき思ったんだ。いや、僕は別に学年1位取れそうな教科は何?とかって聞いたわけじゃないのにって。好きな教科というのは、自分がやってて一番楽しい/強いて言えばテスト勉強が苦じゃない教科という意味だったのに。


他の友達でも「人より優っている部分がない」ことを気にしている風な発言を耳にした。確かに気にしてしまうのはわかるけど、何か違うんじゃないか?
そう僕は思ってずっと違和感の原因を探していた。だって普通だとか自分は平均かそれ以下だってことで自信をなくしてしまっていたら、世の中の大抵の人は楽しく生きていけないじゃないか。だから、それは僕の価値観として“何か違う”のだと思った。平均値の人間だと思っているのも、毎日が平凡だと思うのもわかるけど、僕には少し違う風に見えている。それを言いたくて僕はこの小説を書いた。

本当はでこぼこの砂利道なのに、勝手に四捨五入して均してしまうのはもったいない。「ただし摩擦は0とする」という、高校物理で必ずと言っていいほど存在する最後の一文。「でも本当は摩擦がないわけがなくて、些細なものとして摩擦を無視してはいけない」。『彼女が好きなのはホモであって僕ではない』という小説に同じようなフレーズがある(『腐女子、うっかりゲイに告る』←ドラマタイトル)。

文芸部だったので、この小説も部員のみんなから感想をもらった。「男の子の考え方は全く変わらないのに女の子に会って(前向きに)見方が変わったのが面白い」と、顧問の先生や部員から言ってもらえたのがとても嬉しかった。僕が書きたかったのは、まさにそういうことだったんだ。今日も会い、来週も会う女の子の靴の色が何色だとか、みそ汁の具が何かなんてことを見逃してしまわなければ、僕の毎日はいつだって新しくて、きっと僕ら自身だって「平均値の人間だ」なんて悩む必要はないんじゃないかな。四捨五入して真っ平な世界を眺め歩くのは、僕にとっては少し寂しいことのように思える。

きっと僕は平凡でもいいと思っている。自分は平凡じゃなく優秀なやつだとある日突然納得することなんてできない。そもそも、そんなに偉い人なんかそうそういないし、自分が特別だと思うことが必ずしも正しいとは思わない。だから平凡でいいのだ。平凡だと退屈だとか何者でもないみたいな考え方に、あの時僕は反論したかったのだと思う。



最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。