島日和<ひょうたん島後記>

       2-2024   池田良


神様のお引越しの日。
神官たちは、声で包む。見えない(見てはいけない)神様を。
この世界は思い込みで回っているらしいから、宗教は究極のエンターテインメント。

島のはじっこ。半島とつながるあたりにあるソレイユの丘は、なだらかで遮るもののない広い大草原で、いつも四方八方から風が吹き抜け、四季折々の花が咲き乱れている。
今はその一面が水仙の花に埋めつくされ、甘い匂いに僕たちはうっとりと呆然自失。

そんな丘に縄文遺跡の痕跡が発見されたのは、もう30年以上も前で、僕がこの島にたどり着いたころには、秘かに暮らしていたはずの島民たちのネジが巻き上げられたように、みんな遺跡発掘の熱狂にわき上がって、朝早くから日没まで丘に集まって大地を撫でまわしていた。
そして僕も、いつの間にかその祭りの様な高揚感に巻き込まれて、何もわからないままシャベルやブラシを手に、舐めるように土をまさぐっていたのだ。
まるで、経験したことのない過去を経験しようと駄々をこねる子供のように。

そして、やがてその後、発掘された遺跡は埋め戻され、その上に復元された住居や長屋の様な大集会場や大きな丸太を三層に組んだ巨大櫓が作られ、のどかな草原の上に、広大な縄文集落が生まれた。
それは、のんびりとした個人主義の島民たちにとっては、信じられないような集団行動力ではあったのだが、その反動なのか、集落を復元したことで満足してしまったのか、人々はすぐに、もうすっかり飽きてしまったかのように、誰もソレイユの丘には見向きもしなくなった。
ふらりと丘にやって来て、風に吹かれているのは、僕とネコばかり。
「誰も来ない昔の集落って、廃墟と同じかしら。僕たちはわざわざ廃墟を作ったのかしら」

お天気のいい日。僕たちは巨大櫓のてっぺんに腰かけて昼ごはんのお弁当を食べる。
ネコは高い所も平気だが、僕はちょっとおっかなびっくり。
それでももう日差しは暖かくて、僕とネコの暖められた皮膚の匂いがもわもわと二人を包み込む。
ここは本当に気持ちのいい場所。
初めてこの場所を見たとき、僕は何かのパワーに圧倒されてうっとりとしてしまった。
土地の持つ力を感じることって確実にあると思う。この島で僕が家を建てた場所も、そうして決めたような気がする。その、気のようなものが何なのか、僕には分からないけれど。ただ単に、その風景の雰囲気なのかもしれないけれど・・・。

早春のある日。まだまだ寒い日が続いていたのに、今日は奇妙に春めいて桜吹雪の頃の様な暖かさ。
僕とネコは高い櫓のてっぺんからぼんやりと遠くを見ている。
春霞のような陽炎のような空気のゆらめきの向こうから、かすかに音が聞こえてくる。 
単調なリズムを繰り返す、太鼓のような音だ。しかも、重く空気を揺り動かす、かなり大きな太鼓。

やがて、もわもわと立ち昇る春霞の中から、巨大な立太鼓とその上に覆いかぶさるように乗って長いバチで太鼓をたたいている人のシルエットが、ゆっくり少しづつ現れてくる。
まるで、神話の中から湧き出てきたかのように。

その太鼓の乗った山車を、たくさんの人々が引いている。
近づいてくるにつれ、共鳴し合って低く響くかすかな声の群れが聞こえてくる。
呼吸に乗せて、「あ」とも「お」とも、ただの呼気とも判断の付かない小さなかすかな声の集団が、絡み合ってハウリングを起こしビリビリとあたりの空気を震わせている。
彼らは、美しい縄文遺跡を気にすることもなく、巨大櫓の上の僕たちを見上げることもなく、ただ、単調なリズムの太鼓と共鳴する呼気の声の、固く美しい繭につつまれて、風の吹くのどかな丘を通り過ぎて行った。

「あの人たちは巡礼なんですよ。須弥山を目指して巡礼しているんですって」
ネコはランチボックスの中のリンゴのピクルスを手に持って、シャリシャリ食べながらそう言った。
櫓のてっぺんで、足をぷらんぷらんさせながら。

今日はとてつもなくきれいな澄み切った空気の日。
惑星の上の様々な声が、遠くから伝わってくる。
声で見えない存在を伝える。
音の振動はすべてのものに伝わる。
空気のつぶつぶの中
僕の細胞の中
大地の底深く、無数の微生物のにぎやかなざわめきの祝宴の中