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【収穫の秋編(兼読書の秋)】不可能を可能にした自然栽培と「奇跡のリンゴ」

散歩道に、半ば廃墟となった邸宅があります

住んでいた人たちは、夜逃げをしたといううわさがありました。

この数年、柵ごしに見える広々とした庭には、雑草が生い茂り、ジャングルのようになっています。

それでも、この時期になると、ダリヤなどの球根系の花がカラフルに咲き誇っています。

花屋さんで見るよりも、ひとまわりは大きい花々なんだよね。

球根は、一年ごとに植え替えねばならないと教わった記憶があるのですが、手入れする人などいないにもかかわらず、毎年すくすく育っています。

目にするたび、たくましさにあきれつつ、励まされる感じがして、自然の偉大さを感じています。

鬱蒼とした廃墟と結びつけるのは見当違いかもしれませんが、リンゴ栽培に雑草はプラスになると語るのは、「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則さん。

農薬なしに栽培は不可能といわれてきたリンゴの世界に、革命を起した人物です。

このリンゴは切り口が酸化して茶色くなることがありません。

食べずに置いていても腐らずに発酵します。

日本の農薬使用量は、世界トップクラスです。

なかでもリンゴは農薬なしで育てることは不可能と言われていました。

「雑草を丁寧に取っていると、土が固まってしまいます。土をつくるためには草をぼうぼうにしてください」と木村さんは、これからのリンゴ栽培の後継者に向けて書いています。

「リンゴが教えてくれたこと」(日経プレミアシリーズ)木村秋則(著)

木村さんの取り組んでいる自然栽培は無農薬・無肥料・無堆肥で、山や森などの自然の環境を農地に再現し作物の自然の力を引き出すことで元気な作物を育てる栽培です。

自然栽培は、有機肥料も施さないので有機農法ではありません。

その点では福岡正信氏の自然農法と似ています。

【参考記事】

無農薬、無化学肥料のリンゴ栽培で一躍時の人となった木村さんだが、もともと青森のリンゴ農家を継いだ当初は、まわりとなんら変わらず、ふつうに農薬を使っていたそうです。

転換のきっかけは、家族が健康を害したことでした。

大量の農薬を使わねばならない農法に疑問を抱いた木村さんは、以後、農薬の量をすこしずつ減らしていったそうです。

年に13回だった散布を6回に、翌年は、3回にと様子をみる。

農薬散布の回数を減らしても収穫できた。

これならいけると自然栽培に踏み切ったのは1978年。

しかし、自然栽培に切り替えてからの数年は、一個のリンゴも実をつけることがなかったそうです。

それでも木村さんは、2~3年もすれば軌道に乗ると考えていたらしいが、楽観的な読みは外れ、無収穫の年が延々と続くこととなる。

害虫がたかり、葉は病気にかかり、バサッバサッと落ちる。

はじめは同情的だった近隣の農家の目も、きびしくなる。

やがて回覧板は素通りし、友人さえよりつかない。

村八分の状態となる。

「こんなバカなことはしていられない。やめよう、やめよう」

そう思いながら、翌年になるとまた自然栽培にとりかかっていたと木村さんは述懐しています。

先が見えないから、退くことも進むこともままならない。

たいてのひとなら、途中で挫折していたのではないでしょうか。

しかし、木村さんは違っていました。

読者は、なにがどう違っているのかを知らされることになります。

自然栽培は、農薬散布などに時間をとられないぶん、時間がありあまってしまいます。

なにをしていたかというと、「じっと畑を見ていました」そうです。

例えば、木村さんは、一日中「一匹のテントウムシが何匹のアブラムシを食べるのか?」を観察していました。

あるときは、忙しなく葉っぱを食べる虫に目をとめ、「いつどこで呼吸をしているのか」を知ろうと眺めていたそうです。

「休まず食べる虫のわきの下辺りが動いています。どうもそこで呼吸をしているようだ。前足のところをつかんだら死にました」

「腹の真ん中辺りは(引用者註:つかんでも)、虫を置くとまた元気に動きます。それで、人間の言う肩の辺りに口があるのがわかりました。気口でした。虫眼鏡でそれを確認しました」

木村さんの観察で、何万匹もの虫が犠牲になったといいます。

その数だけでも、なみの根気ではありません。

虫が呼吸する口を発見した木村さんは、ものは試しと、農薬の水滴を垂らしてみたそうです。

すると、虫は口を閉め、呼吸をしないようにしている。

農薬を散布した隣の畑を見にいくと、虫たちは体を縮めていた。

これで死んだと思っていたのは人間だけで、虫たちは生き残っていたとは驚きです。

虫の習性を観察しながら木村さんは、農薬に代わるものとして、使い古しのてんぷら油を石鹸に混ぜたものを散布するのがいいというのを発見しました。

もちろん、ここに行き着くまでに何度もやっては失敗しを繰り返します。

下草を刈らない、草ぼうぼうの畑にするという着想を得たのは、自殺しようとして踏み入った山の中でのことだったそうです。

そこで自生するドングリの実を見て、木村さんは、肥料もなしにどうして実をつけるのかと土を掘り返しはじめました。

思い立ったら観察の人。

下草によって、土の温度が高くならないことを発見。

リンゴ畑で試しみると、土中は、猛暑の中も24度以下にたもたれていました。

雑草は、湿気も保持するため、夏場の水やりも必要なくなります。

どれもが、従来のリンゴ栽培の常識から外れた、異端なやり方です。

しかし、観察とデータによって、木村さんは自然栽培への自信を深めていくことに繋がっていきます。

ようやく、リンゴの木に白い花が咲いたのは、自然栽培に切り替えてから実に11年を経てのこと。

木村さんは11年間、リンゴを栽培しながら、無収入だったことになるので、その忍耐強さに脱帽です。

その間、自給のために野菜や米もつくっていたものの、借金はかさみ、税金が払えず家財や畑を差し押さえられたそうです。

出稼ぎに出て、ゴミバコをあさったこともあったとか。

なんとも壮絶な日々が綴られていて、人は、自分の思いにここまで真摯に立ち向かえることに畏敬の念しかありません。

しかし、不思議となごめるのは、虫をただただ観察する場面のユーモラスさがあるからなんだろうね。

草ぼうぼうにしたリンゴ畑で、ひとり、じっと虫の動きを見つめる木村さんの姿は、周囲の目にはどんなふうに映ったのだろうか。

バカだと笑うひとはすくなくなかったにちがいない。

「ああなるほど」と、著者の発見したリンゴ栽培法を真似るひとは、少なからずでてきています。

木村さんも、11年かけて掴んだ栽培法を惜しげもなく伝えようとしているからです。

できることなら、だれにでもやれるようにマニュアル化したいとも仰っていました。

ここに書かれているひとつひとつの発見は、行列ができるラーメン店にたとえるなら、極秘のスープのレシピにあたります。

ヒット商品が出ると、そっくりな商品が出回るように、奇跡のリンゴの類似品があふれる日もちかいかもしれませんね。

でも、木村さんは、世界でたったひとり。

木村さんをこえるひとは出てこないだろうと感じました。

なんせ、たいていのひとなら、あせってほかのことに気をとられてしまうだろうに、することもないからと、一日虫の行動を追いかけてみたりつまんでみたりなんてことを平然とやってのけるひとだからです。

本書の面白さは、読者を圧倒する、木村さんの変人ぶりにあります。

そして、疑うことなく、与えられたままに、いろんなことを信じ込んでしまっている常識を見直すきっかけになります。

ことは、リンゴ栽培に限らないと、そう感じます。

ところで、「一匹のテントウムシが何匹のアブラムシを食べるのか?」だが、木村さんの観察結果は、七匹。

「食べたら後はもう動きません」と書いていました。

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