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2020年9月の記事一覧

『ひまわりのサムライ』

『ひまわりのサムライ』

俺は女と住んでいた。ボロい平屋だったが小さな庭があった。俺は庭の片隅にひまわりの種を撒いた。ひまわりは順調に成長していった。小さな種から大きく太い茎が日々背を伸ばしていく様子を観察するのは、その夏の俺のささやかな喜びとなった。水は毎日やり、酒が分解されて臭いが増した俺の体内の水分も茎回りの土の上に振る舞った。茎はあっという間に俺の身長に追い付き、その翌日には既に俺は追い抜かれていた。蕾は充実し、花

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ショートショート『毎日が夏休み』

ショートショート『毎日が夏休み』

「死にたいけれど、死ぬ勇気がない。どうすればいいですか?」

男は全く死ぬつもりなどなかった。それまで自殺未遂もしたことはなければ、誰かに死にたいなどと小言を洩らした事もなかった。
ただSNSで「死にたい」とか「自殺」とか「リスカ」とか、そんなキーワードで検索すると呆れるくらいにたくさんの人々が毎日せっせと投稿を繰り返していて、それを知ってから自分でも試してみたくなったのだった。

リスカ画像のア

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『ベーコンレタスサンドとカルボナーラの券売機』

『ベーコンレタスサンドとカルボナーラの券売機』

駅ビルの3階には大きな書店があり、そこにはベストセラー作家の新刊が平積みにされていた。私は一冊手に取って適当にめくってみた。
小説の中で主人公の男はパスタを上手に茹で、サンドウィッチも器用に手早くこしらえていた。

〈三角に切ったサンドウィッチの切断面はかなりセクシーだ。それを横向きではなく手で縦方向に持ち、ハムやレタスなどの具材の一層一層の重なりを愛おしむようにして食べればモアセクシーだ。具はハ

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『秋茄子と食えない老母』

『秋茄子と食えない老母』

今朝は秋茄子の入った美味い味噌汁を飲んだ。明日も明後日も作ろうと思う。
秋茄子がたくさん出回るこの季節になると、必ず言われるのが
「秋茄子は嫁に食わすな」
という謎のフレーズ。
先日、新聞か雑誌に
「秋茄子はよめに食わすな」の“よめ”とは漢字で“夜目”と書き、嫁ではなく実はネズミを意味している。「秋茄子をネズミに食べられては勿体ないですよ」という先人からの戒めの言葉
と書いてある記事を読んだが、

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『大きくもなくノッポでもない古時計』

『大きくもなくノッポでもない古時計』

もう大昔の話だが、私も大学を卒業する際にはそれなりの卒論を書いたのだ。

そのゼミの卒論にはテーマや主題などといったうるさい決まり事はなく、書く人本人の全くの自由裁量だった。適当な日記でも書いて提出しておいてもよかったのだが、私は何故か『大きな古時計』という誰でも歌えて超メジャーな曲の歌詞を卒論のテーマに選んだ。我ながら妙な選択をしたものだと思う。音大生でも芸大生でもないのに本当にどうかしていたな

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『庶民さ』

『庶民さ』

仕事帰り、私は駅前の大衆居酒屋で友人と呑んでいた。

「俺たちは庶民だよなぁ?」
「そうさ、庶民さ。掛け値無しに庶民さ」
「庶民ってのはハワイなんかには行かないもんだよなぁ?」
「そうさ、庶民はハワイとは全く縁がないのさ」
「例えば商店街のくじ引きでハワイ旅行が当たったとしても、庶民なら行かないよなぁ?」
「えっ?どうして?」
「庶民にはパスポートがないし、飛行機代は別料金だからさ」
「なるほどな

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