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【睡眠の秋編(兼読書の秋)】生物時計と睡眠の遺伝子について学んでみた

質の高い睡眠は体の修復を促進してメンタルヘルスを向上させるだけでなく、心臓病や糖尿病を含む多くの疾患のリスク低下にもつながります。

しかし、ストレスなどさまざまな要因で眠れない夜を過ごすこともあるはず。

また、自分の健康習慣に対する自信は、時に健康的な取り組みそのものに匹敵する重要性を持つことが知られており、過去には「運動した」と思えることが運動そのものと同じくらい重要であるとの研究結果が報告されています。

【参考記事】

そして、よく眠れたかどうかの認識と、睡眠をトラッキングしたデータを比較した新しい研究により、睡眠の質に対する主観的な感覚が実際の睡眠の状況よりも幸福度に大きな影響を与えることがわかりました。

そこで重要になってくるのが、脳内の視床下部の視交叉上核に存在し、概日リズム(サーカディアンリズム)を形成するための24時間周期のリズム信号を発振する生物時計とも呼ばれる機構です。

この体内時計(生物時計)は、なぜ24時間周期を形作ることができるのでしょうか。

最近の分子生物学研究から明らかになったところによれば、体内時計細胞では幾つかの遺伝子(時計遺伝子)が時計蛋白を合成し、それらが相互に結合し、また分解されることを約24時間周期で繰り返しており、このような遺伝子活動から体内時計の概日リズム信号が生じているようです。

「時間の分子生物学 時計と睡眠の遺伝子」(講談社学術文庫)粂和彦(著)

著者は、数年間臨床医を勤めた後、基礎研究に重心を移しながらも、サイドワークとしては一貫して診療を続けている、第一線の研究者兼医者です。

睡眠に関する研究をライフワークとしており、睡眠障害相談室というホームページを運営して、多くの方とネットを通したコミュニケーションをしています。

本書は、生物時計と睡眠に関する最新の研究成果をわかりやすく説明してくれます。

それだけでなく、過去の研究の流れや、著者本人が研究してきた道筋に沿って、発見のドラマやエピソードを交えながら、次々と新たな知見が出てきて飽きさせません。

生物時計の存在は知っていたけど、この時計が実は予想以上に正確なものであるとか、細菌にも同様な時計があるなんてことや、ハエと人間がほとんど同じ遺伝子を使い、同じメカニズムで時をカウントしているなんてことは知りませんでした。

そして、その生物時計が時を刻むメカニズムが、遺伝子とたんぱく質の働きを元にした化学反応のサイクルとして解明されたという、ごく最近のトピックがわかりやすく説明されています。

更に、主として周囲の光を感じて、その時計の遅れ進み具合を調整するメカニズムまで明らかとなっており、その仕組みの精巧さに驚かされます。

また、著者が実際に行った、ハエの睡眠の研究を通して、生物時計と睡眠の関係が解き明かされていったり、睡眠の色々な側面を紹介していくところも読み応えがあります。

著者が見つけた(作りだした)不眠症のハエが、寿命は半分に縮まるけれど、彼の人生(?)の中での総活動量は約2倍になる、というエピソードなどは、なんか身につまされる感じがしました。

動物は、何故眠るのか?という究極の問いには残念ながらまだ答えられないようです。

それを解き明かそうとする様々な最近の実験についても紹介されており、この本の内容を身に付ければ、睡眠についてはちょっと自慢できる程度の物知りになれそうです。

現在進行形の分野の最新の内容を、これだけ一般人にわかりやすく、そして飽きさせずに説明してくれる本は、数少ないと思います。

睡眠や生物時計の話としてだけでなく、分子生物学の研究の進め方を知るのにもお勧め。

本書が第20回科学出版賞を受賞したというのもうなずけます。

とても興味深い本だったので、視点を変えて書いてみると、時計がなくとも朝は目覚め、夜は眠くなる。

脳の視床下部にあるSCNという器官に、24時間周期の生物時計(いわゆる体内時計)があるといいます。

SCNの神経細胞はガラス板の上で培養しても、24時間周期の電気活動リズムを維持して変化するそうで、機械の時計のように自律的な発振器の役割を果たしています。

この生物時計は概ね正確に24時間周期で動いていますが、狂うこともあり、その場合には朝に強い光を浴びたりすることで調整が可能になっています。

この時計は、案外高い精度で働いているんですね。

たくさんの被験者に、指示した時間に起きてもらう依頼をした実験結果が紹介されていました。

朝6時に起きろといわれた集団では、6時に、8時と言われた集団でも8時に、だいたい多くの被験者は起きることができていました。

そして、このとき被験者の身体では、起床1時間前からコルチゾールというホルモンの量が増加していました。

これは、起きる準備が1時間前から始まっていた事実を示しています。

正確な起床時間は、生物時計が10分から15分程度の時間経過を、睡眠中も感じることができるという証明になります。

目覚ましが鳴る直前に目が覚めるという人の場合には、分単位で時間を感じている可能性もあるそうです。

ただ、前述の通り、人はなぜ眠るのか?

その理由はいまだ分かっていません。

だけど、生存に不可欠であるのは明らかで、医師である著者は、不眠症の患者に「眠らなくても死にはしませんから」と慰めたりするそうですが、本当は寝ないと死ぬのだそうです。

動物を眠らせないでおく断眠実験を行うと、1週間から数週間で、衰弱し多臓器不全で死んでしまうそうです。

免疫系を損傷するのが原因であるらしい。

では、身体の疲労回復のために眠っているのかというと、そうでもないようです。

横になって眼を閉じただけの安静状態の方が、実際に睡眠に入るよりも、代謝率が低いそうです。

身体の休息という意味では、睡眠より安静にしているほうが良い戦略かもしれないといいます。

睡眠は、身体ではなく脳の休息が本質的な目的なんですね。

なぜ夜になると眠くなるのか?も完全には解明されていないそうです。

本書の執筆時点での最新理論では、脳に睡眠物質が増えるから眠くなるのではなく、生物時計が発信する覚醒信号が夜になると弱まるからなのではないかと著者は考えていました。

これは、夜型体質の改造に役立つ知識ですね。

覚醒信号を制御する生物時計を朝型に調整するには、朝の強い光を浴びることがまず有効なので、夜型を朝方に直すには「早寝、早起き」ではなく、「早起き、早寝」が正解だといいます。

いくら早く寝ても生物時計を調整することはできないからです。

オレキシンという脳内物質が覚醒効果の原因であることが近年発見されたらしく。

オレキシンは、食欲と睡眠に同時に影響します。

これは、生きるために食物を探せるように覚醒レベルを上げておく、ということと関係があります。

夜中にお腹がすいて眠れないのも、食べ過ぎると眠くなるのもオレキシンが原因のようです。

いくつか本に出てきた睡眠についての知識を引用してみましたが、睡眠は、意外にも、まだまだ謎だらけのようです。

面白い例として、訓練次第では、夢を覚醒しながら見る覚醒夢というのがあるそうです。

さて、更に、別な視点からも書いてみると、生命が誕生した38億年前から生物は昼夜を利用してきたので、すべての生物は24時間を正確に測れる生物時計を遺伝子レベルで持っているそうです。

しかも、人間とハエという7億年間別の進化を遂げてきた生物でさえ、ほとんど同じ遺伝子を使って時を刻んでいることが判明しています。

この本は、最近急激に発展してきた分子生物学の最新の知識を元に、生物時計の仕組みを解説し、今でも謎の多い睡眠についての研究成果を分かりやすく、興味深く書いています。

それにしても、全生物が持つ生物時計の仕組みは驚異的です。

振り子を持っていない生物は、タンパク質の周期的な量変化で24時間を計っており、しかも、全細胞がその仕掛けを持ち、さらに細胞同士の時計を同調させる機構や、リセットする機構まであります。

今では遺伝子レベルでこれらの仕組みのほぼ全容が解明されているそうです。

この本は、ここからさらに話を進め、不眠症のハエの研究から人間の睡眠の謎に迫り、なぜ生物は眠らなければならないかを推測していきます。

ここはまだ研究段階なので、明確な答えがあるわけではないが、なかなか興味深いテーマであることは間違いない。

最新の分子生物学の成果を堪能することができる一品です。

また、この本から睡眠という生命現象に対する、興味、その機構を研究する”おもしろさ”がとても伝わってきました。

それと、著者が医者として、睡眠疾患の治療・薬の開発へつながることを目標としているということが強く伝わってきます。

「研究のおもしろさ」「これからの医療への応用」この2つを伝えたいのだと思いました。

普段生活している中で誰でも睡眠をとります。

その「睡眠」をテーマにした研究についての講義はとても好奇心が湧きました。生物時計を構成する仕組み、その遺伝子、タンパク質の存在を知った時は目からうろこでした。

この本の中では、「生物時計」と「睡眠」について書かれています。

「生物時計」に関しては時計の仕組みを時計の部品の例えて、詳しく説明されていました。

ピリオド、タイムレス、クロック、など、タンパク質の名前とその役割について書かれており、遺伝子についてもそのフィードバック機構まで説明されていました。

生物時計の研究はここまで進んでいるのか、と感じたと同時に、生物の全ての現象が遺伝子と結びつくならば、様々な現象が分子レベルで解明されていくのではないだろうかと思いました。

自分の経験として、何か大事な用がある日は目覚まし時計より早く起きてしまったり、徹夜明けに妙にすっきりした気分になったりするということがありました。

そのような現象も、ホルモンの血中濃度の変化や、体内時計の針を早く進めるシグナルが送られているという仕組みで説明することができたりするのだなと感じます。

本の中で一番興味深かったのは「ナルコレプシー」という病気の解明の研究の歴史について書かれた部分でした。

スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョーのグループが犬のナルコレプシーの原因遺伝子を10年もの歳月をかけて見つけ出したそうです。

ナルコレプシーの犬では、神経伝達物質、オレキシンの受容体の遺伝子が異常を起こしていたと。

同じころに、テキサス大学の柳沢正史氏のグループは、全く別のアプローチでナルコレプシーの原因物質を発見したそうです。

このグループは、オレキシン遺伝子のノックアウトマウスを作製し、それが睡眠に関する遺伝子だということを発見しました。

この二つのグループは出発点や動機や方法が全く違っていた。

ただ偶然にも同じ時期に同じような結果へ到達したそうです。

ミニョーのグループは、病気から病気の遺伝子を見つけるという順方向性の研究方法をしていました。

それに対して、柳沢氏のグループでは最初に機能のわからない遺伝子があり、その機能を探しているうちに病気にたどり着く、逆方向の遺伝学の手法を用いていました。

前者は、長い年月と労力がかかるのに対し、後者は、遺伝子の情報が最初からあるため、非常に早く研究が進むことになります。

遺伝子工学やコンピューター技術が発達してきて、様々な情報が手に入るようになって急速に発展してきた手法です。

それが病気の解明へと結びついたということはとても興味深いことだと感じました。

いつどこでこのように二つの研究が偶然遭遇するかわからないと感慨深かったですね。

遺伝子に関する分子生物学は、近年のコンピューター技術の発展と共に飛躍的な発展をとげていると思います。

現在、様々なデータベースが存在しており、実際に検索してみるとすぐに情報が取り出せ、まさにこれも目から鱗な状況です。

こうやって様々な研究者がいつでも情報を取り出せるようにリンクしているということは非常に重要なことだと感じました。

そして、今のこの状態があるのは、これまでの研究の歴史があるからだと思います。

この時代に研究をスタートさせることができるということは、ある意味すごく恵まれていると感じます。

そのような状況ができた背景には、ナルコレプシーの原因遺伝子を10年かけて探索したグループのように、なんとか病気の謎を解明しようとする人たちの存在があるのだということを忘れてはならないと思います。

遺伝子の研究に関して、生命現象が解明されることに純粋に価値があるとも思います。

それがさらに、画期的な医療技術に結びついたり、新薬の開発に応用されるとなればすばらしいことだと、そう感じます。

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