M&Aモデル (Merger Model)の概観
見出し画像

M&Aモデル (Merger Model)の概観

Kaoru

今回は、M&A実務の中で使用・作成される財務モデルの中で、EPS(Earnings Per Share: 1株あたり利益)の分析や、買収後の財務指標の変化等を検討するM&A Model (Merger Model)について概観を解説していく。

DCFモデルやComps model(類似上場会社比較法によるモデル)と異なり、応用的な内容を含むことや、作成頻度がそこまで多くないこともあって、あまり触れずに終わってしまう人もいなくはない。また、事業会社の経営企画や投資担当の方でも、完全買収や合併案件でなければそこまで多く触れる機会はないであろう。
最近はPEファンドの人気も相まって、M&AモデルよりもLBOモデルの作成ができる人の方が多いのではないかという印象もあるが、ここでは初歩的な内容に関して記載する。
まずは必要知識の整理や、LBOモデルとの違い、モデリングのコツ等について章立てして書いていく。

必要知識・テクニック

まず、M&Aモデル作成に際して必要な知識は下記の通り整理されよう。
財務3表を回すという点では一般的な財務3表モデルと変わらないが、後ほど述べるように買収差額の配分、プロフォーマBSの作成等の論点があるので、下記の知識が必須になる。

税効果会計

税効果会計は簿記1級ないし会計士試験程度の知識範囲であるが、モデル作成上は基礎的な事は理解しておく必要がある。特に将来減算一時差異(繰延税金資産:DTA, Deferred Tax Assetsの計上に関連)は何か、将来加算一時差異(繰延税金負債:DTL, Deferred Tax Liabilitiesの計上に関連)の大まかな内容は押さえておく必要がある。

DTA、DTLについて詳しく述べるのは本記事の趣旨ではないので割愛するが、下記記事が参考になる。

PPAに関する知識

PPA: Purchase Price Allocationとは、その文言通り、取得原価の配分を行う手続きの事を指す。M&Aモデルでは、買収対価と対象会社の純資産との差額が生じた場合に、その差額全額を全てのれんに計上するわけではなく、まずは識別可能資産に配分し、その残余を新規に計上されるのれんとするものである。

識別可能資産に配分する場合、税務と会計で差異が生じる(将来加算一時差異)ので繰延税金負債の計上もモデル上考慮、残余の新規計上のれんはプロフォーマBSにも反映させる必要がある等、テクニカルな知識が必要になる。

なお、ディールで行うPPAはあくまで簡易的なものであるため、買収対価と対象会社の純資産との差額のX%を無形資産に配分する、といった例示的な処理を行うことが一般的である。

プロフォーマBS作成

プロフォーマBSの作成は、合算後FSの基礎になるもので非常に重要である。LBOモデルでは買収時に設立するSPCと対象会社のFSを連結上の仕訳で反映させる(主に投資と資本の相殺消去、既存借入のリファイナンスと、LBOローンのオンバランス等)が、M&Aモデルでは、買収側と対象会社のBSを合算、買収時の取得対価差額の配分、買収資金を借入等により賄う場合はその反映等の処理が必要である。

プロフォーマBSの時点と、合算FSの会計期間を整合させないといけない点も留意したい。

EPS希薄化分析

EPSが買収前後でどのように変化するという点は、クライアントが気に掛ける点であり、感応度分析も実施されることが多い。Cash dealであれば分母となる株式総数に変化はないが、株式対価である場合等は希薄化 (Dilutive、EPS減少)か、Accretive (EPS増大)かは検討される点である。

EPS分析は単に数値を買収後のFY,FY+1,FY+2で計算するだけでなく、後述するように感応度分析も必要になる点に留意されたい。

Cash deal / Cash and Stock mix / Stock dealの違い

現金対価 (Cash deal)か、現金と株式のミックスか (Cash and Stock mix)、株式対価 (Stock deal)かはEPS希薄化分析等に影響するので、買収時のストラクチャーと対価は適切に反映させる必要がある。

まずは基本的な現金対価による買収時にどのようなモデリングを行うか、理解しておけば学習の入り口では十分かと思われる。

LBOモデルとの違い

LBOモデルとの違いは端的に言えば、買収主体が事業会社であるか、PEファンド(Financial Sponsor)であるか、に帰結すると考えられる。

LBOモデルでもMerger Modelでも買収後の将来財務諸表の基礎になるプロフォーマBSを作成するが、PEファンドが買収する際にはSPCを設立して、当該SPCと対象会社が合併する会計処理が前提であることから、対象会社のBSを基礎にプロフォーマBSを作成する。

一方M&Aモデル(Merger Model)で作成するプロフォーマBSは、買収者(Acquiror:A)と対象会社(Target:T)のBSを合算してからの、投資と資本の相殺消去、簡易PPAに伴う買収差額調整を経てプロフォーマBSを作成することになり合算FSを作成する必要性がある点で異なってくる。

PL面で見ても、LBOモデルでは対象会社のPLがプロジェクション期間の財務モデルに反映されることとなる一方で、M&Aモデルでは買収側:Aと被買収企業(対象会社):Tのプロジェクションをそれぞれ作成し合算、そのうえで買収後のPro-forma PLとしてのれんの償却とシナジーの増分を反映させるといった処理が必要になる。
したがい、LBOモデルでは対象会社のプロジェクションを精緻に作り込むのに対し、M&Aモデルでは買収側と対象会社で2つのプロジェクションが必要になり、かつEPSの希薄化分析を行う必要がある等の違いがある。

キャッシュフロー計算書(CFS)についても、PLと同様に合算CFSを作成するが買収後に発生する買収差額に関する税効果会計の処理、のれんの償却費の織り込みが必要になる。そのためシンプルなLBOモデル以上に会計や税務の知識が要求される。

M&Aモデルの作成アウトライン

買収時の主要前提条件のインプットと反映

買収時の主要条件のインプット等はモデル上はAssumptionタブ等を別途設けて一覧できるようにすることが多い。
重要な主要条件は、①買収基準日、②対価の種類、③(非公開化等であれば)プレミアムの水準、④対象会社の発行済株式総数、⑤簡易PPAを行う際に発生する無形資産やのれんの償却年数、⑥シナジーの総額とプロジェクション期間における実現率、等が挙げられる。

勿論上記は一般的なものなので、実際の案件に応じて設定されることとなる。

プロフォーマBSの作成

買収者側と対象会社の過去のFSを整理の上で、買収時点の合算BSを作成、その後買収に伴う簡易PPAに伴う繰延税金負債の認識、のれんの計上等を反映させることでプロフォーマBSを作成する。

なお、決算時点はモデル作成上は統一させる必要があるので、対象会社が買収側の連結子会社になるのであれば対象会社の会計期間は親会社である買収者側の決算期間に統一させるという処理が望ましい。

買収側と対象会社のプロジェクション作成

次に、一般的な財務3表モデルと同様にPLのプロジェクションを基礎に財務3表を買収側企業と対象会社分で作成する。なおPLだけでなく、BSの主要項目(借入金、株主資本、運転資本、有形・無形資産)についても買収者側、対象会社側でプロジェクションを作成する必要がある。

なお、原則として親会社の会計処理に統一しないといけないので、買収者側(親会社)がJGAAPで財務報告をしていて、対象会社もJGAAPを採用している場合はそのままプロジェクションを作成してOKだが、親会社IFRS、対象会社JGAAPのみであれば、対象会社と親会社の会計処理で重要な差異があるものを調整する必要がある(例:のれんの会計処理、リースの処理等)

買収側と対象会社の合算プロフォーマFSの作成

プロフォーマBSはプロジェクションFSのスタートポイントになる。プロフォーマBSの作成方法は本記事の「必要知識・テクニック」において概略を記載しているので参照されたい。

なお、合算プロフォーマPLでは、買収後のシナジーの顕現をPL(主に売上高とEBITDA)に反映させる必要があるので、その分がEPSの底上げ要因になる。
シナジーの織り込みはAssumptionタブの主要前提条件で設定するものと思われるが、一般的にはプロジェクション期間全体で想定されるシナジー総額(コスト削減ないしは売上増分による利益へのインパクト)に年ごとの顕現率を乗じていけば良い。
シナジーのモデルへの織り込み方の例は以下の過去記事も参考になると思う(DCFモデルがベース)

EPSのDilution / Accretion 分析、感応度分析

EPS(1株当たり当期純利益) がディールを行うことにより減少(希薄化,
Dilutive deal)するのか、増加 (Accretive deal)になるかは買収側の非常に大きな関心事になる。

例えば、Cash dealかつ買収側と対象会社は共にJGAAP採用、対象会社が上場会社である場合、買収時に支払うプレミアムの水準はのれんの償却額に影響を与えるので、EPSの水準にも影響する。また、Cash dealで買収資金の外部借入を行う場合にもそれに伴い支払利息が生じるためEPSへの影響がある

上記を鑑みると、EPSの感応度分析は、買収時のプレミアム、買収時の借入金に対する利率、のれんの償却年数等の複数の変数を考慮して実施することが有用であろう。

Merger Modelによる分析・アウトプット

上記のようにモデルを作成した結果、何が分析上のアウトプットになるかという点について記載していく。

基本的には以下の点に集約されると考えられる。
①:買収前後での買収者側のEPSの変化(希薄化するか否か)
②:買収後の連結上の業績に与える、被買収企業の業績寄与度(売上高、EBITDA、純利益)、財務安全性の変化
③:(必要に応じて)のれんの償却が与える連結上の業績へのインパクト(JGAAPのみ)

①については、買収によりEPS(1株当たり当期純利益)が買収後に希薄化するこのとは望ましくないので、Accretive dealである事が分かれば良い。対価が現金でも、株式でも、現金と株式のミックスでも重要になる論点であり例示的な分析(Illustrative Analysis)は行われる。

②については、買収後の連結FSにおいてPLの売上高、EBITDA、純利益に関して被買収企業がどの程度の割合を占めるかに加えて、EBITDAマージン、純利益率が低下しないか、また財務安全性が問題ないか(D/Eレシオなど)をモデル上で計算して確認することが必要になる。
特にCash dealで、買収資金を外部借入する場合はD/Eレシオのみならず、会社の格付けに影響するかどうかの検討も必要となる。

③については、JGAAP(日本の会計基準)を採用している上場会社では連結PL上マイナスのインパクトがあるので、議論になりやすい。のれん含めた無形資産への買収差額の配分はPPAにより確定させる必要があるものの、のれんの償却年数や買収時に付すプレミアムによりのれんの償却額や純利益、EPSにどのような影響を与えるかといった感応度分析を実施することもある。

このようにM&Aモデルでは、税務上・会計上で考慮すべき論点が多いので、ディールでは採用している会計基準やM&Aに特有の会計上の論点を押さえながら作成することが求められ、財務モデリング中級以上のスキルが必要となると考えられる。

なお、具体的な作成ステップは今後追って別記事にして行ければと考えている。

この続きをみるには

この続き: 0文字
この記事が含まれているマガジンを購入する
実務で使用可能な財務モデル・バリュエーションモデル等が付属 【テンプレートは随時Updateする可能性があります。その際は購入された方に通知が届くようにしています】

投資銀行等での実務を踏まえた財務モデル・バリュエーションのnote講義・モデルテンプレート集になります

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ありがとうございます!
Kaoru
コーポレートファイナンス・M&A等について。