島日和<ひょうたん島後記>

       12-2023   池田良


12月になると、その寒さと暗さに正比例するように、皆が明かりマニアになる。

薄暗くなると草の中に埋もれた家々に明かりが灯り、そのそれぞれの家の存在が明らかになるこの島でも、人々がテラスや庭にも可愛らしい明りを色々飾って楽しんでいる。
冬の乾燥した空気は透き通っているから、ことさら明かりをキラキラと輝かせる。
 
入り江に泊まっているクルーズ船も、この季節は色とりどりの明かりを身にまとって、いつもよりも華やかなたたずまい。
「夢のようですねえ。綺麗で可愛らしい。海岸のそばのビーチクラブも、家の形が明りで分かるように全体をイルミネーションしていて、これでもかって感じですよ。ふふふ」
イルミネーション好きのネコは嬉しそうなうきうき顔。
「この頃はわざわざ、家々の照明デコレーションを見物して回るひとたちもいるんですって。半島の先の方には、すごい家が集まっている通りがあってね、イルミネーションツアーのマイクロバスが来たり、夜店が出たりもしているんですって」
今は一年でも一番暗い季節。
人々は暖かい家にこもってぬくぬくと、テレビを見たり冷たい窓の外を眺めたりしていたいはずなのに、明かりに誘われうきうき気分で、夜遅くまで外を彷徨っている。まるで、ライトアップされたお花見や紅葉狩りに出かけて行くのと同じように。

帰りが遅くなった夜。
ひとりで電車に乗っていると、車窓のすぐ外に、高層アパートが延々と続き、その外廊下に規則正しく点々と輝く明りが、どこまでも続いていく。
光りの壁のようだ。
人間という小さな生き物たちの、けなげな生活を閉じ込めた、明かりの壁。
じっと見つめていると、眼球のスイッチがカチッと音を立てて切り替わって、目に、粘り気のある膜がへばり付いたようで、電車の窓の外の風景もかすんで、よく見えない。
なんだろうと慌てて瞬きを繰り返すと、目のかすみは増々粘り気を増し、ギシギシとさび付いたような音を立てて、目蓋が重く開閉する。ひどいドライアイになってしまったのかしら。

目玉が段々痛みを増してくるにつれて、空間に、たくさんのゴミのようなものが見えてくる。
それは、ふんわりと浮遊しているものもあれば、くるくると回転しながら落下してくるものもあり、すごい早さで四方八方へと、空間を切り裂いて飛び回っているものもある。それが皆、様々な色に輝き、細緻な点描画のように空間を埋め尽くしている。
僕が思わずシートから立ち上がって、窓の外や通路の奥の方を眺めていると、遠くから声がする。
「あなたにも見えますか。このたくさんの粒子が」
それは、なぜだかドキッとするように優しい男声の裏声。
車両の一番奥に立って、ななめにこちらをうかがっている。
空間を埋める光の粒子から身を守る様に、小さな傘を差したひと。

「今頃の季節だけ、見える日があるんですよ。気温と湿度と磁場の関係でね、浮遊粒子やらエアロゾルやら暗黒物質やらが、様々な色に光って。何もないはずの空間が、こんなにびっしりと満たされていることを見せつけるみたいに。・・・あなたはどちらまでいらっしゃるのですか?」
彼はそう言いながらゆっくりとやって来て、僕の前で止まり、舐めまわすようにじろじろと僕を見ている。
「僕は、島へ帰るところです。僕の家へ」
「ああ、島からいらしたんですか。どうりで。・・・そうですか。それはそれは」
そして彼はポケットからハンカチを取り出し、自分の手をしつこく何回も拭いた。
「いやあそれにしても、今日は浮遊粒子がすごいなあ。空気の乾燥がひどいせいかもしれませんね。眩しいくらいにキラキラ輝いている。息苦しいほどだ」

僕はぎしぎしとした眼球があまりに痛くて、目を開けていられない。
なんとか痛みをやわらげようと目をつむり、涙がじわっと溢れても、痛みはとれない。
そして仕方なく、そっと、ゆっくり目を開けると、電車は終点のゲイトウェイ駅に着いていた。

空間に満ち溢れている様々な粒子の輝きはもう見えない。
階段を上ると、島へ行く方向とは違う方の改札口を、あの、小さな傘を差した人が、ヒラヒラを出て行くのが見えた。

駅の外の小さな広場は、キラキラとまぶしいほどのイルミネーションの海。
いつのまにか目の痛みも消えていて、一年の終わりにしては、妙に暖かい風が吹く中を、僕は島へと帰っていく。
ここから島までは、まだまだ遠い。それでも、並木道や家々に飾り付けられた美しい明りのなかを歩いて帰るのはウキウキ気分。

なんて素敵な光に溢れた世界
どうかしちゃってるほどのイルミネーション
ヒステリック明かりマニア

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