【短編小説】あひるのこ。


 僕は目が見えなかった。厳密には、右目は生まれた時から見えづらくて、でもそれでも、みんなとほとんど同じように生きていけていた。

 だけどまだ小さい頃、兄弟たちと遊んでいたら、別の鳥の巣に近づいてしまったことに気がつかなくて。当然、僕の母さんより大きな体で攻撃されたら躱すことなんかできなくて、それで左目が見えなくなったんだ。

 小さいうちはまだ、母さんがエサを運んできてくれた。兄弟たちは僕よりずっと早く、ひとりで食べ物を調達できたから、ひとり立ちできない僕はよくからかわれたけれど。

 巣のある場所は斜面や足元のわるい場所が多くて、僕は兄弟たちの巣立ちと一緒に、ひとり旅に出ることにした。
 母さんのもとを離れて、自分が住みやすい場所を探し歩いた。
 それからずっと、静かな岸辺でひとり、草の芽や死にかけの虫を見つけて食べて生きている。

 友達はいない。僕の仲間の声が聞こえるときはそちらへ行ってみようとする。けれど、どうしても、僕の目じゃたどり着けない場所のようだった。それに毎日同じ道を往復する僕の生活を見れば、懐かしい兄弟たちに会っても笑われてしまうだろう。

 今日もまた日の出を感じて、いつもの草むらから出て水を飲んでいた。
 この時期は騒がしい、大きな白い鳥たちがこのあたりの水場を占領するから、早朝に水浴びを済ませるのが習慣だった。

 葦で囲まれた浅瀬――僕が見つけた秘密の場所――で羽を整えて、また開けた川岸に戻ったときだった。

 バサバサ、と伸びをする音がして、僕はびくりと首をすくませた。

 ご、ごめん!
 お、驚かせるつもりはなくて、、

 さっきの羽の音と同じ方向、僕の背よりも高いところから声がした。
 ぼんやり見える右目で探してみるけれど、まだ日が昇り切っていないこの時間じゃ、僕より大きいってことくらいしかわからなかった。

 い、いえ。大丈夫です。どうぞ、お構いなく。

 もう会うこともないだろうって、そう思っていたけれど、その人とは日の出前や夕暮れ時、ときどき顔を合わせるようになった。

 聞いてみたら、彼はあのうるさい(ゴ、ゴホン)、、しつれい。あの白い鳥たちとここに来たらしい。いい人たちだけど、どこか居心地が悪くて馴染みきれなくて(どうして馴染めないのかは聞かなかった)、だからこうして、ひとり水浴びに来るんだって。

 どうしてこんな小さな流れのところにくるのさ?
 君は僕よりも大きいからこんな浅瀬じゃ足りないだろうし、泥だらけになるだけだよ?

 別にそれでもいいんだよ。

 そう言って彼は少し寂しそうに笑った。そんな気がした。

 彼は僕のためにときどきお土産を持ってきてくれた。昆虫とか、そういう僕が普段食べられないようなもの。

 いいの?僕だけこんなに良くしてもらっちゃって。

 いいんだ、君の居場所を貸してもらっているんだもの。

 彼は控えめでいい奴だった。僕らは少しずつ、いろんな話をした。
 こんなに誰かと話すのは初めてだった。

 僕らはまるで兄弟だね。
 ね、とてもいいと思わない?

 僕はあるとき彼にそう言った。
 彼は黙りこんでしまってしばらく何にも言わなかった。

 ごめん。。

 彼の声はなぜだか少し湿っていた。

 どうして?どうして君は泣いているの?

 彼はずっと、涙を堪えているようだった。

 君に甘えてたんだ。僕はこんなで、でも君は、、、

 ――こんなに綺麗な羽をもっているのに――

 どうしたんだい?ねえ、泣かないでよ。
 僕の羽がどうしたって?君だって僕より大きくて立派な、遠くまで飛べる翼をもっているじゃないか。

 ごめん、ごめん。。

 彼はもう何も言わなかった。この葦の足元まで、陽が差し込んでもまだ静かに泣いていた。



 次の日から、もう彼は来なかった。僕はまた、ひとりで日々を過ごした。 暖かくなって、寒くなった。彼と出会ってから2回目の寒い時期が来た。
 ここ数日はいつもより寒さが厳しくて、僕は寝床に枯草をたくさん敷いた。
 朝、ふと目が覚めて外に出た。陽はもう昇りかけていた。辺り一面、真っ白なのが僕でもわかった。

 いつもの川岸、秘密の場所まで歩いた。
 冷たい水に体を震わせていると、大きな羽が空を切る音が近くにあった。


 そこにいるはずの、その人は何にも言わなかった。








 おかえり。待っていたよ。





 僕は右目で音のする方を、彼の方を見て言った。
 小さく羽の擦れる音がした。




 …ただいま。

 また僕と、仲良くしてくれる?




 彼は白い世界の中にひとり立っていた。
 ちょうど朝日が彼のいるところを照らし始めて、僕の目にも彼の姿がちゃんと映って見えた。

 ――もちろんだよ――

 僕は笑って彼のもとへ駆け寄った。










***




主人公は、一応キジをイメージしています(軽く生態を調べて対応させていますが、あくまで物語です)。キジにしたのはアヒルより馴染みがある鳥だという気がしたから。でももしアヒルだったら、ダジャレみたいになってしまうなって、あとで気がつきました。。まあ、それでもいいっちゃいいか、、、


みにくいアヒルの子。

絵本、童話、、そういうものって考えさせられるところがありますよね。
僕がこの童話を知ったのは5、6歳くらいだと思いますが、図書館の古本を無料配布しているイベントか何かで、絵本をもらったのを覚えています。挿絵が劇の一場面になっていて、白鳥も、この灰色の羽のアヒルの子も着ぐるみで。その写真のワンシーンだけを、よく覚えています。


noteで知り合ったゆっずうっずさんがこの童話をもとに詩を書かれていて。それを読んだとき、このアヒルの子にも別の結末があればいいのにと思いました。


みにくいと言われ続けたアヒルの子。。白鳥の美しい見た目になればすべてが解決するのか?


解決しなかった結末、、それをゆずゆさんが詩にされています。個人的な感覚としてですが、きっとその結末の方が現実味があります。でも僕はいわゆるハピエン厨?と言うのでしたっけ、、全てをハッピーエンドにしたい人です。

悲しいのも理不尽なのもどろどろなのも、そんなの現実だけでいいわ。



(ということで、和歌で言う「返歌」のような小説を書かせていただきました。ゆずゆさんがあの詩を公開しなければできなかったお話だと思います。また、こちらの小説の公開を快く許可してくださりありがとうございます。)




(ゆずゆさんの詩は現在非公開中です。。。)


最後まで読んでいただきありがとうございます。

暑くなってきたので、皆さま体調にはお気をつけください。


明日に明るい色がありますように。





最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。