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島日和<ひょうたん島後記>
7-2024 池田良
夏休み。
白い雲が、いくつも低く空を流れていく日。白い帆のヨットが、いくつも海に浮かんでいる日。
半島の付け根の終着ステーション、アキヤゲイトウェイ駅には、都会からたくさんの観光客がやって来て、海岸行のバスも増発され、上を下への大騒ぎ。昔流行った懐かしい人形劇の駅メロも喧騒の中にかき消されて、人々の夏休み気分は最高潮。
けれど、そんなに多くの観光客も
島日和<ひょうたん島後記>
6-2024 池田良
六月の梅雨の晴れ間の美しさ。
一年中で一番力強い太陽の光は、ギラギラとすべてのものを、生臭いほどに輝かせる。
誰かの死を見送った日の午後に、ひとりとぼとぼと家へと帰った道の、あの風景のような艶めかしさ。
夏至祭りの日、島中の家々では、それぞれ工夫を凝らしたしつらえをして人々を迎え入れる。
小さな三角の旗が、風にヒラヒラとはためいているのが、オープンハウス
島日和<ひょうたん島後記>
5-2024 池田良
「ヘンゼルったら、お菓子しか食べないの」
あの日、バス停で出会ったグレーテルはそう言って、自嘲的に笑った。
「彼は一日中家でお菓子ばかり作っているの。だからうちは、3食お菓子」
グレーテルとは、もうずいぶん会っていなかった。もしかしたら、何年も。
「体に悪いわよねえ。でも、お菓子が精神安定剤みたいなものだから」
朝の、涼しい風が吹いていて、とても気持ち
島日和<ひょうたん島後記>
4-2024 池田良
春になると、色々な種類の柑橘類が店頭に並ぶので、それをひとつずつ買ってきて、窓辺に並べて眺めている。
その中には、うっとりするほど美しい味のものがある。
それは、甘いとか美味しいとかいう範疇ではなくて、まさに美しい味としか表現しようのない味。
花が咲いて実になる果物は、どれも美しい味になって当然のような気もするけれど。
窓辺に座って、なかなかむけないブ
島日和<ひょうたん島後記>
3-2024 池田良
窓辺いっぱいに、様々なプリズムが吊り下げられて、キラキラ輝いている。
部屋の中は虹の洪水。木漏れ日のように揺れて降り注ぐ、虹のシャワー。
「素晴らしいでしょ、しかもデジタルアートじゃない。だから光の音が聞こえますよ」
そう言って、くるりさんは笑った。
僕には光の音は聞こえないけれど。でも、その、虹の輝きのゆらめきが、音楽のようにリズムを刻んでいる。
僕も
島日和<ひょうたん島後記>
2-2024 池田良
神様のお引越しの日。
神官たちは、声で包む。見えない(見てはいけない)神様を。
この世界は思い込みで回っているらしいから、宗教は究極のエンターテインメント。
島のはじっこ。半島とつながるあたりにあるソレイユの丘は、なだらかで遮るもののない広い大草原で、いつも四方八方から風が吹き抜け、四季折々の花が咲き乱れている。
今はその一面が水仙の花に埋めつくされ、甘
島日和<ひょうたん島後記>
1-2024 池田良
宝物の隠し場所は美しい所でなくてはいけない。
でなければ、どこに隠したのか、分からなくなってしまうから。
僕は今までに、どこに隠したのか、分からなくなってしまった宝物が色々ある。
その中には、心無い人がうっかり持って行ってしまったものもあるけれど、ほとんどは、僕が自分で隠した場所が分からなくなっているのだ。
宝物はどれも、僕にとってはとても大切なものな
島日和<ひょうたん島後記>
12-2023 池田良
12月になると、その寒さと暗さに正比例するように、皆が明かりマニアになる。
薄暗くなると草の中に埋もれた家々に明かりが灯り、そのそれぞれの家の存在が明らかになるこの島でも、人々がテラスや庭にも可愛らしい明りを色々飾って楽しんでいる。
冬の乾燥した空気は透き通っているから、ことさら明かりをキラキラと輝かせる。
入り江に泊まっているクルーズ船も、この季
島日和<ひょうたん島後記>
11-2023 池田良
ここはどこなのだろう。
大都会の真ん中の、きらびやかな人々が行きかう雑踏から、ほんの少しずれた横道の突き当り。
道行く人も少ない通りにぼうっと佇むそのビルの入り口を、僕は見つけた。
新聞の片隅に小さく紹介されていた、古いビルの中のその店。「地球儀屋」
その名前と、なんだかよく分からない紹介文に好奇心を刺激されて、僕はそこに書いてあった住所を頼りに店を探
島日和<ひょうたん島後記>
10-2023 池田良
「君って、呼吸がかなり浅いですよねえ」
そう言ってキツネは、斜めに僕を見て薄ら笑い。
十三夜のお月見の宴に、僕は招待されて、キツネの家へと出かけて行った。
手土産は、酔えないクラフトビール。
巣穴の入り口のような野趣のある可愛らしい玄関から、くねくねと長く続く外廊下には、おもむきのある屋根があって、両側には朱塗りの低い欄干も付いている。
「以前に
島日和<ひょうたん島後記>
9-2023 池田良
もう夏も終わりだというのに、まだ空気はもわもわと暑くて、台風が送り込む大量の水蒸気が島を包み込み、その暑い湯気の中で皆は声もなくひっそりと呼吸を繰り返す。
遥か南方の海上に渦を巻く台風の匂いがもうかなり強く漂っている。
僕は乾燥に弱くて、冬になると息をするのもつらくなある時もあり、湿度百パーセントの時は、まるでキノコか苔のようにうっとりと夢見心地になるの
島日和<ひょうたん島後記>
8-2023 池田良
ネコの家の一番奥、日の当たらない小さな書斎の棚の上に、古びたバンドネオンが、ひっそりと置かれてある。
ネコは昔、バンドネオン奏者だったそうで、音楽家たちと楽団を組んでは、街から街へと汽車を乗り継いで、旅をしていたそうだ。
「貧しい楽団だったけれど、楽しい旅の日々でしたよ。いろいろな所で演奏してね。港町の大きなデパートの片隅の小さな会場とか、雪国の古い造
島日和<ひょうたん島後記>
7ー2023 池田良
ずいぶん長い間、雨が降り続いた。
こんなにたくさんの水をいったい何処にためておけるのだろうかと、僕たちは空を見上げてはため息をつくばかり。
ネコは雨の日はあまり外にも行けず、いらいらとした様子で部屋の中をぐるぐる歩き回り、長椅子に座ってパズルをしている僕の頭の上をぴょんぴょんと飛び越えてみたりして気を紛らわせていた。
久しぶりに晴れた朝。ようやく雨の
島日和<ひょうたん島後記>
6-2023 池田良
小さな明かりを、家の中にも外にも、あちらこちらにたくさん灯している。
雨の降り続く暗い日々には。
それが優しく、心を温めてくれるから。その温かさが、気持ちをゆったりゆたかにしてくれるから。
小さな明かりは可愛らしく輝いて、僕の心を楽しい方へと導いてくれる美しい力がある。
・・・でも、それは本当に深く寂しい時には、より悲しい方へと心を引きずり込む、ほの暗
島日和<ひょうたん島後記>
5-2023 池田良
地面の下の世界は、どろどろと揺れながら移動している流動体なのだろうか。
たくさんの球根たちが、庭の土の中をその年の気分で、あちらに行ったりこちらに行ったり。去年とは違う場所で、爆発するように咲き誇ってみたり、知らんぷりで葉も出さなかったり。
僕の庭は今年、フリージアの花の群生で、むせかえるような色と香り。
こんなにたくさんの球根がどこから移動してき
島日和<ひょうたん島後記>
4-2023 池田良
電子レンジが壊れてしまってから、もう何か月。
掃除機もあまりの吸い込みの悪さに使っていない。ケイタイも、「そんなに電話に出ないなら必要ないでしょ」と、ネコに契約を解除されてからそのままだし・・・。
それでも僕は困らないのだ。持っているのが当然のようなものたちが僕にはなくても。僕は楽しく暮らせている。
蒸し器からはいい匂いの湯気がしゅわしゅわと上がって台所を