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船が波に もて遊ばれるように【人生は意のままにならず】韋応物の漢詩をフカヨミします!


思い通りにならないのが、人生。

「こんなはずじゃなかったのに」
と思ったことはありますか?
私は何度もあります。

例えば仕事。
私は体調不良が続き、
好きだったアパレルの仕事を辞めました。
店長だった時代には、
突然休んだ後輩の穴を埋めるため
「休日出勤」なんてことも普通。

常に後輩のお手本となるよう、
体調管理だけはしっかりと行ってきたはずなのに
そんな私が体調を崩して退社なんて
当時の後輩たちに合わせる顔がありません。


しかしこの世には、
自分がどんなに努力しても
どうにもならないことが存在します。
自分を責めても解決しないことです。

1300年前の中国・唐の時代から
その概念は存在していました。
今回紹介する漢詩は、
大切な人との別れを描いた内容です。

現代ではピンとこないかもしれませんが、
SNSやスマホが無い時代、
「別れ」は「二度と会えない」ことを
意味していました。

漢詩の原文と日本語訳、
私なりの解釈を紹介していますので、
よければお付き合いください。


韋応物いおうぶつ:初めて揚子を発して元大校書こうしょに寄す

初发扬子寄元大校书
韦应物

凄凄去亲爱,泛泛入烟雾。
归棹洛阳人,残钟广陵树。
今朝此为别,何处还相遇?
世事波上舟,沿洄安得住。


【書き下し文】
初めて揚子を発して元大校書に寄す

悽悽せいせいとして親愛を去り
泛泛へんぺんとして烟霧えんむ

帰棹きとう 洛陽の人
残鐘ざんしょう 広陵のじゅ

今朝こんちょう 此の別れを
何処いずくにか またわん

世事せいじ 波上はじょうの舟
沿洄えんかい いずくんぞとどまるを得む


【日本語訳】

わびしくも友と別れ
たちまよう朝霧の中

洛陽に帰るわが舟
広陵に残る鐘の音

けさ別れ
何処いずくにか遇わむ

世のことは波間の舟の
定めなや流れのままに


【解説】

校書は官名のことで、複数の書物を比較し、
正確な原文を研究する役職です。
元は性で、大は俳行を表します。
俳行とは、兄弟の長幼順を名前代わりに使うものです。

中国の歴史ドラマで、一番上のお兄さんのことを
大哥Dàgē」と呼んでいるのを聴いたことがあるでしょうか?
それらが俳行です。ちなみに次男は「二哥Èrgē」以下「三・四…」と続きます。

作者の韋応物は広陵の役人でした。
洛陽に帰ることになり、
元校書に寄せた詩といわれています。

タイトルの冒頭「初发」は、
出発して間もなくという意味です。
なので、タイトル全文をまとめると
揚子江を出発して間もなく、元大校書を想いうたを贈るという意訳になります。

悽悽」は悲しみ、
親愛」は元大校書を指します。

また「泛泛」は水に浮かぶ様子、
烟霧」は波の上のもやを表すことから、
韋応物は心の底から元大校書との別れを悲しみ、
ただ波の流れるまま、心に霧のような「もや」を
抱え、別れの日を迎えたのだと理解できます。

归棹洛阳人
(洛陽に帰る人)は韋応物自身のことで
「残钟广陵树」
(広陵に残る樹)は広陵に残る元大校書のことを
比喩しています。

今朝此为别,何处还相遇?
今朝別れた元大校書と、
また会うことはできるのだろうか?

世事波上舟,沿洄安得住。
句末のこの2句は、
世のことは波上の舟が波にもてあそばれるように、
人間の意のままにはならないこと
を意味します。


現代のように便利な連絡手段がなかった
中国・唐の時代。
今生の別れになるかもしれない悲しみ。
波の上の霧は、もしかしたら悲しみで目が潤んだ
韋応物の涙だったのかもしれません。


これからを考え、希望を持つ。

韋応物は大切な人との別れがありました。
そして
私は好きな仕事を辞めてしまいました。
この事実は変えることができませんが、
これからの人生は、まだ誰にもわかりません。

仕事を辞めたことで、失ったことも多いです。
しかし得たものもまた多くあります。

漢詩を学び始めたのは、
仕事を辞めてからのことなので
「仕事を辞めたからこそ、
 韋応物の詩と出逢うことができた」

と言っても過言ではありません。


***


少し話が逸れるかもしれませんが
離れて暮らしていた夫と、
最近から同居をはじめたことで
私の生活の質が上がりはじめています。

この記事は、
夫が掃除機をかけている横で書いています。
今まで
「noteを書いている間に部屋が綺麗になっている」
なんてことはありませんでした。
非常に感謝しております。

また
苦行だった料理を「楽しい」と思えるようになったことなど、メリットを随所に感じています。
自己肯定感も上がってきました。

会社を辞め、負の連鎖が始まると思いきや
仕事をしていた時よりも、幸福度は増しています。


***


失ってしまったことを
いつまでも嘆くより、
これからどう生きていくかを考えること。

それが、
【船が波にもて遊ばれるように、人生は意のままにならず】
に対処するひとつの方法なのだと
韋応物の詩を通して気づくことができました。


あなたは、自分の力では
どうにもできないことに直面したとき、
どのように考え、どのように行動しているでしょうか?



参考書籍
中华书局经典教育研究中心:唐诗三百首诵读本(插图版) (Chinese Edition)


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漢詩に興味を持ってくださった方は
ぜひこちらも覗いてみてください。

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