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李白の【女性目線の漢詩】は、予想以上に女心の裏を読んでいた…。エモすぎる詩『春思』を深掘りします!

李白が登場した唐の時代は、
女性の黄金期!?


唐王朝は半世紀にわたって
女性により統治されました。
まさに唐の時代は、女性の黄金期!
「則天武后」は皇帝の愛人から皇后になり、
武周という国家の女帝に君臨します。

唐代の女性はシャーマン的な
強大な霊魂の持ち主として
社会的にも重要な地位にありました。

唐以前の秦や漢の時代は、女性が虐げられていた
という記録は少ないようです。
しかし税を納めるため
農作物や織物を生産するのは
女性が中心だったので、
やはり男性を「裏で支える」という役割でした。

唐以降は纏足や未亡人の殉死が増え、
「女性は貞節を守るもの」
という考えが社会規範となります。

時代によって変化する女性の心を、
李白はどう表現したのでしょうか?

李白が詠んだ【女性目線の漢詩】
『春思』の詩の一部を紹介しましょう。


あなたが家に帰りたいとお思いになる日は、私が腸を断つときです。

『春思』
君が帰るをおもうの日に当たりては
是れ しょうが断腸の時

離れると情が深くなる、
時間が経つほど心は動かなくなる。


都にいる妻が、遠征中の夫を想う歌です。
離れていれば「会いたい」と思うのが普通ですよね。

このような表現をしているのはおそらく、
離れているほど気持ちが大きくなり
何があっても揺るがなくなる為だと考えられます。

男性である李白が
この心情を表現していることが驚きですが、
この『春思』には
さらに深い意味が隠れていました。

『春思』全文を読みたい方は
以降もお付き合いください。
すごく艶めかしく、ドキッとする詩です。
私なりに詩の考察もしています。


李白:春思しゅんし

【白文】
燕草如碧丝,秦桑低绿枝。
当君怀归日,是妾断肠时。
春风不相识,何事入罗帏?

【書き下し文】
燕草えんそう 碧絲へきしの如く
秦桑しんそう 緑枝りょくし
君が帰るをおもうの日に当たりては
是れ しょうが断腸の時
春風しゅんぷう 相識あいしらず
何事ぞ 羅帷らいに入る

【日本語訳】
北国の燕国にも、
もう草が碧の糸のように芽吹いたでしょうか?
こちら長安の都あたりでは
桑の木がたわわに茂っています。

あなたが家に帰りたいとお思いになる日は
私が腸を断つときです。
だから、あなたはお帰りにならないで
見も知らぬ春風は
どうして私の窓掛けに入ってくるのでしょうか?

***

河北の地と長安の地は遠く隔たりがあり、
気候も異なるでしょう。
こちらではもう桑の樹の枝も垂れる春ですが、
北地の草はわずかに萌え始めた頃でしょうか?と
都にいる妻が、遠征中の夫を想う詩です。


「断腸の思い」は、日本でも時々耳にしますよね。
語源は、中国の南北朝時代の逸話集
『世説新語』にあります。

晋の桓温が蜀に向かおうと三峡を通ったとき、
部下が猿の子を捕らえた。
母親が岸づたいに啼きながら百里余りも追ってきて
船に飛び上がって死んだ。
その腹を裂いてみると、
腸がずたずたに断ち切れていた。
桓温は怒ってこの部下をしりぞけた。

『世説新語』黜免篇

***

「遠征中」とは、戦争へ行っているのでしょうか。
現代のようにリアルタイムで
安否を確認することもできず、
心配で夜も眠れないでしょう。

その中で「帰ってくる」のは
とても喜ばしいことのはずです。
どうしてはらわたが断ち切れるほど、
悲しいのでしょう?

以下の考察は、中国語から日本語に訳したあとで
私の主観を含んだ解釈です。

***

帰ってきてほしいけど、帰ってきてほしくない。この女心を描く李白。

あくまで私の推測ですが、
今、多くの女性が想像している
「亭主元気で留守がいい」
とはニュアンスが違うと思います。

あなたが遠く離れた場所にいる。
会えない時間はずっとあなたのことを想う。
その気持ちはどんどん膨らむ。

あなたが帰ってきてしまったら、
あなたへの気持ちは薄れてしまうかもしれない。

かといって、
ずっとあなたが帰って来なかったら
私はあなたのことを忘れてしまうかもしれない。

「帰ってきてほしいけど、帰ってきてほしくない。」

ずっと、あなたを好きでいたいから。


また中国には、このようなことわざがあります。

「多情を見ると嫌になりやすいが、少情を見ると変わりやすい。」

见多情易厌、见少情易变。

長い間一緒にいると飽きやすい。
しかし、
離れている時間が長くても心変わりしやすい。
という意味です。

末の句は、こんな一節で締められています。

見も知らぬ春風は
どうして私の窓掛けに入ってくるのでしょうか?

春風しゅんぷう 相識あいしらず
何事ぞ 羅帷らいに入る


あなたが早く帰って来ないのなら、
見知らぬ人が私の心に入ってきてしまいますよ。
と言っているように聞こえませんか?

李白の『春思』は短い詩でありながら、
【信念があるのに壊れやすく、とても脆い】
女性の気持ちを表現する、奥深い詩だと感じました。

「詩仙」と呼ばれる李白。
「仙人」にはどんな人の気持ちも、
手に取るようにわかってしまうのでしょうか?
何もかも見透かしてしまいそうな凄みと、
おそろしさを感じてしまいます。


みなさんは、この李白の『春思』に
どのような感情を持ちましたか?


参考書籍
中华书局经典教育研究中心:唐诗三百首诵读本(插图版) (Chinese Edition)


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