島日和<ひょうたん島後記>

      6-2024   池田良


六月の梅雨の晴れ間の美しさ。

一年中で一番力強い太陽の光は、ギラギラとすべてのものを、生臭いほどに輝かせる。
誰かの死を見送った日の午後に、ひとりとぼとぼと家へと帰った道の、あの風景のような艶めかしさ。

夏至祭りの日、島中の家々では、それぞれ工夫を凝らしたしつらえをして人々を迎え入れる。
小さな三角の旗が、風にヒラヒラとはためいているのが、オープンハウスやオープンガーデンのしるし。
参加者たちは、家や庭を自分の趣味やセンスをこれでもかとフル回転させて盛り上げ、それぞれ独特の空間を作り上げて、ゲストたちを待つ。
・・・それは、きっちりと完成した、すきのない美しさの家よりも、ゆったりと着くずしたような、温かい古色をまとった家の方が楽しい、などと思いながら僕は草の中の家々を回る。
それぞれの生活を垣間見たり、家族の秘密を味見したり、しながら。

そんな中で、僕が毎年楽しみにしている家がある。
屋号を草舟という、山の中腹に建つ古びた小さな家。女性と娘さんの二人暮らしらしいが、その娘さんが、毎年違う人になっているという噂の。

初夏の、勢い余っていきりたち生い茂る草を、踏み分け踏み分け急な斜面を登って行く先の、草に埋もれた一軒家。
「草は刈らないの。風よけになるし、目隠しにもなるでしょ」
にっこり笑って家の中へ招き入れたその人は、そう言いながら、しずしずしゃなり。
部屋の中には草で作られた作品が、壁一面に飾られている。
草を織り上げた、目も眩みそうな唐草模様の大きな絨毯。草で描かれた絵画。草を編み込んだ可愛らしいタペストリー。草の彫刻、草の楽器、草の器、バック、ランプシェード・・・
「草を刈らないで、草の中に埋もれているとね、面白いものが色々やって来るのよ。昆虫とか、動物とか、鳥とか、人間とか」
そう言って彼女は、うっすら視線をからませる斜めスマイル。
僕は草で作ったジュースを注文して、テラスの席に座った。

涼しい風が吹いてきて、目の前の草原は、六月の草の花のいい匂い。
夢見るような吸気音が遠くからうっすら漂ってくる。

ぴっちりと編んだ三つ編みをたらした、クラシックな風情の少女が、草のジュースと小さなお菓子をお盆に載せてやって来て、僕の前のテーブルに置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
見かけない人だ。また新しい娘さん? 彼女自身は、子供はたしか一人だけ、と言うけれど。でも、今年の人は、前に見た人とは違う人のような。
それでも少女は、お母さんによく似た腰つきで、しずしずしゃなり。
摘んだ猫じゃらしをむしゃりと食べて、家の中へと消えて行った。

涼しい風が吹いてきて、目の前の草原は、六月の草の花のいい匂い。
夢見るような吸気音が遠くからうっすら漂ってくる。

僕は、甘いお菓子を口に入れて、草のジュースをごくりと飲む。その懐かしいような悲しいような、ほのかな甘みの苦さに涙がほろり。
「素晴らしいジュースでしょう?この近辺一キロの四季の移り変わりや自然の営みが、口の中にくっきり広がって、それを味わうことができるなんて、こんなにも素敵な飲み物は他にはないわ」
気配もなくいつの間にか僕の前にやって来ていた女主人は、そう言いながらゆったりと微笑む。
「今日はまだこれから、オープンハウスをしているお家を色々回られるのかしら」
彼女はたずねながら、僕の目の中をじろじろと舐めまわす。
「ええ、色々と」
「それは楽しみね。色々な人の、色々な生き方を感じることができますものね」

そしてまた、僕はジュースをごくり。
口の中を駆け回る、草のオーケストラ。
広い草原を、超低空飛行。様々な草を舌で撫でまわしながら。
大地を蹴って、一気に上昇飛行。くるりと空中回転して、僕は、空になる・・
このままくねくねと、モンゴルの大草原まで泳いでいこうか。
音楽ひとつを、背にしょって。