島日和<ひょうたん島後記>

        1-2024   池田良


宝物の隠し場所は美しい所でなくてはいけない。
でなければ、どこに隠したのか、分からなくなってしまうから。

僕は今までに、どこに隠したのか、分からなくなってしまった宝物が色々ある。
その中には、心無い人がうっかり持って行ってしまったものもあるけれど、ほとんどは、僕が自分で隠した場所が分からなくなっているのだ。
宝物はどれも、僕にとってはとても大切なものなので、僕は、この広い地球の上でぽつんとひとり、途方に暮れて立ちつくす。

まれにそれは、あり得ないような所にあったり、あり得ないような人が見つけてくれたりすることもある。
それはまるで、地面の中を縦横に移動していく球根の、開花のようであったり、見えない大いなる手が引き起こす、奇跡のようであったり。

僕は、もう何年も、いったいどこに隠せばいいのだろうと、迷っている宝物をひとつ、抱えている。
「そんなに迷ってないで、もういい加減に北の山の石箱の中に入れちゃいなさいよ。あそこなら絶対安心だし、隠した場所を忘れてしまうこともないでしょ」
ネコはもういい加減めんどくさそうに、そう言う。
北の山の石箱の中。皆が宝物を隠しに来る場所。
それは、大きな石箱で、その蓋を開けるのには特別な許可がいるから、大事なものをしまうのにはとてもふさわしい所なのだけれど。
以前、その蓋が開けられる日に見学に行ったとき、そこはあまりに荘厳で、その深い冷たさが僕の脳の前頭葉をショートさせてしまった。そのこげくさい匂いが僕にはつらい。
「やっぱり、あそこはやめておこうかな」
「でも、宝物には一番ふさわしい場所でしょ。宝物だってそう思っているでしょ」
ネコは、僕の迷い心にもう、うんざりという様子。

「海はどうかしら。北の山より南の海の方が明るいから。あの長い桟橋の先にある遊山さんの家に行って、聞いてみようかな」
そして僕は宝物を抱えて、細く長い木の桟橋をカラコロ下駄をはいて渡った。カラコロ、カラコロ。
空は冬晴れのまぶしさ。海は深々と息をひそめた静かさ。遊山さんの家の中は温室の様な暖かさ。
「今日は波の音もしないから、海の匂いもしない」
遊山さんはお茶を淹れながら、僕の膝の上に乗っている、えんじ色のスカーフに包まれた小さな宝物をちらちらと見ている。
「それでね、海の上に浮かべておくのはどうかしらと思って」
僕は、白い花を浮かべたジャスミン茶を飲みながら、遊山さんをちらちらと見る。
「それはどうかなあ。その箱を、家の手すりに結び付けて、海に浮かばせておくことは出来るけれど、波の動きってとても複雑で強いから、いづれ何処かへ流されて行ってしまいますよ。この惑星の海と一体化してくれるのならもう二度と手にできなくてもいいと考えられるのならいいけど」
僕は深いため息をひとつ。頭の中は青息吐息。

「火山の上の天文台に、行ってみようかな。なにかいい考えが浮かぶかもしれない」
そして僕は宝物を抱えて、カラカラに乾ききった風にまみれて、天文台に登って行った。
空は冬晴れのまぶしさ。天文台の中は浄化された空気が、少し冷たい。
天文台の博士は、なぜかとても嬉しそうに含み笑い。
「ここに宝物を隠すって、どういう事?人工衛星に乗せて地球を周遊させるのですか。人工衛星の基地はここにはないのですよ。第一、宝物はもう二度と帰って来なくなるし。そんなこと意味があると思います?」
今日は、火山の火口から細く白い煙がひとすじ、薄く登っている。
「でもね、宝物を宇宙空間に隠すのなら、方法はとても簡単。燃やしてしまえばいいのですよ。宝物を構成している分子がばらばらに分解してしまえば煙になって空に舞い上がり、やがて宇宙空間に広がって行くのです」

それって、どういう事?そんな隠し方って、意味があるの?
帰り道、冬晴れの空はぎらりと光り。地球は僕を乗せたまま、ほんの少し回転を速めた。カラコロ、カラコロ。

家へ着いてから、僕は、宝物の箱にドライアイスをぎっしり詰めて一晩明かし、そして次の日の朝早く、宝物をゴミに出した。
今日は生ゴミの日だから。

奇妙な開放感と、甘い後ろめたさ。